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リベンジマッチョ

作者: 輝野 和己

 青山大輔は、都内の大学に通う学生である。

 現在3年生だが、卒業に必要な単位はほとんど取り終えており、大学に行くよりバイトに行く日の方が多かった。


 大学を卒業したら働くことになるのだから、バイトに力を入れるのは間違っていると考える人もいるかもしれないが、お金が必要な理由があるのだ。


 借金があるとか、欲しいものがあるとかいうわけではない。

 理由は大輔の彼女が関係している。


 大輔には半年ほど前から付き合っている彼女がいる。

 同じ大学に通う同級生で、名前は梅田絵里香という。

 元々は友達の友達ぐらいの関係だったのだが、半年ほど前に授業のレポート作成を手伝ったことがきっかけで付き合うことになったのだ。


 大輔は長身だがやせ型で、顔も人並みだ。女性にもてたことはなかった。

 対して、絵里香は美人というよりかわいい系の女性で、いつもばっちりメイクをしており、男性の目を引いた。

 だがら、絵里香から付き合わないかと言われた時は、喜んで了承したのだった。


 大輔と絵里香との交際はプラトニックなもので、手を繋いだことさえない。

 とはいえ、一緒に食事をすることはあり、大輔が普段行かないような高級な店に行くこともあった。

 デートでの支払いは大輔がしていた。彼女は自由に使えるお金がほとんどないらしいので、大輔が頼りがいのあるところを見せようと見栄を張っていた。


 アクセサリーなどのプレゼントをねだられることもあった。最初は数千円程度のかわいいおねだりだったが、徐々にエスカレートしていき、最近では10万円以上するネックレスを買ってとお願いされた。

 その時は、さすがに無理だと断ったのだが、それ以来関係がぎくしゃくしており、彼女をデートに誘っても、予定があると断られることが多くなった。


 このような理由で、大輔にはお金が必要だった。

 現状、10万円以上するものをポンと買ってあげるのは難しかった。

 ちょっと先になるが、バイトのお金が貯まったら、クリスマスなどの記念日にプレゼントしようと大輔は考えていた。


 その日、大輔は久しぶりに絵里香をデートに誘うことができた。

 待ち合わせのカフェで待っていると、多少遅れて絵里香がやってくる。

 絵里香は席について注文を済ませると、


「私達わかれましょう」

 いきなり別れ話を切り出してきた。

「何を突然……」

 大輔はいきなりの展開に二の句が継げない。頭の中が真っ白になってしまった。

「最近私のお願いきいてくれなかったじゃない」

「それは……さすがにあんな高いものをすぐには買えないよ」

「それに、元々なよなよした痩せた体が好みじゃなかったし」

 絵里香が言った理由は、大輔にとって納得できるものではなかった。

「だったら最初から付き合おうとか言わないでくれ」

「何言ってるの? あんたなんかが半年も私と付き合えたんだから感謝して欲しいぐらいよ」


 あんまりなもの言いに大輔は押し黙る。

 こんな女性だったと思わなかったと、絵里香を未知の生物を見るような目で眺めた。


「あれ? そいつが例の彼氏?」

 突然、絵里香の近くに見知らぬ男が歩み寄ってきた。

 年は大輔や絵里香と同じかやや上ぐらいだろうか、身長はそれほど高くないが、細マッチョとでも言えばよいのか、細身だが筋肉質な体をしている。顔はぎりぎりイケメンといったところだが、大輔をあざけり笑うような口元からして、好感の持てる人物とは思えない。


