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 二人が戻ってくると、ケーキがのっていた二枚の皿は空になっていた。


「おかみ、ごちそうさま。」


 満足。と言った顔で姿を現したルシアと、少し照れくさそうに、でもうれしそうな表情をしているビューマーはぴったりとくっつくように座っていた。ルシアとフリッチの距離が大きく開いたところをみると、彼にスツールごと引き寄せられたのだろう。


「本当に、ルシア様の結界は不思議ですよね。…私はまだアイリーンの氷魔法を防ぐ結界というより、壁のようなものしかつくれなくて。」


 その新たにできた隙間にするりと身体を滑り込ませたのはノルディンだ。ひょろりとした印象のある彼もフリッチと同様に脱いだら人並み以上の筋肉がついていそうだ。フリッチより細く見えるが、彼よりも背が高いせいだろう。不満げな顔をしているフリッチがテコでも動かないのでノルディンはそのままフリッチの膝に腰をおろした。


「あなたたち、逆属性なのに本当に仲がいいわよね。…結界っていろいろ便利よ?手ぶらで野営もできちゃうし。ベッドにもなるし、お風呂も入れるし。」


 乗られてるフリッチは仲良くないです。と、唇をとがらせるが、ノルディンはそれを聞き流したようだ。


「外で、お風呂に入られるのですか…?」


「昔はね、よく部屋でシエナとお風呂に入ってたんだけど…。アグスティンにめちゃくちゃ怒られちゃって。…窓から外にお湯を捨てたんだけど、バレちゃったのね。…風呂は風呂で入れって怒鳴られちゃった。」


「至極、当然のことだな。」


「だから、それからは2人で庭でお風呂に入ってたわ。」


 おかわり。カミーラにジョッキを差し出したルシアに怪訝な顔をビューマーは向けた。


「風呂は風呂で入れ。…って、何杯目だ?」


「ストームスではちゃんとお風呂で入ってるわよ?…まだ一杯目。」


「平気で嘘をつくな。」


「…ウソは女の武器って、シエナが言ってたもの。」


 うふふなどとルシアは笑うけど、ビューマーはさらに怪訝な顔をする。


「ルシアちゃん『女のウソ』を使う場面はそういうとこじゃないよ。…四杯目、だったかい?」

 

 カミーラが笑って言うと、三杯目よ、言ったルシアが身を乗り出す。


「『気高き薔薇のカミーラ』だった?街中の男がおかみを取り合ったんでしょ?ひと晩で街の半分の男がカミーラに求婚して、全員がフラれたって。」


「そんな、何十年も前のこと…なんで知ってるんだい?」


「エイダの父上の日記に書いてあったわ。『薔薇のカミーラにふられてしまって、私はもう生きていけないのだろう。ああ、愛しき薔薇のカミーラ、なぜ私に振り向いてくれないんだ。』って。…まぁ、エイダが存在しているという事はその後も元気に生きていたのでしょうけど。…じゃあ『女のウソ』はいつ使うの?」


 つい先ほど『女のわがまま』と『女のウソ』をニックスとフリッチに見事に披露していたくせに、この娘はまったく。そもそもそんな日記を盗み見ているとは。カミーラは思って、エイダとシエナの苦労を垣間見る。


「そうだねぇ…どちらにせよ、ルシアちゃんには10年早いよ。」


 10年経ったとしてもこの娘にはわからないだろう。無意識に男たちを立派にたらしこんでいるのだから。


「じゃあ、10年たったら教えてよ?シエナもそうやって言っていつまでも教えてくれないこと、たくさんあるんだから。」


 そりゃそうだろう。カミーラは口端を上げて、10年後に生きてて、ボケてなかったらね。と誤魔化すと、またそうやって子ども扱いするんだからとルシアは頬をふくらませた。


「姫様にはそのような知識は必要ありませんよ。」


 騎士の中では最年長だというヤンセンがテーブル席から言って、そうだ、とルシアは彼を振り返った。


「そうだ、リーアム、ちょっとこっちきて。…訊きたいことがあったの。」


 ノルディン、ちょっとごめんね。ルシアはスツールをフリッチ側に寄せ、スツールをヤンセンに勧め、自分は彼の膝に横向きに腰を下ろした。その行動に呆気に取られつつも、二人の隊員はスツールごと少し後ろへ後ずさった。 


 さすがにコレは…と思ったがヤンセンは顔色を変える事はない。ただ、うっすらとこめかみに青筋を立てたビューマーに気を使ったのだろう、彼にルシアの無事な姿が見えるよう、彼女を膝に乗せたまま座る角度を調整している。


