表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/11

序章 嵐の晩に、本当の王女は城の門を叩きました。 


 白い光が闇を切った。

 空は一瞬、まばゆい紫に染められた。


 ゲルタは薄汚れたショールが風で飛ばされないよう、しっかりと握りしめた。

 雨と風は凶暴な獣のように荒れ狂っている。

 なにもかもが憎悪をむき出しにしていた。


 古いショールは水を吸って、びしゃびしゃだ。

 防寒にも雨よけにもならないが、ないよりはマシだ。

 こんな凍えそうな夜に、ゲルタは薄いショール以外、つぎはぎだらけの木綿のシャツと、色の褪せたスカートしか身につけていない。

 靴は途中でなくしてしまって、右足しか履いていない。

 歩くと左足の親指に痛みが走る。

 爪が割れているに違いない。


 もうずいぶん長いあいだ、一人で歩き続けていた。

 王族が住まう城の塔は、ゲルタが住んでいた村からよく見えていたのに、一向に辿り着けない。

 歩けば歩くほど、遠くなってゆくようだ。

 闇と雨のため、目印の塔さえ見失ってしまった。

 空がまたカッ! と輝き、ゲルタは身をすくめた。


 その閃光に照らされて、闇の中に巨大な犬が浮かび上がった。

 

 大きく開いた口から鋭い牙がのぞいているを見て、ゲルタは芯から震えた。

「しっ、しっ、あっちへおゆき」

 勇気を出して手を振って追い払おうとしたが、動く気配はない。

 唸り声も立てずに、じっとゲルタを見つめている。

 獣の静けさが、ゲルタをいっそう怯えさせた。

 それによく目をこらすと、犬ではない。

 背中に大きな翼を背負っている。


()()──!)


 ゲルタが悲鳴を飲み込んだとき、また空に稲光が走った。

 天から落ちる光が、異様な姿をはっきりと照らし出す。


 長い顔、

 大きくしなやかな体、

 優美な羽と長い尾、


 それは魔物ではなく、石の像だった。

 後ろに高い門がそびえている。

 お城の門だ!


 ゲルタは顔を上に向けた。

 高い門の、そのずっと上に、突き出た塔が山のように連なっている。

 天の怒りを前にしても少しも揺るがぬ尊大な様子は、この城こそが、すべてを支配する者の住まう場であると、誇っているようだった。

 ゲルタは急に怖くなった。

 とどろく雷鳴に混じって、ゲルタの無謀を嘲笑う声が聞こえてくるようだ。


 帰れ、ここは、身寄りもなく貧しいおまえなんかが、足を踏み入れていい場所じゃない。


 いったい、おまえに、なんの証しがあるというのだ。


 おまえは、ただの思い上がった小娘だ。


 帰れ、帰れ。


 まとわりつく声を振り払うように、ゲルタは首を激しく横に振った。

 今さら戻れるわけがない。

 もうあそこで、周囲の人々の侮蔑と憐れみを感じて暮らすのは嫌だっ。

 なんの喜びも愛情もなく、みじめに歳を重ねてゆくくらいなら、王族を騙った詐欺師として処刑されるほうがずっといい!


 ゲルタはショールをかきよせていた手を、離した。

 突風が、くたびれた布切れをあっというまに後方へ運び去る。

 片方だけの靴も脱ぎ捨てて、ゲルタは裸足で門のほうへ進み、すっと息を吐いたあと、背筋をしゃんと伸ばして扉を叩いた。


 今度この門から外へ出るときは、毛皮のコートを着て、繻子(しゅす)の靴を履き、金の馬車に乗ろうと決意しながら。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