「今別れたところ」

「かわいそうに、本命の彼氏がいるって知らなかったんだろ?」

 細マッチョの男が言った言葉を大輔はよく理解できなかった。

「どういうこと?」

「私達付き合っているの」

 絵里香が種明かしをするように言った。

「二股してたってこと?」

「あんたとは本気で付き合ってたわけじゃない。単なる遊びよ」

 絵里香はあきれた表情をしながら吐き捨てた。

「ひどすぎる……」

「あっそ。じゃあね」

 絵里香はそういうと、注文が届くのも待たずに席を立ち、細マッチョの男と一緒にカフェを出て行った。


 大輔は絵里香のいなくなった席を呆然と見つめる。

 怒りと悔しさでどうにかなりそうだった。あんな女性だと見抜けなかった自分にも腹が立った。

 結局、大学における課題の手伝いやプレゼントを貢がせるだけの便利屋でしかなかったのだ。

 痩せた体が好みじゃないと言われたことも大輔は悔しかった。

 だったら体を鍛えて、絵里香を見返してやると心に誓う。



 次の日から大輔は自宅で筋トレを始めた。

 インターネットで筋トレの解説動画を見たりして、見様見真似でやってみる。

 とはいえ、器具がないので、腕立てやスクワットなど自重トレーニングを中心とした筋トレからやってみた。

 器具を買うことも考えたが、騒音が問題になりそうなので諦めた。

 大輔は田舎から出て一人暮らしをしている。そのため、家賃の低いワンルームのマンションに住んでいる。当然、防音設備はないし、壁や床も薄めなので、器具を使った本格的なトレーニングは難しい。


 大輔は元々料理が好きで、一人暮らしを始めてからは自分で食事を作っている。

 体を鍛える際には、食事が重要である。今までより、肉類や魚介類、卵、大豆製品、乳製品などのタンパク質を多めに取るように意識するようになった。


 休息日を設けつつ、自宅での筋トレを2週間続けた後、大輔はジムに通うことを決意した。

 やはり、効率良く筋肉を鍛えるにはジムを利用するのが一番だと感じたのだ。


 隣町の駅前にジムがあったので、大輔は予約して、ジムを体験することにした。

 予約した日にジムに行き、受付で予約の件を言うと、すぐにスタッフの女性が来て、施設案内をしてくれる。

 ジムには、トレーニングルームやプールの他に、プロテインなどが売っている売店、ロッカールーム、休憩所などがある。


 ローカールームで着替えを済ませ、トレーニングルームに向かうと、案内してくれたスタッフがトレーナーを紹介してくれる。20代半ばぐらいの短髪の男性で、さすがというかボディビルダーのような見事な筋肉をしている。

 田辺慎吾と名乗ったトレーナーは、さわやかな笑顔を浮かべながら手を差し伸べてくる。

 大輔が気圧されながらも握手を返すと、ジムでの目的など、簡単にヒアリングをしてくる。


「筋肉ムキムキのマッチョマンになりたいんです」

 大輔が言うと、田辺は笑顔を浮かべて、

「素晴らしい目標です。ですが、その場合だと、うちのようなスポーツジムよりもパーソナルジムの方が良いかもしれません」

「なぜですか?」

「うちだと見ての通り、常駐するトレーナーは一人だけです。今日は予約して頂いているのでまだましな方ですが、会員さん一人ひとりに合ったサポートをするのは難しいです」

「なるほど、ではパーソナルジムだとどうなんですか?」

「パーソナルジムでは、マンツーマンで対応するので、その人にあったトレーニングや食事指導などを行うことができます。特に大輔さんのように筋トレ初心者の場合は、サポートの有無は大きいですからお勧めですね。但し、料金はかなり高いです」

 大輔は料金を聞いてびっくりした。月に10万ぐらいするのだという。さすがに学生では難しい。

 大輔がパーソナルジムは無理なので、このジムでがんばりたいと言うと、まずは大きな筋肉から鍛えた方が良いでしょうという話になり、実際に器具を使ったトレーニングを行った。


 大輔は1時間ほどトレーニングを行った後、事務手続きを済ませて会員登録した。

 まずは週2回ジムに通うことにした。

 田辺さんとも話したのだが、最初から飛ばしすぎると、怪我のリスクが高くなる。

 ある程度慣れてきて、自分がどの部位を鍛えているか把握できるようになってから、週に通う回数を増やしていくことになった。


「大輔じゃないか!」

 大輔がジムの休憩所で休んでいると声をかけられる。

 見れば肩幅の広い筋肉質な女性が近づいてくる。

 そこにいたのは、高校時代の先輩である真柴楓だった。

 楓は地元の高校の2年先輩で、大輔が不良に絡まれているところを助けてもらったのが縁で親しくなった。

 楓は高校卒業後にレスラーとして女子プロに入団するため上京し、それ以来疎遠となっていた。


「楓さんじゃないですか。どうしてここに?」

「どうしたもこうしたもないさ。レスラーなんだから体を鍛えるためだよ。弱小団体だから専用のトレーニング施設がないんだ」

 楓はガハハと笑いながらそう言った。

「大輔こそジムに通うなんて以外だね」

 楓は「ゴリラ」という愛称を持つパワフルな女性であるが、姉御肌で面倒見が良い人物だ。

 大輔は誰かに聞いて欲しかったところもあり、彼女にこっぴどく振られて、見返すために体を鍛え始めた件を話した。


「そんな女こっちから振ってやれば良かったんだ!」

 楓は大輔の話を聞くと、自分のことのように怒り出した。そいつをぶん殴ってやろうかと半ば本気で言うので、慌てて止める。楓が小柄な絵里香を殴ったらしゃれにならない事態になるだろう。