「魔獣の森の話ね。…オーリが寝るまで待っていたのだけど…リーアムはどのへんにいたの?」


 言いつつ、銀色の瞳を琥珀色に変化させたルシアは空間を指でなぞり、地図を描いていく。細い指が動くそばから空間にはっきりとした光が浮かび上がり、ノルディンとフリッチが身を乗り出し、その光の線を目を丸くして見ている。


「光魔法だから、ニックスはちょっと我慢しててね。…結界を張りましょうか?」


「ルシア様、お気づかいなく。…これくらいなら私でも耐えられます。」


 器用に動く指先はみるみるうちに地図を描いていき、北部領と西部領の間に北へと広がる魔獣の森の概要を描いていく。テーブルに残っていた2人の騎士も立ち上がり地図を覗き込んでいる。


「この辺はディア種やボア種がいるわよね。…あと、おばけきのこもいたのだった?」


「おばけきのこ、いますね。…姫様が泣いて焼き払うやつですね。」


 今はもう泣かないったら。ルシアは眉根をよせつつ指を動かしていく。


「リーアム、ここよ。…ここまで行ったことはある?」


 北部領より北に位置する魔獣の森の一点をぐるぐると指で囲ったルシアは声音を変えた。


「…魔石だまりまではさすがに。まさか…姫様はあるのですか?」


「ないわ。…でも、こんな事がなかったら…春のオーク狩りが終わったら、様子を見に行こうと思っていたの。」


 いけません、姫様。

 姫様、危険です。


 ノルディンとフリッチが同時に言って、ルシアは、わかってるわよ。と、苦く笑う。きっと姿を消して、誰にもわからないようにこっそりと行くつもりだったのだろう。最近は、警備の騎士たちに見つからないように行動することも多くなってきているのだと思う。突然、目の前に現れたかと思ったら焼き菓子だけ買ってまたすぐに姿を消してしまうということがよくある。

 

「…でもね、森から人里にやって来る魔獣の力が、年々増しているという問題があるのは事実なの。…ここにドラゴン、もしくは、それに相当する個体がいて、周りの魔獣の力を強めているんじゃないかと思って。」


 膝に乗っているノルディンの胴に手を回しているフリッチが、カミーラの見たことがない険しい顔をした。


「…グスタフ様、ではなく?」


「グスタフ様ならさすがにすぐわかるわ。…一応、彼は私の従魔だし。それにアイスドラゴンは森には住まない。…グリーンドラゴンとか、グリフォンとか伝説級の魔獣がいてもおかしくはない、かもって。…ドラゴンなんて実在しないと昔は思っていたけど、確かに存在していると、この身をもって知っているから。」


 言ったルシアが、ヤンセンの肩に甘えるように頭を預け、リーアムはどう思う?と琥珀色の瞳のままで訊いた。


「…領地防衛のための討伐もやむを得ない、と?」


 押し黙り考えこんだままのリーアムに代わって、ノルディンが口を開く。


「したくはないけど、兄様たちがもしそう決めたら…私が先導をきらなくては討伐はむずかしいでしょうね。」


「…ルシアの意見は尊重すると思うわよ?…ルシア、アキュレスが弱っているからきちんと地図を使いなさい。」


 エイダの声と差し出された地図にルシアはハッと表情を変え姿勢を正した。もちろん、光の地図はすぐに消え、瞳の色も銀色に戻った。


「…エイダ、いつからいたの?」


「おばけきのこ、くらいからだけど?…何?…どうしたの?」


「…リーアムにくっついてたら、エイダに怒られると思って...。」


 小さな声で言いつつも、膝からおりる気はどうやらなさそうだ。


「ヤンセン様はルシアにとって、父上みたいな存在なのでしょう?…別に怒らないわよ。」


「…エイダもお父上にべったりだったもんな。」


 主がやってき、エイダをからかうが、まぁね。と、彼女は開き直った。へぇ。とルシアは言って、エイダの許可があるならばとヤンセンの胸に頭を預け直し、父上、ね。と独りごちた。 


「…姫様、ストームス家の地図はすごいですな。…姫様がつくった湖がきちんと描かれています。」


 膝に乗ったルシアを落とさないためか、彼女の胴を支えつつヤンセンは前かがみで地図を指さす。指さした湖は北部領の北側、山脈を挟んだ向こう側だ。さらに北に延びる山脈をくりぬいたような形の広大な湖だった。北部領の三分の一くらいの大きさはあるだろう。


