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第1話 任務は終わらない


 夜の山岳。冷えた風が頬を切る。

 灰原衛士は呼吸を一つだけ殺し、手のひらで合図を切った。特殊部隊〈八咫烏〉の暗視装置に、仲間の緑の光点が静かに応答する。

 任務――テロ組織が隠した化学兵器の確保と殲滅。失敗すれば、数千人規模の被害。理由は単純、それで十分だった。


「タイム、T-90でブリーチ」

 低い声で命令し、ドアのヒンジに力を込める。

 閃光。爆音。火薬の匂い。

 敵兵の顎を銃床で叩き割り、奥へ踏み込んだ瞬間、視界の端に走る嫌な影――起爆線。


「伏せろ!」

 衛士は背後の隊員を突き飛ばし、自分は逆へ飛び込む。

 次の瞬間、爆圧が胸腔を潰した。肺が焼け、視界が黒に沈む。

 最後に浮かんだのは、新兵が泣きながら言った「ありがとうございます」の声。

 ――もっと、人を守りたかった。


     ◇


 硬い藁の感触で、目を覚ました。

 石造りの天井。粗末な木窓から射す光。薬草の匂い。

 衛士は即座に周囲を走査する。武器、出口、敵影――何もない。ただ、傍らで祈る若い修道女が震えながら言った。

「神殿に運び込みました……でも、村が……!」


 鐘が鳴る。警鐘。

 窓の外、斜面の下。藪を割って現れたのは、肩までの高さの狼たち――黄色い眼が十以上。背の棘が逆立つ。

 群れで来る。

 衛士は呼吸を整え、部屋の隅に立てかけられた農具を手に取った。刈り鎌。軽く、重心は前寄り。

「借りる」

 修道女の返事を待たず、階段を駆け下りる。


 川沿いの橋は一本。天然のボトルネック。

 逃げ惑う村人を見て、即座に命令を飛ばす。

「男は荷車を橋へ! 横倒しにして盾に。女は薪と藁を湿らせろ、煙を出せ。子どもと老人は神殿の裏へ――走るな、歩け!」

 意味は通じる。言語が違うはずなのに、不思議と伝わった。


 狼が飛ぶ。

 衛士は半歩下がり、首筋へ刃の背を叩きつけ、体勢を崩した獣のこめかみを柄で突く。骨が鳴り、血が土に散る。

 二体目が回り込み、三体目が正面から吠える。

 だが村人が押し込んだ荷車が土煙を上げ、突撃を遮った。

 煙幕が流れる。獣の嗅覚が鈍る。

 衛士はその隙に群れのリーダーへ一直線。

 顎が開いた瞬間、下顎の柔らかい粘膜に刃を滑らせた。短い悲鳴。隊列が乱れる。

「下がれ!」

 吠える声に従うように、狼たちは森へ退いた。


 歓声が上がる。だが衛士は油断しない。

 敵は獣だけではない――その予感は正しかった。

 森の影から、皮鎧をまとった人影がぞろぞろと現れる。粗末な刃、散開する動き。盗賊。数は二十以上。

 修道女が蒼ざめて囁く。「……どうすれば」

 衛士は短く答えた。

「危険なのは、いつも前だ」


 刈り鎌を左に、倒れた盗賊から拾った短剣を右に。

 軍人としての習熟と、異世界で強化された肉体。

 衛士は橋の前に立ち、胸の奥で静かに呟いた。

 ――任務は、まだ終わっていない。


(第2話につづく)

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