表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

5

 大事な姫が狼に囲まれたとでも思ったのか、ヤンセンは狼たちから守るようにルシアを膝に乗せ、魔法隊と共にグラスを傾けている。つい先ほどまで言い合いをしていたのが嘘みたいだ。


 カウンターには二人で飲んでいたニックスとウルバンが(カミーラを気遣ってかテーブルを片付けた上で)移ってきていた。実は甘いものが大好きだというウルバンにはアップルパイとキャラメルタルトの両方を用意した。これからは彼を見かけたら焼き菓子を差し入れてあげよう。カミーラは思いつつ、うれしそうにフォークを動かす騎士を見守った。


「…リーアム、意外とちょろかったわ。」


 ウルバンがご機嫌にアップルパイを平らげたあたりでルシアが緑の瓶を片手にオイラーを連れてカウンターに戻ってきた。その背後には不思議な空間に横たわる男が四人、浮かんでいる。フリッチはノルディンの腕を枕にかわいらしい寝顔を見せていて、ルシアが言う通りこの二人は本当に仲が良さそうだ。


「…ルシアさんが飲み過ぎなんです。」


「ソルは水ばっかり飲んでるじゃないの。」


 水魔法禁止よ。ルシアが瞳を黒葡萄色に変えてオイラーを睨んだ。そんな…。などと言いつつも、彼は彼女へ言葉を向けた。


「ルシアさん、無礼を承知して…ひとつ伺ってもいいですか?」


「なに?…内容によっては攻撃してもいいなら、いいわよ?」


 瞳の色をオイラーと同じ金色に変えたルシアはバチっと背中に雷を発生させた。


 じゃ、じゃあやめておきます。オイラーが顔をひきつらせた。水と風の属性の彼にとって雷は恐ろしいのだろう。


「なに?気になるから言って。…特別にソルが教えてくれた風魔法で攻撃してあげるわ。」


 瞳の色をシエナと同じ緑色に変えたルシアは自身の髪の毛を揺らした。


「教えさせていただいた記憶はないのですが…。あの…血が流れない、と言っていましたが、本当ですか?」


「本当よ?斬られたけど何ともなかったって言ったじゃないの。」


「…では、その…あの、女性特有の、事象はないのですか?」


 ああそれね。ルシアは銀色の瞳を細めてグラスを傾けた。


「ないわ。今まで一度もない。」


 オイラーだけでなく、その他の三人も顔色を変えた。ちなみに、男性のモノがついてるってわけでもないから安心して。つけくわえたルシアは余裕たっぷりに、ケラケラと笑った。


「…ルシアちゃん、それは...聖魔法術者の特性じゃないのかい?ホルンだってずいぶん遅かったはずだよ?20は過ぎてたはずさ。当時すごく悩んでたから…よく覚えてるよ。一度ホルンに診てもらったらどうだい?」

 

 え?カミーラの言葉に全属性術者のルシアは一変して愕然とした表情をした。


「…大魔術師だから…ナイんじゃなくて?…まさか…これから?…これからニコリネたちが毎月苦しんでいる行事が私にも訪れると言うの…?もういきおくれと言われる歳なのに?」


 見た目はからっきし子供のくせに、なに言ってんだい。言いたくなるがカミーラはこらえる。


「…ちゃんと食べて、身体を育てなさいってシエナに言われてるんじゃないのかい?」


「言われてるけど…筋力強化で身体は育つわよ?」


「そういうのとは別なんじゃないのかい?」


「…嘘でしょ。ムリよ…絶対にムリ、なんだから。」


 グラスを一気に空にしたルシアはオイラーを睨みつけた。


「ソル、飲むわよ。知りたくない現実は飲んで知らないふりよ。…飲みなさい。」


 まだ半分も残っているオイラーのグラスぎりぎりまで酒を注いでからルシアは現実逃避をするかのように瓶をそのまま口につけて、ごくごくとまた水を飲むように酒を飲んだ。


「ルシアちゃん、これから育つ可能性だってちゃんとあるんだよ?」


 いつも本人が気にしている胸元を指さすと、瓶を空にしてから眉根を寄せたルシアは胸元のボタンを開けてみせた。その胸元にはビューマー色でつくられた魔石のペンダントがつけられている。