 体を鍛えて良い男になって、あの時振ったのは間違いだったと思わせたいと大輔が言うと、楓はいたく感心したように頷く。

 そして、楓は大輔の筋トレに協力することを申し出てくれた。

 レスラーである楓にとって、体を鍛えることに関しては、言わばプロのようなものである。

 楓の協力は大輔にとってありがたかった。だが、楓の負担になってしまうのは申し訳ない。

 そのことを大輔が言うと、自分のトレーニングの合間にアドバイスする程度だから問題ないと言ってくれた。

 大輔は楓に感謝しつつ協力の申し出を受けた。

 

 こうして、大輔と楓の筋トレの日々が始まった。

 ジムに通い始めて、最初の数か月は順調だった。目に見えて胸板や背中、足回りの筋肉が増えた。

 とはいえ、現状では絵里香の彼氏と同程度である。絵里香を見返すためには、もっとムキムキになる必要があると大輔は思った。

 だが、そこからが地獄だった。今までは増量期ということもあり、たくさん食事を取っていた。それが減量期に入ると、カロリー制限する中で筋トレを続けるという過酷な状況となったのだ。しかも、筋肉を維持するためのトレーニングであり、増量期のように目に見えて筋量が増えるわけではない。むしろ脂肪が減ることで体が萎んだように見えるためモチベーションを維持するのが大変だ。


 だが、大輔がへこたれそうになると、楓が元気づけてくれた。

 楓は、がんばれと叱咤激励するのではなく、「大輔は良くやっている」、「そんなに頑張れるのは才能がある」などと、努力していること自体を褒めてくれる。

 そのことがとても励みになった。


 大輔は楓に感謝しつつも、助けられてばっかりでは申し訳ないと思った。

 トレーリング終わりに楓と一緒に食事をすることもあり、せめて食事代は払うと言ったのだが、学生に奢らせるわけにはいかないと断られた。

「何か手伝って欲しいことはないですか?」

 大輔が尋ねると、

「うーん。興行の手伝いとかしてくれたら助かるかな」

 楓は少し考えた後に答えた。

 楓の所属する女子プロレス団体ではボランティアスタッフを募集しているのだが、中々人が集まらないらしい。

 手伝いの内容を聞くと、会場で椅子を並べたり、椅子に番号のシールを張ったり、興行後の片づけや清掃をするという内容だったので、大輔にもできそうだった。

 喜んで手伝うと申し出ると、うれしそうに大輔の肩をバンバン叩きながら感謝してくれた。


 それから何度か、興行のボランティアスタッフとして手伝いに行った。

 楓は弱小団体だと言っていたが、思ったより客入りが良くてびっくりした。

 特に楓は期待のホープらしく、会場でも一番声援を受けていた。

 興行終了後に、大輔が興奮した様子で楓がいかにかっこよかったかと話すと、珍しく照れた様子を見せていた。


 大輔がジムでの筋トレを開始して1年ほどが経つと、増量期と減量期を繰り返した体は、服の上からでも分厚い胸板が目立つほどであり、ふくらはぎや太ももがはち切れんばかりになっていた。

 それでも上には上がいて、トレーナーの田辺さんは、ボディービルの大会でも良いところまでいくらしく、お互いにパンツ一つで並んでみると、はっきりと見劣りするのがわかった。

 田辺さんクラスになるには、3年以上はかかるし、さらに上の世界大会で優勝するレベルだと10年ぐらいはかかるという。

 とはいえ、絵里香を見返すという点でいえば、もはや十分な肉体になっただろう。



 大輔は大学4年生になっていた。就職活動については、中規模のソフトウェアベンダーに内々定を貰っている。バイトでやっていたプログラミングの仕事が評価された。ちなみに、一流企業の面接も何社か受けたのだが、そういうところは、即戦力的な能力より、地頭の良さや対人能力の高さを評価するようで、内々定を受けることは無かった


