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青さなんて

「この、高校生としての時間を、どうか大切にしてください。僕ら大人がどれだけ働いても、どれだけの大金を払っても、君たちの年齢には戻れない。青春の日々をもう一度送ることはできないんです。だから、めいっぱい楽しんでくださいね。これ以上ないくらい青春を謳歌して、大人への階段を登っていってください」

彼が言い終わると同時に、チャイムが鳴った。

私たちは礼儀正しくお辞儀をする彼に向けて拍手をする。

そのはつらつとした清々しい笑顔に、クラスの女子の大半が心臓を持っていかれたように見えた。

授業が終わり、カバンに教科書をぶち込んでいる間も、四方八方から声が聞こえてくる。

めっちゃイケメンじゃない?あのパイロットの人。

あーいうさわやか系イケメンまじでタイプなんだけど。

まあでも美人なCAさんに囲まれてれば彼女もすぐできるだろうね、いいなー私もああいう恋人欲しい。

「ま、気位の高い日向には全くヒットしてないようだったけど、ねっ」

急に後ろから抱きつかれて前のめりになる。

こんなことをしてくるのはクラスでたった一人しか考えられないので、あえて顔は見ない。

「ヒットするとかしないとかじゃないから。てか玲香、重い」

「ひっどいなぁ相変わらず」

ケラケラ笑って私の首を解放する玲香は、この高校に入ってしばらく経ってからようやくできた、私の数少ない親しい友人だ。

「あの若いパイロットの顔が好みじゃないのは分かるんだけどさ。日向、気づいてんのか知らんけど眉間にこれでもかってほど皺寄ってたよ。あの人の言ったことになんか不満でもあったわけ?」

そう、最近よく思い知らされるのだが、この子は恐ろしいほど周囲が見えている。まだ夏休みもまだだというのに、話すようになってから何度、頭の中を言い当てられたか分からない。

「……大ありだよ」

「あははっ、やっぱりか」

にんまり顔の玲香の前で、大きくため息をつく。

「……何から言ったらいいのかって感じだけどまず、青春青春ってしつこくてほんとにうざい」

「おうおう確かにね、あとは?」

「高校時代を大事にしろなんてあいつに言える資格そもそもないでしょ。偉そうに」

「あっはっは、結構飛ばすねぇ」

「だってそりゃそうでしょ、あの人が高校生だったときが楽しかったってだけで、なんで同じように私たち

も楽しんでるっていうことになんの?今と昔では全然違うじゃん。スマホとかなかったでしょ。SNSだってない能天気な時代と一緒にしないでほしい。少なくとも私はそんなに能天気でも頭の中お花畑でもない。現代の女子高生が楽しく楽しく生きてるなんて思ったら大間違いなのにさ。君たちはいいねー羨ましいよ、いくら金払ってももう大人には君たちの時代を手にすることはできないんだよ、ってまじどんな理屈だよ。ふざけんな」

玲香が口を挟む隙も与えず、私はまくし立てた。

「そもそも、青春なんて幻じゃん。そんな輝かしいものあるわけないっつーの。知らないんなら黙っててほしいんだけど」

黒いリュックの片側だけ持ち上げて無造作に背負い、玲香を伴って教室を後にする。

「……まあ、スマホとかない時代もそれはそれで大変なんだろうけどね。でも、彼らにはうちら今のJKがどんだけ闇堕ちしてる生き物かってことなんて、わかんないだろうね」

生徒玄関までの廊下を歩きながら、玲香が苦笑気味に言った。

「わたしも週4ペースで泣いてるからなー。急に自分のことが無性に大嫌いになるんだよね。別に何かあったわけじゃないのに突然、自分が憎らしくてすっごくみじめで、勝手に自己嫌悪になって。こういうのってさ、一旦はまると帰ってこれなくなるよね」

その言葉に頷く。

「あーあ、早く大人になって自由になりたい。なーんにも縛られずに自分で生きていきたい。……もう高校卒業したいな」

「全く日向らしいね、まだ高校入って2ヶ月しか経ってないのに。ていうか日向も病んでんの?話ならいくらでも聞くよ」

「……んーまあ、それはまた今度ね」

学校の正門を出てすぐ、タイミングよく玲香と別れるポイントまでたどり着き、私は軽く手を振る。玲香はバス通学で、私はここから5分ほど歩いたところにあるマンションに住んでいる。バス停にできた列の最後尾に加わりながら、彼女は「今度ちゃんとしゃべってよー」と手をひらひら降ってきた。

玲香に背を向けて歩き出すと、現実が目の前に大きく立ちはだかったように感じられた。

手のひらに爪が食い込むほど、思わずこぶしを握ってしまう。早く帰りたい。とにかく早く。

玲香は可愛い。肌の白さも、少し栗色がかった髪も、いつだって綺麗だ。そして彼女は可愛いものが好きだった。通学カバンには主張の激しい色と大きさをしたうさぎのストラップが付けられ、玲香が歩くたびにこれまた大きく揺れていた。とにかく可愛いと思ったものはなんでも好き、それを人にまっすぐ表現できる自信と素直さは、私にはとても眩しく映った。

マンションのエントランスを抜け、エレベーターで3階まで上がる。何も付いていない銀色の鍵を取り出して自宅のドアを開け、身を滑り込ませてからすぐに閉めた。

扉に背中を預けて、ふう、と息をつく。

瞼を閉じる。

大丈夫、大丈夫、と念じるように言い聞かせた。

今日は決戦の日。

今日、今日こそ、私は私を手に入れる。

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