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【国を失った姫はチート級魔力ですべてを守ろうとした】の1章と2章の幕間です。
ただただ伏線とか裏設定とかその他諸々を書きたくて勢いで書いてしまったものです…。
お目汚し申し訳ないです…。
こちらも一日おきに更新いたします。
真っ赤なりんごの皮から染み出した紅がその実を染めた様は、まるで宝石のようだと言われている。果実全体をきれいに紅く染めるのにはちょっとしたコツがいるのだけれど、今回は特別な日のためのアップルパイだから、きれいに仕上がって本当によかった。
その紅の宝石が散りばめられたような見た目が特徴のこの地方独特のアップルパイは、破天荒なお姫様の大好物だ。
「…おかみって、神サマでしょ?」
「ただの人間、だよ。」
どうぞ召し上がれ。苦笑い混じりで言ったカミーラは、店から持参したルシア専用の木のジョッキに特製のワインを注いだ。
アップルパイを一口食べ、おいしい!と、まるで子どもみたいに顔をほころばせる姿は本当に愛らしい娘だと思う。…ジョッキでワインをがぶ飲みしなければ。
周りの男たちが目尻を下げてにこやかにその様を見守っているところをみると、色男の副団長にはどうやら恋敵がたくさんいそうだ。と、思ったところで、肝心のビューマーの姿がないことにカミーラは気がついた。
「ルシアちゃん、旦那はどうしたんだい?」
「…シエナと浮気、じゃない?」
たっぷりのワインが入ったジョッキを傾けながらルシアはつまらなさそうな顔をして言う。もうカミーラがからかい混じりに旦那と言っても否定はしなくなったところがなんともおもしろいと思うのだけれど、噂に聞く2人の仲睦まじい様子と本人の様子はいまだに結びつかなく、すこしの違和感を感じないでもない。
「…ルシア様、そういう人聞きの悪いことは言ってはいけませんよ?」
「そもそもあの二人は、大魔術師のロマンってもんをわかってないのよ。…そうやってニックスはすぐトッシュの味方をするんだから。」
上目にニックスをにらみつつ、ルシアは抗議するように頬をふくらませた。
「トッシュも、守ってとルシア様が言ったんですよ?」
「…誰よりも、私を優先してくれないと、イヤ。」
頬をふくらませたまましばらくニックスをにらんでいたルシアは言ってぷいと彼から眼をそらした。
これはなかなかの問題発言だ。カミーラが思うと、ニックスは驚きの表情で固まり、やがて困ったように笑った。隣ではルシアが、何事もなかったように慎重にフォークを動かしつつ、アップルパイを口へと運んでいる。
動揺を抱えたまま、けれど大人の余裕を見せその様子を見守っているニックスの前にカミーラはルシアが飲んでいるものより少し辛口のワインを出してやる。
「隊長さん、無意識でこういうことをしてしまう娘だから許してやってくださいな。」
ありがとうございますと、ワインを一口飲んだニックスはカミーラに笑みを向けた。ビューマーとは系統が違うが、ニックスもなかなかの色男だ。筋骨隆々で、爽やかだけれど、どこか少し影のある大人の魅力を持つ青年だ。おそらく色恋沙汰でも数々の戦いを制してきたに違いない。
「…まぁ、俺もまだ諦めたわけではないので。」
「だから、それ。…なんなの?ニックスまで。」
「ちなみに、僕もまだ諦めてないですからね?ルシア様。」
言って、ワインを水のように飲んでいるルシアの隣を陣取ったのは、時々ふらふらと店に現れるフリッチだ。
ニックスに比べて中肉中背といった印象があるがよく観察すると手はゴツゴツと筋張っており、首も太い。脱いだら人並み以上の筋肉がありそうだ。けれど、白い肌と短く切り揃えられた少し癖のある茶色の髪の毛を持つ彼の気配は柔らかく、とても人当たりがいい。
いつも何をするでもなく、店先でしばらくお茶を飲んで他の客や通りすがる人々と話したり、観察して帰っていく、少し不思議な隊員だ。