 大学に行くのは卒論のためにゼミに行く時ぐらいだ。絵里香とは別のゼミなので、顔を合わせることはなかった。

 絵里香と共通の友達から話を聞いたのだが、友達付き合いしていただけなのに、彼氏面してきたから距離を置くことにしたと、大輔のことを話しているらしい。

 その友達からパーティに招待された。文化祭後に行われるもので、在学中の人気モデルが参加するかもしれないらしい。大輔はそのモデルには興味がなかったが、たまには大学の知り合いに付き合うかと参加することにした。


 大輔は文化祭には筋トレやバイトで参加できなかったが、友達から招待されたパーティには間に合った。

 立食形式のパーティーで、参加者は大学関係者がほとんどだ。

 会場の奥の方では、吹奏楽サークルが演奏している。

 皆、どこかそわそわしているように見えた。何とかという人気モデルが来るのを期待しているのかもしれない。

 

 大輔は友人たちと会話を楽しんだ。久しぶりにあった知り合いは豹変した肉体に驚愕していた。

 会場を見渡すと、絵里香の姿があった。どうにかして招待状を入手したのか、例の細マッチョの彼氏もいる。

 そんな時、会場がざわざわと騒がしくなった。どうやら例の人気モデルが来たらしい。

 絵里香の彼氏は人気モデルに合うのが目的だったのか、騒いでいる方に向かっていく。絵里香はあまり乗り気ではないようだが、しぶしぶ後をついていくようだ。

 大輔と話していた友人達もそちらに向かったので、仕方なく一人で食事をすることにした。

 筋トレは増量期なので、カロリー制限を考えなくて良かった。


「いい食べっぷりだね」

 大輔は突然声を掛けられた。声のする方を見ると、どこかで見たことのある長身の女性が笑みを浮かべていた。

 例の人気モデルのようだ。

 ヒールを履いているのもあるが、180センチの大輔と同じぐらいの身長がある。

 学生のパーティだからかモデルにしては控えめな恰好をしているが、人間ばなれしたスタイルをしており、十分に会場の目を集めている。


「この肉、美味しいですよ」

 大輔がそう言うと、その女性は何がおかしいのか軽く噴き出すと、

「同級生だよね? 私のことは知ってる?」

「えーと……モデルをやってるとか」

 大輔は名前が出てこなかったので、知ってることだけ答えた。

「高倉マリオン。映画にも出演して、いい気になってたけど、私の知名度もまだまだだね」

 そういうと、その女性……マリオンは快活に笑った。

 映画に出演しているとか言うと、鼻にかけた発言に思えるが、彼女が言うと嫌味に聞こえなかった。


「青山大輔です。最近は映画見ていなくて……」

 大輔がそう言った時、マリオンに近づく男がいた。

 絵里香の彼氏の細マッチョだ。

「俺、マリオンさんの映画見ましたよ」

 細マッチョが馴れ馴れしく話しかけてきた。

「霧島幸雄って言います。マリオンさんのファンで、載ってる雑誌とか良く見てますよ」

 マリオンは眉をひそめているが、霧島幸雄と名乗った男は一方的にしゃべる。

 絵里香も近くにきたが、この状況が気に入らないのか不満そうな顔をしている。

 それはそうだろう。自分の彼氏が人気モデルに媚びを売っているのだ。内心穏やかではあるまい。


「そちらは彼女さん?」

 マリオンは絵里香に気づいたのか質問した。

「……友達です。マリオンさんならぜひ彼女にしたいんですけどね」

 幸雄は絵里香とマリオンを見比べてからそう言った。マリオンが絵里香を彼女か確認したことで、自分に気があると勘違いしたらしい。

「ちょっと。何言ってるの?」

 絵里香が顔を真っ赤にして怒り出す。

「お前はそっちの男とよりを戻せば良いだろ。元々付き合ってたんだし」

 幸雄が大輔を指差しながら言った。

 幸雄は大輔に気づいていたようだが、絵里香はこの時初めて大輔のことを認識したようだった。


「え! あんた大輔なの?」

「久しぶり」

 大輔は苦笑いする。体つきは変わったとはいえ、さすがにすぐ気づくだろうと思っていたのだ。どれだけ自分に興味がなかったのかと呆れてしまった。

「なんか筋肉ムキムキでキモイ。それなら前の方がまだましだったわ。もしかして、私がなよなよしているって言ったから鍛えたわけ? 馬鹿みたい」

 絵里香が気もち悪そうな顔で大輔を見る。


