鏡の魔女は、令嬢を見抜く
「お腹空きましたねえ」
私は昼の空を箒でたゆたいながら、あてどもなく空を飛んでいました。
――おかしい。
魔女は人ではないのですから、お腹が空くのは機能としてどうなんですかね。
別に食べなくとも、生存すること自体は可能なはずです。
単純に、集中力とか何やらが多少低下するだけで。
空腹を誤魔化すかのように、私の思考もあてどもなく彷徨います。
ぐー
しかし、思考が巡る程に、私の空腹もまた、進んでいくかのようでした。
――ホント、何なんですかね、この空腹感。
こんな機能を私たちに付けた存在には、いつの日かこの燃える拳を食らわせてやりますよ。
そんな世界への恨みつらみを募らせながら、空を旅していると、
「うん?」
私の可愛らしいお鼻が甘い匂いを捉えました。
「こ、これは!」
――間違いなく甘いお菓子。
ある国に行ってしまった友人から、一週間程甘いお菓子を与え続けられたことで、私の甘いお菓子への依存度マシマシ中です。
――砂糖に依存性があるというのは、本当なのですかね?
病気にならない魔女ですら、この有様ですから、人間の皆様におかれましては可哀想に思います。
――ああ、魔女で良かった。
さて、背に腹は代えられません。
甘いお菓子に狙いをつけて、飛んで行きましょう。
自然に定まる箒の柄の先。
ヒュッ!
発進した勢いが良すぎたのか、私の想定していた以上の速度が出ました。
というか速すぎました。
――最早これは、私ではなく、箒が甘いものを欲しているのでは?
そう思わざるを得ない速度です。
樹液に群がる虫たちの気持ちが、ほんの少し分かりますね。
虫たちもこんな風に甘いものを望んでいたというのなら、今後はもっと彼らの存在を尊重すべきかもしれません。
――あるいは……そうですね。
甘いものを望む私の箒を、虫扱いしても良いのかもしれません。
さて、私の箒が向かう先には、とある貴族の邸宅がありました。
しかし、お庭でお茶会を開いているような気配はありません。
――遂に、室内のお菓子の匂いすら嗅ぎ分けるようになりましたか。
自身の箒の成長に慄きますが、漂う匂いを追っていくと、それは窓の開いたある部屋から香っていたのでした。
――良かった。異常な方向に成長した私の箒は、存在しなかったようです。
その一室は、邸宅の二階に位置していました。
ベランダの大きな窓が、換気のためか両開きで開かれ、中から香るのはお菓子の匂い。
私と箒は、その匂いを感知したようです。
静かにベランダに降り立つと、こっそり中の様子を伺います。
――ここからは気をつけなければ。
甘いお菓子を盗むにせよ、分けてもらうにせよ、魔女としての誇りを失ってはなりません。
誇り――つまりはプライド。
中の様子を窺いながら、時と場合によってはエレガントに振る舞わなければ。
その意識を心に留めて、エレガントに覗きを始めます。
すると中には、しくしくと泣く御令嬢が居ました。
――うーん、どうしましょう。
基本的には悩まない私ですが、ここは悩みどころです。
苦悩の場面。
私としては、テーブルに置かれているティースタンド。
それを彩るお菓子たちが狙いです。
香ばしい匂いが、私の欲求を刺激し続けていますね。
――なんたる誘惑。
この匂いには、魔女の魔法以上の魅力があると言わざるを得ません。
しかし問題は、この部屋の主と思しき御令嬢です。
泣いています。
さめざめと、しくしくと。
正直な話ですが、
――関わるの、めんどくさいなあ。
私はそう思っていました。
涙は女の武器と言われて久しいですが、それはあくまで初心な男性相手のもの。
同性からすると、「はあー上手に泣けてますねえ」と精々賞賛の気持ちを送りたくなるくらいで、関わるのは面倒この上ないのです。
そんな面倒な人を相手しなければならない可能性と、お菓子への欲求。
二つが私の中を鬩ぎ合います。
――やっぱり、お菓子ってすごいなあ。
結局私は砂糖の勧誘活動に敗北し、突っ伏している少女の隙を窺い始めました。
観察開始ですね。
机に垂れる、赤く長い髪。
それと対比されるかのように、着ているのは濃い青のドレス。
突っ伏して顔を覆っている細くて華奢な腕は、不健康な白さを誇っています。
どうやら、この御令嬢はそこまで健勝ではない気がします。
――であれば、立ち並ぶお菓子は食べない方が良いですよね?