「筋力強化で…どうとでも、なるって言ったでしょう?」


 ちらりとのぞく、ほんのり紅に染まった平らな肌にみるみるとりっぱな谷間ができ、ペンダントの魔石はその谷に埋まった。ウルバンは顔を真っ赤にして、素早く動き、隊長三人に背を向けさせた。


「ル...ルシア様、オイラー隊長が訊いたことは…いまカミーラさんが言ったことは…なかったことに、しましょう?…な、なので、早くお戻し...?お隠し…?ください…。これ以上は副団長に我々が斬り刻まれてしまいます。」 


「…ウルバン、なんでもトッシュに報告しなくていいのよ?」


 いえ。でも。ウルバンが言うのにルシアはお戻しもお隠しもせず、彼の小指に自分の小指を絡ませた。彼女の胸元は絶対に見ないぞという意思のあらわれか、彼は宙を見上げている。


「じゃあ、副団長サマよりも権限のある、姫サマからの命令。今夜のことはトッシュには報告しない。…いいわね?ミーシャ?」


 突如、愛称をよばれたウルバンは音を発せず、あうあうと口を動かすばかりだ。わかった?ミーシャ?上目に顔を覗き込まれたウルバンはやがて頷いて、ルシアはやっと小指を離した。


「姫様って不自由だけど、こういうときに便利よねぇ。」


 言いながら、やっとお戻しになり、お隠しになったルシアにウルバンは大きく息を吐いた。


「…姫様をお守りすることができて光栄です。」


「ニコリネのこともよろしくね?あなたのことが大好きみたいだから。」


 はい!元気よく答えたあと、え?あ?いえ?と、たじろぐウルバンを見てルシアはふふふと幸福そうな笑みを浮かべて、彼のグラスにロートレックが飲んでいる酒をどぼどぼと注いだ。


「おかみの作るアップルパイとキャラメルタルトはとてもおいしいでしょう?」


 同じく自分のグラスにも酒を注いだ大魔術師は、流石にすこし酔ってきているようだった。




 どうやらいつの間にか眠ってしまっていたらしい。ルシアがカウンターの中に運んでくれたスツールに腰を下ろしてからの記憶がない。あたたかな空間だけれど、カミーラの身体にはルシアがいつも羽織っているショールがかけられていた。


 真冬でもこれ一枚で出歩いていたから心配していたが、今年になってからはきちんとコートを着て出かけているのはきっとビューマーのおかげなのだろう。


「…だから、どうして、ルシアさんは…わかって、くれないのですか?」


 オイラーの声がして、様子を見るとカウンターに残っているのはニックスとオイラーの二人と、彼らにぎゅっと挟まれたルシアだった。今は三人で白ワインを飲んでいるところらしい。何番目だかにもらったと言っていたご寵愛ワインだ。ウルバンとロートレックの姿は見えないが、きっと後ろの方に寝かされているのだろう。