 大輔はそのセリフを聞いて、ショックを受けていない自分に驚いた。絵里香を見返すために体を鍛え始めたというのに、その成果を馬鹿にされても大して心に響かなかった。

 その時大輔は気づいた。いつの間にか筋トレしている目的が、絵里香を見返すことではなくて、楓と一緒にいたり、褒めて貰えるのが嬉しくてやっていることに……。


「マリオンさんもあんなゴリマッチョより俺ぐらいの細マッチョの方が良いですよね?」

 幸雄が絵里香に気持ち悪がられている大輔を見ながら言った。

「そう? 私アメリカ育ちだから、青山さんぐらいムキムキの方が好みなの」

 マリオンはそう言うと、大輔のそばに近寄る。

「それに彼女がいるのに別の女性を口説こうとする男は嫌いかな。そちらの女性……人の努力を馬鹿にするような人も大嫌い。あ、でもそう考えると、性格が悪い同士でお似合いの二人なのかな?」


 マリオンが周囲に聞こえるような声でそういうと、幸雄と絵里香は顔を真っ赤にした。

 いつの間にか、四人を囲むようにして人が集まっていた。集まった人達は白い眼をして幸雄と絵里香を見ている。

 バツが悪いと思ったのか、二人は逃げるようにしてその場を離れると、お前のせいだと言いあいながら会場を出て行った。


「ごめんなさい。ちょっと言い過ぎたかな? 彼女さんだったんでしょ?」

 マリオンがすまなそうに言った。

「元です。今は違いますから、それに言ってもらって俺もスッとしました」

「今は別に好きな人がいるとか?」

「そうですね」

 大輔はすっきりとした表情でそう答えた。

 マリオンは恋バナが好きなのか、根掘り葉掘り質問して大輔を困らせた。



 秋になり、大輔は卒論の詰めの作業をしたり、企業の内定式に出席するなど忙しい日々を送っていた。

 楓との関係は相変わらずで、筋トレ後に一緒に食事をしたり、興行の手伝いをしたりといったところだ。

 大輔は楓に告白しようと考えていたが、成功するかはわからなかった。自分のことを嫌ってはいないと思うが、手のかかる弟分という認識で、男として意識してくれているかは微妙なところだ。

 とはいえ、だからこそ一歩踏み出す必要があると考えた。


 その日、大輔は楓を食事に誘った。ちょうど数日前に、楓が他団体主催のプロレスイベントに参戦し、タッグバトルで勝利していたので、それのお祝いという名目だ。

 食事が始まると、さっそく先日のイベントをお祝いする。大輔もいつの間にかだいぶプロレスに詳しくなった。しばらく二人でプロレス談義に花が咲いた。


「なんか今日は様子がおかしくないか?」

 大輔が緊張しているのに気づいたのか、楓が言った。

「実は、今日は大事な話が合って……」

「なんだよ改まって」

 大輔は手を握りしめ、勇気を振り絞った。


「楓さん。あなたのことが好きです。付き合ってください!」

 大輔が言うと、楓はきょとんとした顔になった。それからようやく何を言われたのか気づいたのか顔を真っ赤にする。

「おいおい。本気かい? 力だけが自慢の女だぞ」

「何を言ってるんですか? 楓さんの良いところは力だけじゃないですよ。困っている人を助けてくれるやさしいところや、いつも笑顔で回りを明るくしてくれるところとかたくさんあります」

 大輔が勢いよくそう言うと、楓はますます赤くなった。

「OKしてくれませんか?」

 大輔が言うと、楓は照れながらも頷いてくれた。大輔は人生で一番の幸福を感じる。


「でも、付き合うなら敬語は禁止だ」

 楓がルールを提示してくる。

「わかりました……わかったよ楓」

 大輔が名前を呼ぶと、自分が言い出したルールなのに楓は照れたようだった。


 それから二人は恋人同士となった。

 楓が所属する団体に、恋人がいることがばれるとまずいかと心配したが、大丈夫なようだった。

 昔は三禁といって、酒・タバコ・男禁止という団体もあったそうだが、今はなくなったそうだ。


 大学卒業後、二人は同棲を始め、幸せな生活を送っている。

 既に大輔はマッチョになっていたが、二人での筋トレはまだ続いていた。

 なぜならマッチョになることが目的なのではなく、二人で何かをすることが幸せだからだ。

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