不健康なら、栄養素の多い健康食を食べるべき。
まあ、強いて言うならティースタンド最下層の、パン的なものでも食べていた方が良いと思います。
ただ、そうなるとお菓子は余ってしまいますよね。
食品ロスは、重大な社会問題です。
世界を守るためにも、私たちはそういう社会問題の解決に、取り組んでいかなければなりません。
その一手として、お菓子の処理は、魔女である私が受け持って差し上げましょう。
適材適所。
良い言葉だと思います。
そうと決まれば、侵入開始です。
今回の任務は、あの赤髪メソメソ少女にバレずに、食品ロスを防ぐこと。
さあ、私の魔女プライドをかけて、やってやりま――
ガン
――ああ。
またしても不覚です。
空腹が、私の集中力を乱していたとしか思えません。
この身体の状態では、私の理想の動きを表現することはできないようです。
しかし、まだ諦めてはいけません。
躓いた本人だからこそ、大きく音が聞こえただけで。
あの赤メソ少女が気付いていない可能性だって大いにあります。
私の視線を、静かにティースタンドから少女へ移します。
パチリ
すると、赤の瞳が真っ直ぐにこちらを見ていました。
――ああ、綺麗な瞳ですねえ。
本人の血色の悪さが嘘の様に真っ赤な瞳です。
突っ伏していたはずの少女の瞳が、宝石の様に輝いていました。
つまりは――ええ、そうですとも。
私は、がっつりと少女に見つかってしまったのです。
さて、見つかってしまったからといって、お菓子を諦めるのは話が違います。
人間は、諦めないことで発展してきた生物。
それなら魔女も然るべき。
それどころか、人間以上に成長する存在こそが、魔女だと考えるべきでしょう。
なにせ魔女は人間を超えた存在ですからね。
――さあ、私の灰色の脳細胞。
この危機を切り抜ける策を、今こそ私に授けなさい。
「あのー」
私の切り出した言葉に、赤の少女はキョトンと何の反応も示しません。
――イケる。
今の彼女が相手なら、きっと可能なはず。
華麗に技を決めてしまいましょう。
「私、宅配の仕事をしておりまして。
そのティースタンドのお菓子を運べと、注文を受けたので、受け取りに参りました」
矢継ぎ早に語って、テーブルの上にあるティースタンドの横に移動。
――よし。後はお菓子を回収して――
「誰から注文を受けたのですか?」
ピタリ
私のお菓子へと伸びた手が止まります。
考えもしなかった質問。
想定外でした。
せめてこの邸宅の関係者の名が出せればいいのですが、残念ながらこちらは、この少女の名前すら知らない魔女です。
しかし、諦めません。
まだ一か八かに賭ける価値はあります。
「ベニー様です」
「どなたですか?」
私の数少ない友人の名は、一瞬の内に却下となりました。
――私の友人、役に立ちませんね。
今頃どこかの国で面白おかしく過ごしているのでしょうが、その分のしわ寄せがこちらに来ているようにも感じます。
世の中の不公平を痛感。
はてさて。
こうなると、私にできることは限られてしまいました。
残った選択肢は三つ程。
一つ目。
誠意をもって謝る。
二つ目。
土下座をもって謝る
三つ目。
お菓子を持ち逃げする。
個人的には、三つ目が完璧な選択肢のように思えますが、いかがでしょうか。
ちなみに一番嫌な選択肢は一つ目です。
――誠意を持って謝るくらいなら、心の中で反発しながら土下座したい。
そんな反骨精神が、私を支配しているようなしていないような。
とりあえず誠意はもちたくありません。
さて、目の前で赤い瞳をまん丸にしている少女は、残念ながら悪い子ではなさそうです。
それなら、私のこともスルーしてくれるかも。
「お嬢様、大切なのは誰に言われたかではなく、何をするかです。
私は、ただ任務を遂行するだけです」
しれっとお菓子を持って退散しようとする私。
「きゃ――」
一瞬にして、叫ぼうとした少女の口を塞ぐ私。
先程躓いたのが嘘のような、運動能力を発揮しました。
「何ですか、いきなり叫ぶだなんて。
一丁前の御令嬢がはしたない。
やっていい事と、悪いことがありますよ?」
そんなお説教をする私の腕を振りほどいて、少女は、
「お、押し込み強盗が、なに礼儀を説いているんですか⁉」
正論の刃を突き付けたのでした。
「じゃあ、魔女様。
貴女はお菓子の匂いにつられて、窓から侵入してきたと」
「ええ。もっとどうしようもない、深い事情もあった気がしますが、概ねそうです」
――ですから、許してくれますよね?