「でも…今年は雪山がもう時期じゃないのよ?…雪崩がいつ起こるかわからないから登れないわ。」
そんな話じゃなかろうに。フリッチの前にエールの入ったジョッキを置いたカミーラは思うが、彼もルシアに意味が通じないことは百も承知なのだろう。気にすることなくにこにこと笑みを向けている。
「ええ。なので、来季にご一緒させてください。」
「…そうね。次の冬までにはどうにかして私も戻ってくるつもり。」
フリッチがエールのジョッキをむけるとうれしそうな顔をしたルシアはワインの入ったジョッキを合わせた。
「...ルシア様、二人で、行きましょうね?」
「もちろん。…ちゃんと待っててね?」
ワインを飲み干し、にっこりと笑みを浮かべたルシアに、約束ですからね?と、フリッチが念押ししている。またそうやって…と思いつつ、空になってしまった木のジョッキに並々とワインを注いでやる。
ありがと。言ったルシアはカウンター越しに身を乗り出した。
「ね、おかみ、キャラメルタルトも食べたい。」
「まだアップルパイが皿に残ってるよ?」
大好物だから、と、少し大きめに出してあげたのが良くなかったのかもしれない。
「…あとで、ちゃんと食べるから。」
まるで子どもの言い訳みたいなことを言ったルシアに、カミーラは呆れてしまう。それでも、今日はお姫様なのだから、存分に甘やかしてやろう、と、キャラメルタルトの準備をする。今回は生地にもたくさんの胡桃を使ったから、上等な味に仕上がっている。
「秋にルシアちゃんがたくさん胡桃を拾ってきてくれたからね。…今日のはいつもより香ばしく仕上がってるよ。」
「うれしい。今年の秋はオーリと一緒に行けるかしら。…その前に北部に、もどってこなくちゃだけど。」
少しさみしそうな表情をしたルシアの前にカミーラはキャラメルタルトを大きめに一切れ取った皿を出してやる。食べきれず残してしまうかもしれないが、そのさみしそうな表情につい大きめのものを出してしまった。見た目だけでも幸福を味わってもらえるのなら、今日はそれでいいだろう。
「噂のウルフ様に乗ってちょっとだけ帰ってきたらいいんだよ。ルシアちゃんとウルフ様だけならすぐ、なんだろう?」
「…そうね。王都なら他の国のナッツも売ってるだろうし…南部領のナッツもたくさん買ってくるわ。」
キャラメルタルトにも慎重にフォークを刺しているルシアを両隣で見守る二人の男は、よく街なかをビューマーと連れ立って歩いている男たちだ。仲はよさそうだけれど、恋敵、ということなのだろうか。
「おいしい。…やっぱり、おかみのキャラメルタルトはこの世の何よりも美味しいわ。おかみのケーキとエイダのサンドイッチがあれさえすれば、私は生きていける。」
「…ルシア様は、極端な嗜好をされていますよね。」
「歴代の大魔術師もね、極端だったみたいよ?肉しか食べない、とか、果物だけ、とかね。それに比べると私は…好き嫌いが多いだけで、雑食。
…まぁ、どの大魔術師にも共通してるのは、大酒飲みってところかしら。肉しか食べなかった大魔術師は一晩で国中のエールを飲み干してしまったから、魔術でエールを作り出したのですって。
そのエールがとっても美味しかったみたいで。」
「へぇ…それは飲んでみたいですね。」
「東国の大魔術師だったらしいから…東国に乗り込んだ時は探してみるわね。」
「ルシア様、東国へ行かれるのですか…?」
「ふふふ。…ちょっと、考えていることがあってね。ニックス、国家機密よ?」
言ったルシアはニックスの唇に人差し指をあててから彼の耳に何かを囁いた。一瞬赤くなったその耳は、顔色とともに徐々に青くなっていく。
「…さすがは我らの姫様です。」
でしょう?などと、いたずらっぽく笑う姫様にカミーラは言葉を投げかける。
「ルシアちゃん、東国ならアピス種の蜜も豊富だと思うよ?」
アピス種の蜜は北部にはほとんど出回らない。王都でも出回るのはごく少量だから入手が難しいのだ。ねっとりとした甘さを持つアピス種の蜜で作るケーキは別格の美味しさになる。