「だから、わかったって、何度も言っているでしょう?」


「わかってないじゃないですか。…僕の気持ち。」


 ずい、と、ルシアの顔に顔を寄せるがニックスが彼女の身体を引き寄せ、オイラーから遠ざけている。屈強な腕に守られたルシアはその腕の中から言葉を向ける。


「本隊の魔法隊にテコ入れをするときはソルにも来てもらうから。その時に助けてって言っているでしょう?」


「そうじゃなくて、僕が側近としていきたかったんです。トッシュが断れば僕がいくんだったんですよね?…って、だから、そういう話じゃないです。」


 じゃあなんの話なのよ。怪訝な顔をしたルシアはオイラーの空になったグラスにワインを注いでからニックスのグラスにも、自分の専用ジョッキにも注いでいる。


「…僕は、ルシアさんが…好きなんです。」


 言った、顔を真っ赤にしているオイラーはグラスを煽って、半分ほどを一気に飲んだ。


「私も、ソルが大好きよ?」


 え?オイラーは一瞬、うれしそうな顔をしたが、すぐに怪訝な顔をした。


「…どうせ、僕と好き、の意味が違うじゃないですか。」


「だって、あなたの風魔法は本当にすばらしいもの。今までみたどの術者の風魔法よりソルの風は心地がいいし、美しいわ。」


 ほら、飲みなさい。まだ半分残っているグラスを持たされたオイラーは諦めたようにグラスを煽った。


「…ぜったいに、ぼくは、あき…らめませんから。」


「テンペスト、ね。…練習しておくわ。」


 だから…ちがい、ます…。言いながら、オイラーはカウンターに突っ伏した。それを確認したルシアは瞳を虹色にして、眠っている彼の身体を魔法で起こした。


「…ソルの寝顔もかわいい。もう、真っ赤っかになっちゃって。」


 ふふふ。ルシアが笑うとオイラーの身体がふわりと空間に横たわった。


 隣が空いたから、と、ルシアがニックスとの距離を開けようとするが、どうやら彼はそれを許していないようだ。むしろ引き寄せられていて、彼女は抗議の眼を彼に向けた。


「…何?」


「俺も…諦めていないと言った、だろう?」


 見ているだけでもゾクとするような気配がニックスから漂い、その手が愛しげにルシアの頬を撫でている。やがて、クイと顎を持たれた彼女は眉根を寄せた。


 形の良いニックスの唇がルシアの薄い唇に触れるか触れないかのところで、黒葡萄色の瞳から強力な魔力が放たれた。彼の動きが止まったところをみると、どうやら立場が逆転したようだ。


 両手でニックスの頬を挟むようにしたルシアは、へぇと眼を冷たく細めた。


「サンデール…あなた、魅了の術が使えるのね…?私に魅了をかけるだなんて…いい度胸してるじゃないの。」

 

 頭にぐわんと衝撃が走るほどの魔力が更に放たれ、ニックスの整った顔の表情がくっと歪められた。顔から手を離したルシアは木のジョッキから一口ワインを飲んでから、指をパチンと弾いた。


「…残念だったわね、来世にでも、また出直してきてちょうだい。」


 飲みなさい。その言葉にニックスはグラスを一気に空け、意識を失いそのまま後ろへ倒れた。が、すんでのところでルシアの魔法が発動した。


「…お酒で身を滅ぼすとは、このことね。」


 そのうち()()()()しなくちゃ。不敵な笑みを浮かべた大魔術師は、鼻歌を歌ってワインを飲み干した。 



 日が白みはじめた頃、カミーラはあたたかな空気に目を覚ました。座って眠ってしまっていたはずなのに身体がどこも痛くないのは、ルシアの魔法のおかげなのだろう。


「そろそろ王子サマのお迎えじゃない?」


 紅茶茶碗に入ったカモミールティーを飲みながらルシアは静かに言って、カミーラは店内を見回す。酒宴があったことが嘘のようにすっかり片付いており、エイダとホルンさえ来ればいつでもストームス商会としての営業ができそうだ。寝かされていた男たちの姿もない。


「…王子サマじゃなくて、ただのジジイだよ。」


「薔薇のカミーラを勝ち取ったのだもの。王子サマじゃないの。」


 と、言った本人がまるで王子サマのようにリーベンス紋章の刺繍が入った紺色のマントをぶら下げていた。



「ジョー、おはよう。一晩、大事なカミーラを貸してくれてありがとう。…狼からは無事に守り切ったからね?」


 ストームスの正面に大きな氷のソリとフロストウルフが二頭現れた。いつもの結界で消していたのだろう。フロストウルフは二頭ともソリに寝かされている男たちに呆れた表情を向けているように見える。


「おう。ウチのカミーラは枯れても薔薇だからな。」


「…誰のせいで枯れたと思ってるんだい?」


「ガキどもが吸いつくしたからじゃねぇか。」


 そのガキは誰のガキなんだよ。言ってやりたいが、ルシアがおかしそうに笑い出したのでカミーラは言葉をこらえた。


「うふふ。本当にあなたたちは仲がいいわね。うらやましい。…じゃあ、行ってくるから。」


 隻眼のフロストウルフに合図を出したルシアは男たちを乗せたソリと二頭のウルフごと姿を消した。


「いつもながらとんでもねぇ姫ちゃんだな。」


「まぁ、それが、ルシアちゃんだからね。」


 『ご寵愛キャラメル』を生で見たと教えてやったらこの男の息子たちはさぞかし羨ましがることだろう。王都で店を構える彼らにキャラメルナッツのレシピを添えて、久々に手紙でも送ろうか。思うが、やはり、息子たちにも、ルシアにもしばらく黙っておこうとカミーラは決めた。