床に正座しながら、上目遣いで令嬢を見上げます。
おねだりするかのような私の姿は、それはそれは愛らしいはずです。
中々の媚び演技力。
助演女優賞間違いなしです。
「はあ……わかりました。
そんなに食べたければ、食べていいですよ。どうぞ」
私の誠心誠意が通じたのか、少女は通報するどころか、お菓子を食べる許可さえくれました。
――では遠慮なく。
パク
私は上品にお菓子に食らいつきます。
それはもう、獣のように。
「美味しいですね。
特にこの蜂蜜味の焼き菓子がたまりません」
久しぶりのお菓子。
それも貴族の邸宅で出されるような甘味。
ペラペラと講評などをしてしまったのが運の尽きでした。
本当なら、さっさと食べて退出すべきだったのに……。
「え?」
私の言葉に、赤の瞳が涙に沈みます。
「あの……ちょっと?」
止めようとはしました。
その努力だけは、しましたとも。
しかし、その結果は伴わず――
グスグス
再び少女は、泣き始めたのでした。
――今日は随分と選択を迫られる日ですね。
目の前には、先程と同じく涙を流し始めた少女。
先程のように俯くではなく、その白魚のような指で顔を覆っています。
しかし、面倒ごとには関わりたくありません。
というわけで、私の選ぶ選択肢は決まっています。
逃げの一手です。
「では、お忙しそうなので、私は退席しますね。お元気で」
そう言って、すたこらさっさと去ろうとする私の腕を、
ガシリ
両手で掴まれます。
意外に強い握力。
これだけの力が発揮できるというのなら、きっと彼女は元気でしょう。
良かったです。元気になられて。
――なので、この手を放していただけませんかね。
そんな私の想いを、少女は汲み取ってくれません。
それどころか、少女は、
「魔女様。食べましたよね? あのお菓子」
衝撃の一言を告げたのでした。
私の行動の確認。
遠回しのお誘い。
この言葉が意味するのは、明白です。
直截な言い方をすれば……脅迫。
「卑怯な……」
「お菓子を持ち逃げしようとした魔女様には、言われたくありません!」
――また正論。
人間関係を円滑に構築するには、正論よりも建前が大切だとこの少女は知った方が良いと思います。
まあ、私の場合は人間ではなく魔女ですが。
そして魔女は人間と違って、ルールを墨守する生き物です。
既に、私のお腹へと消えて行ったお菓子。
その分は、働かなくてはならないというルールを。
「はあ……仕方ありませんね」
そういうわけで、私はメソメソ少女のお話を聞く羽目になったのでした。
赤い髪と瞳の少女は、キュルム様。
伯爵家の御令嬢だそうです。
道理で美味しいお菓子を用意できるわけです。
やはり、財力は力。
「それでキュルム様は、どうしてメソメソ泣いてたんですか?」
私の質問に、彼女は顔を赤くしました。
「め、メソメソなんて泣いてません!