「前に一度だけアピスケーキを作ってくれたわよね。すごく美味しかったわ…。見かけたらぜったいに買い占めておかみに送るわ。
…おかみ、ホルンが調合したお花のお茶を淹れてくれる?」
「お茶?…お茶を飲むのかい?…ルシアちゃん具合でも悪いのかい?」
「風邪も引いたことないのに、そんなわけないじゃないの。…いいから、用意して。」
手をひらひらとさせてからワインのジョッキを傾けたルシアに、はいはい、とカミーラは苦く笑いながら姫様の命じる通りに手を動かした。
小さな花が湯の中で開き、その他の薬草が透明なお湯を薄緑色に染めた頃、ビューマーがもどってき、なるほどとカミーラは関心した。
一滴も酒が飲めないというビューマーのためのお茶を用意させられたというわけだ。いつも思うが、大酒飲みの旦那が下戸とはなかなか面白い組み合わせだ。
ルシアの両隣がニックスとフリッチに埋められているのを確認したビューマーは、どけろ。と言わんばかりの視線を2人に投げるが、フリッチはキャラメルタルトをつついているルシアをにこにこと眺めているばかりでまるで相手にしていない。
やがてビューマーと目がかち合ってしまい、仕方なく隣のスツールに移動したニックスは苦々しい表情でワインを傾けた。
「…ルシア、あのベッドでどうやって寝てたんだ?ベッドは本棚じゃないんだぞ?」
「寝てないもの。最近はずっとシエナにくっついて寝てるから。…シエナと同じお説教なら聞かないわよ?」
「全部片付けて来たからな?」
「…国家機密も?」
「手紙は触ってない。…イサクソンって男からの熱烈な手紙もな。」
少し大きめのカップにお茶を入れて出してやると、ありがとう。と、ビューマーはカミーラに顔を向ける。
キリと整った眉に彫りの深い鼻筋、鋭く見える眼は、ルシアに向くときは優しげな表情をしていることが多い。が、今はすこしだけご機嫌ななめのようだ。
「イサクソンは本隊の特殊隊隊長よ。私の上官。復帰しますのでよろしくって、簡単な手紙を書いたら、50枚にも及ぶ手紙が返ってきたの。…ほとんどがファルクの話。怪我をさせてしまってすまないって謝罪の内容が半分以上だったわ。
…でも、ファルクの相変わらずな様子が知れてうれしかった。」
言葉の通り、心底うれしそうな表情をルシアがしたからか、ビューマーのご機嫌は持ち直したようだ。
「そんなことより、カミーラは天才なの。食べてみて。…ここが、一番おいしいとこ。」
ルシアは自分の食べかけのアップルパイの、生地とスパイスとりんごがきれいな層を作っている部分を慎重にフォークにのせてビューマーの口元へ運んだ。
え?その場にいた全員の視線が二人に向くが、ルシアは一向に気にしていない。『おいしいとこ』がビューマーの口に収まると満足気においしいでしょう?と満面の笑みを彼女は浮かべた。うん。と彼は答えているが、おそらく味はしていないだろう。
「…それでね、キャラメルタルトは、ここ。」
「ルシアちゃん、そういうのは2人の時にしなさいな。」
フォークにタルトを載せたままルシアはそういうの?と首を傾げるが、おかみが言うなら、と言い残し、ビューマーとともに姿を消した。
「…周りが見えない似た者同士。」
「まぁ、それでも僕は諦めませんけどね。」
涼しい顔でフリッチは言って、ニックスはどんより顔をする。
「スヴェンのそういうところは見習うべきところ、だな。」
「サンはトッシュに感化されすぎです。…ソルもですけど。隙あらば潜りこまないと、糸口だって掴めませんよ。」
互いに愛称で呼んでいるところをみると仲は悪くないらしい。
「お二人とも、よければどうぞ。」
ワインを飲んでいるニックスにはアップルパイを、エールを飲んでいるフリッチにはキャラメルタルトを用意したカミーラは笑みを浮かべる。
「シア姫様のお墨付きの品なので、ぜひ召し上がってくださいな。」
もちろん。二人は声を揃えて言ってから顔を見合わせて苦々しく笑った。
フリッチ(スヴェン)くんはロールキャベツ系男子です。