 いくつになっても『女のヒミツ』はあればあるだけいいのだから。










 基地が近づいて来たあたりでルシアは結界を解いて、監視塔に向けて手を振った。この気配は雷使いのシェルセンと、テイマーのセルダムだ。そして基地の入り口を守っているのは魔法隊副隊長のラウエルだろう。


「…いきなり気配がしたと思ったらコレですか。」


「誰の目にも触れてないから安心して。…手分けしてひとりひとり、部屋まで運んでもらえたら助かるのだけど。…風邪をひいたら困るし。」


 フロストウルフのブラッドが引くソリに寝かされている男たちをみたラウエルはうなだれて、ルシアに顔を向けた。


「副団長だけ運びます。あとのヤツらはどうでもいいです。…風邪ひいても知りません。」


「…私の責任問題にならないのならいいけど。」


「自己責任です。…どうせヤケになってバカみたいに飲んだんですよね?」


「…私が無理に飲ませちゃったんだけど、ね?」


 ラウエルは頷いて、ならばとルシアに爽やかな笑みを向けた。


「ならば、コイツらはそれだけで幸せだと思うので、いっそ風邪をひいたらいいと思いますよ?」


 もしや呼ばれなかったことを拗ねてる?思ったルシアはラウエルと駆けつけたシェルセンとセルダムにソリを引き渡しながら、今度は、と声をかける。


「今度はラウエルも一緒に飲みましょうね?」


 言うとラウエルは驚いた顔をしてから苦く笑った。


「ルシア様、その前に団長ですよ。…昨夜はこれからストームスに行くと何度も脱走しようとして大変だったんですから。」

 

 脱走って...つぶやくものの、アイリーンとセルダムがただいま、おかえりの挨拶をしているその微笑ましさについ、心を奪われてしまった。アイリーンを愛し気に撫でるセルダムもまだ自分の従魔はいないが、そのうちに運命の出会いがあるのだろう。


 セルダムが犬や猫をよく拾ってきてしまうから困っているといつかビューマーが言っていたが、拾われてきた犬は良き番犬に育っているし、猫はネズミを捕まえてくれ、何より彼らはルシアの癒しの存在となっている。


 ラウエルが駆け付けた歩兵隊員とともにビューマーの身体を持ち上げるのを観察しながらルシアはシェルセンに顔を向ける。


「困ったさんのゴディネスはまだ寝ているの?…挨拶したほうがいいかしら?」


「私の雷で気絶して寝ていますので、またの機会でよろしいかと。」


 すっかり頼もしい雷使いになってきたシェルセンの様子に、ルシアは頷く。


「シェルセンも、そのうちに一緒に飲みましょうね?」


「お酒の訓練、しておきます…。」

 

 楽しみ。笑みを浮かべたルシアは、踵を返してブラッドに跨った。


「ブラッドと少し走ったら、公爵邸へ行くわ。…リーアム・ヤンセンが起きたら公爵邸に来るように言っておいてちょうだい。」


「ヤンセンに、ですか…?」


「…彼は今日から、私の近衛騎士なのよ。」


 今日から、じゃなく、生まれた時からずっと、だけど。 


 思いつつルシアはブラッドに魔力を通した。まだ酔いが残っていたらしく、思ったより強めの魔力が流れてしまった。ん?という感じで彼は背中を振り返るが、なんでもないとごまかした。それでもごまかしは利かなかったのか、いつもよりゆっくりと彼は動きはじめ、酔っ払いに合わせた走り出しをしてくれた。


「あ、そうだ…ルシア様!髪の毛を短くされてもよくお似合いです!」


 背中でシェルセンの言葉を受け止めたルシアはひらひらと手を振った。










〈了〉















本編の47話以降は12/16から再開です。

(あの人が登場する47話は書いた本人がとても好きな回です…(*´∀`*))

いつもですが…だらだら書いてしまったアップルパイ~にお付き合いいただいた方、いらっしゃいましたらありがとうございました。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