……えっと、お話を聞いていただいていいんですよね?」
今更ながら、警戒心をむき出しにして、私に接する少女。
それなら、脅迫などしなければ良かったのに。
それ以前にお菓子をあげなければ良かったのに。
自業自得です。
不審者に餌付けなんて、してはいけません。
「ええ。大丈夫なので、安心してお話しください」
「で、では――」
さて、キュルム様のお話を、まとめますと。
幼少の頃から、彼女と仲の良いシャンティー様という方のお話でした。
どうやらその方が、最近あまりお茶会に参加しなくなっていたそうです。
それをキュルム様が心配していた折、マルヴィー伯爵令嬢とかいういけ好かない女が、嫌味ったらしくキュルム様の所に来て、シャンティー様のことを伝えに来たと。
「そんなことも知らなかったんですか? あらあら、シャンティー様と仲が良いというわけではなかったのですね? 私の勘違いでしたか。オーホッホッホッホ!」
みたいなことを言われたらしいですね。
ホント嫌味な女ですね。
高笑いが少し痛いレベルです。
「いえ、そこまでは言ってませんし、高笑いもしてません……マルヴィー様も、シャンティー様がお好きだからこそ、少し強く言ってしまっただけだと思います」
さっきまでメソメソグスグスしていた割に、庇うようなことを言うキュルム様。
「ちゃんとそのマルヴィーとかいう人に、言い返しました?」
私のそんな確認に、
「いいえ。『そうですか』とお伝えしたら、帰って行きました」
彼女は腑抜けた答えを、返します。
「何で初対面の魔女は脅迫できて、顔見知りの相手に言い返せてないんですか」
――ヘタレなんですかね?
まあ、一人でウジウジしてるくらいですし。
「な、何ででしょう? 魔女様には言い易くて……」
魔女の私が舐められているのか、高貴過ぎて身近に感じるのか。
おそらく後者でしょう。
私が舐められるなんてありえません。
「なるほど、それでキュルム様はこう言いたいわけですね。
『マルヴィー伯爵令嬢をしばいてこい』と」
――拳が唸りますね。
しかしキュルム様は、そんな私の闘魂に水を差します。
「いいえ、そうではなくて。
私がお願いしたいのは、シャンティー様――」
「なるほど、殴るのはシャンティー様でしたか」
「違います!」
どうやら、殴るの自体がダメなようです。
やれやれと、私は拳を降ろします。
「それなら、私は何もできませんよ?」
「だとすると、魔女様ってどんな存在なんですか⁉」
「そうですね、強いて言うなら魔性の女でしょうか」
うふんと、我ながら色っぽい猫のようなポーズをとります。
――どうですか? 私の魅力にメロメロでしょう。
そんな私の魅力に当てられたキュルム様の表情はというと、一言でいうならば無でした。
――どこを見ているのでしょうか。可能なら今の内にここを去りたい。
しかし残念ながら、お菓子に見合った彼女の要求は叶えなければいけません。
魔女として。
「それで、キュルム様は、私に話を聞いてもらうだけでいいのですか? それとも、他にもお願いが?」
「――ようやく話が戻ってきましたね……」
心なしキュルム様に疲労の色が見えますが、それは魔女を脅迫した代償です。
甘んじて、受け入れていただきたいです。
「えっと、魔女様にお願いしたいのは、シャンティー様の結婚の噂を、確認していただきたいのです」
「結婚?」
「はい。先程マルヴィー伯爵令嬢がこちらで仰っていたのが、シャンティー様の結婚のお話なんです。
それが事実かどうかだけ、確認をお願いしたいのです」
「え、それだけ?」
それだけで、この山のようなお菓子が食べ放題なんですか?