「ちょっと…待って。…こんな大きな湖をつくってしまったの?」


「…ええ。しかも姫様は湖を作る前にこの分の大きさの山も吹き飛ばしてますからね。…このときはさすがの私も肝が冷えました。…山しかないところで本当によかった、と、今でも思います。」


 ルシアの表情が固まる。どれですか?とノルディンとフリッチが地図を覗き込んで、驚きのあまりか、二人そろって顔を見合わせた後、すこし間抜けな表情をして唖然としている。二人ともいい男なのに台無しだ。外野から見守っていたオイラーとロートレックも地図を覗き込み、表情をなくした顔を見合わせている。


「これ…6歳、の頃だったわよね?…今は当時とは比べ物にならない魔力があって、暴走となればもっと威力が増すから…」

 

「おっしゃってた通り、世界滅亡は言い過ぎでも、今の姫様がお心を乱されて魔力暴走をひき起こしたら、リーベンス国は軽く吹き飛び、滅びるでしょうね。」


 ひどく冷静な声がとんでもないことを言った。


 表情を固めたままでルシアはリーアムの首に腕をまわしてしがみついた。しがみつく身体を受け止めたヤンセンは、彼女の背中を撫でる。


「…ですので、姫様のお心を乱す要因は、すべて潰しておきませんと。」


 その表情はエイダの言う通り、愛娘に向けられる男の表情だった。ヤンセンの大きな手はルシアの髪の毛を梳くように撫で、まるで子どもをあやすように背中の手は動く。彼女の扱いはもしかすると彼がいちばんわかっているのかもしれない。


「…大丈夫ですよ。今は姫様をお守りしてくださるお兄様もご家族も、騎士もたくさんおられるのですから。…このリーアムもおりますし、ビューマー殿もおられるのですから。」


 ん。肩から顔を上げたルシアはヤンセンにしがみついたままでビューマーをみつめた。恐怖の色をしているまぶたをビューマーの指がなぞると、ルシアは頷き、その場に沈黙が落ちた。



「…ビューマー殿、ニックス殿、ヤンセン殿、少しお話がありまして…私の部屋へ来ていただけますか?」


 やがて、その沈黙を破るようにストームスの主とその妻がそれぞれに顔を向けた。


「ルシア、お話の間に着替えてしまったら?どうせ朝まで飲むのでしょう?」


「全員、潰すまで飲んでいい?」


「責任取れるなら、ね。…姫様、お着替えのお手伝いをいたしますわ。」


 ぴょんとヤンセンの膝から降りたルシアは瞳の色を緑色に変えたと思ったらいつの間にかエイダの腕にしがみついていた。エイダのお父上の話を聞かせて。などと言いつつ去っていく背中にビューマーは息を吐いた。


「お前ら帰るなら今だぞ?…本気でルシアに潰されるぞ。」


「アキュレス様のお話が済んだらトッシュだけ帰ったらいいよ?…どうせ君は飲めないんだし。アイリーンはガルもいるし、ちゃんと連れて帰るから安心していいよ。」


 ビューマーの忠告にフリッチが涼しい顔をして応える。ルシアに特殊な結界を張ってもらったフロストウルフのアイリーンは、オーリが子ども部屋に連れていっている。きっと三人と一頭で仲良く寝ているのだろう。


「…狼たちの中に姫を置いて帰れると思うか?」


「シア姫様にとって、一番の狼はトッシュだと思うけど?」


 ビューマーとフリッチのやりとりに、ニックスはただただ苦く笑っているばかりだ。


「…ヤンセンにぶっ殺されるような真似、できるわけねぇだろ。」


 ビューマーが苦々しく言うと、全く意に介していない様子でヤンセンが冷静にアキュレスの背中を目線で追っている。


「ビューマー殿、行きますぞ。」


 シエナに呼び出されたり、アキュレスに呼び出されたり、ルシアに深く関わるとなにかと忙しそうだ。カミーラは思って、姫様が戻ってくるまでに後片付けをしてしまおう、と、食器の片付けを始めた。


「…カミーラさん、お手伝いいたしますよ。」


 いつの間にか隣にきていた長身のオイラーがにこやかに手にしていた食器を奪った。若かったらきっと心も奪われていたのだろうな。なんて若かりし頃の軽い心をカミーラは思い出しつつも、すっかり板についた『おかみ』の特性を活かしその場に残った全員に片付けを手伝ってもらった。







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