第10話 闇を制す
夜。戦場は沈黙に包まれていた。
焚き火の明かりが点々と揺れる帝国軍の野営地。
数百の兵が眠りにつき、見張りは数人が交代で歩いているだけだ。
灰原衛士は地図を地面に広げ、十名の兵を前にしゃがみ込んでいた。
「いいか。今からやるのは“夜襲”だ。眠っている敵を叩く。やり方を間違えれば全滅する。だから命令は必ず守れ」
兵士たちは緊張した面持ちで頷く。
「松明は持つな。光は裏切る。靴底は布で巻け。音を立てるな。
声を出すのは三種類だけ——“敵”“前”“下がれ”。それ以外は無言だ。
最初に狙うのは指揮官の天幕。あれを潰せば残りは混乱する」
説明は簡潔だが、誰もが飲み込める明快さだった。
兵士たちは息を呑み、やがて一人が小さく呟いた。
「……勇者様、あんた本当に人間か?」
衛士は淡々と答えた。
「俺は兵士だ。行くぞ」
◇
闇に紛れ、十人は地を這うように前進する。
夜風が草を揺らし、梟の鳴き声が遠くで響く。
やがて帝国軍の外周に到達した。
衛士は手で合図を送り、二人を先行させる。
布で口を塞ぎ、見張りを静かに制圧。声一つ上げさせない。
「前」
囁きが伝わり、全員が次の位置へ移動。
野営の中央、最も大きな天幕の前にたどり着いた。旗印が掲げられ、灯りが洩れている。
指揮官の幕屋。標的はここだ。
衛士は矢をつがえた兵に合図する。
火矢が放たれ、幕屋の屋根に突き刺さった。炎が一気に広がる。
「——敵!」
怒号が響き、帝国兵が飛び出してくる。
◇
だが、すでに隊形は整っていた。
「弓兵は後方! 盾持ちは半円陣! ——押すな、崩すな!」
衛士の指示に兵たちが従う。
火の手が広がり、敵は混乱。味方は静かに動く。
剣と槍が闇の中で閃き、倒れる音が続いた。
帝国兵が体勢を立て直そうとする前に、衛士は叫ぶ。
「補給車に火をかけろ! 退路を断て!」
炎が立ち上り、馬の嘶きと兵の悲鳴が重なった。
敵陣は一瞬で混乱の渦に飲み込まれる。
衛士は敵将と思しき男を見つけ、一直線に突進した。
剣を交えるより早く、低い姿勢で踏み込み、相手の懐へ滑り込む。
肘で鳩尾を突き、膝裏を蹴り、喉元に剣を突きつける。
「——お前の軍は終わった」
男が呻く間に、背後で自軍の兵たちが敵を押し崩す音が響いた。
◇
夜明け。帝国軍の野営地は炎に包まれ、完全に沈黙していた。
十人の兵は誰一人欠けることなく帰還した。
彼らの顔には疲労よりも驚愕が刻まれていた。
「……本当に勝った……十人で……」
「勇者様じゃない、軍神だ……」
衛士はただ剣を拭い、冷静に言った。
「これは任務だ。勝ったのは俺じゃない。命令を守ったお前たち全員だ」
その声に、兵士たちの目が一斉に潤んだ。
彼らは誰もが、この戦いで初めて“生き残れる希望”を見たのだ。
◇
報告を受けた中隊長は顔を引きつらせていた。
「ば、馬鹿な……十人で敵陣を……」
だが兵たちは口々に衛士を称賛し、中隊長の言葉を掻き消す。
「灰原衛士こそ勇者だ!」「俺たちを勝たせたのは彼だ!」
衛士は無言で空を仰いだ。
朝日が戦場を照らし、血と煙の匂いを黄金に染めていく。
勝利は得た。だが戦争は、まだ始まったばかりだ。
(第11話につづく)
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