「ええ。ただ、シャンティー様に、直接確認をお願いしたいのです」
まあ、家の場所さえ分かっていれば、それくらいは朝飯前ですけど。
「キュルム様ご自身で、確認した方が早いのでは?」
……いえ、違いますよ。
働きたくないとか、そういうのじゃなくて。
単純に、部外者の私よりも、本人同士の方が話が早いじゃないですか。
――決して。
お菓子の食い逃げを狙っているわけでは、ありません。
「ええ、それは百も承知です。
それでも、お願いしたいのです。魔女様」
キュルム様は、真っ直ぐに私の目を見て頼みます。
赤い瞳。
そこには切実な光が溢れていました。
――仕方ありませんね。
頼みを受けることにしましょう。
お菓子のことが無かったにしても、キュルム様と出会ってしまったのですから。
鏡の魔女の特性上、働かなくてはなりません。
そして……キュルム様に見えるのは、呆れるほどの善性。
ちょっと暗くメソメソしていますが。
そういう方には、こちらもありったけの善性を返さなくてはなりません。
――残念ですが、今回はただ働きになってしまいそうです。
さて、シャンティー様という方の家は、そこそこ離れた距離にあるようでした。
なので、私は箒に乗っていくことになるわけですが――
「そうですよね……そうなると相応の魔力を使うことになりますよねえ」
ただでさえ、ただ働き。
魔力が限られている以上、使い方は選ばなければ。
それを考えると、お菓子を貰ったところで、収支で言えば赤字になる気もします。
「割に合わないお願いを、受けちゃいましたかねえ」
せめてその分を取り返すために、街の中を歩きます。
魔力の消費を抑えるためと、街中ならあわよくば魔力をゲットするのも可能ですから。
「さてさて、誰か騙されやすい子羊はいませんかね?」
そんなことを考えながら、街中を歩いていると――
「何でそんなことをしたのですか!」
鋭い声が、私の耳に飛び込んできました。
揉め事。
それはすなわち、魔力ゲットのチャンスです。
さてその声は、とあるジュエリーブティックの中から、聞こえてきました。
喧嘩というものは、傍から見る分には、楽しいもの。
胸の高鳴りが止まりません。
入口から中を覗き込むと、そこには少女が二人いました。
「私は、そんなこと頼んでおりません。どういうつもりなのですか⁉」
仁王立ちの少女が言いました。
青の混じった黒髪が波打ち、色味を抑えたドレスの上をふわふわと揺れています。
その顔には、怒りの表情が浮かんでいました。
整った眉は吊り上がり、綺麗な色合いの唇はへの字に結ばれています。
――意外です。ああいうタイプでも怒ることがあるんですね。
職業――生業上、人を見る目には割と自信があります。
ええ。魔女ですからね。
ある程度見抜くことができないと、損してばかりになってしまいます。
今回のように。
その鍛え上げられた私の目が、怒れる少女をこう判断しています。
――穏やかで優しい気性だと。
しかし、そんな方がここまで怒りを露にしているということは、
――揉め事の予感ですね。
私の期待が青天井です。
ただ働きかと思っていましたが、これは意外な臨時収入が得られるかもしれません。
「でも、私は貴女の為を思ってお伝えしただけで――」
そう言い返すのは、茶髪にロングヘアーの御令嬢。
怒りを向けられている御令嬢です。
しかし、黒髪の御令嬢の怒りは収まりません。
「それが余計なお世話です! 私は私の意志で言いたいことを言いますし、貴女は関係ありません!」
「そんな……」
――いいですね。もっとやれー。
できればそのまま、黒髪の方には追い討ちをかけ続けて欲しい。
しかし、そんな私の純粋な願いは届きません。
「では、失礼します!」
黒髪の少女はピシャリと言って、そのまま店を出て行ってしまいました。
残念。
でも、私は目敏い魔女です。
一番良さそうな、黒髪の少女は逃してしまいましたが、少女はもう一人残っています。
純粋な魔女として、ここで声をかけないわけにはいきません。
「あの――」
さて、泣き崩れていた茶髪少女と、少しお話をして、衝撃の事実が判明しました。
その場に残っていた茶髪少女の名は、マルヴィー。
つまり、私にお願いをしたキュルム様に、嫌味を言って立ち去った令嬢でした。
そして、もう一人はというと。
案の定、シャンティー様。
キュルム様に結婚の話が事実か、確認してきて欲しいと頼まれた相手だったのです。
素晴らしい偶然。
――しかし、さすが私ですね。
頭一つ抜け出た眼力。
これは魔女史上一といっても、過言ではないでしょう。
まあ、魔女が何人存在しているのかわかりませんが。
できれば少ない方が、嬉しいですね。
競合すると面倒なので。
おかげ様で魔力の補給も済み、シャンティー様も見つけることができました。
早速彼女の家に、乗り込むこととしましょう。
さて、シャンティー様の家ですが――
「え? 城?」
明らかに他の家とは一線を画す規模の家――城でした。
暗い夜にそびえ立つ城。
広く、巨大な城門。
夜の闇を突き刺すかのような尖塔。
重々しい空気が、城中に漂っています。
――キュルム様め。
何という無茶ぶりをやってくれてるんですかね。
直接話を聞いて欲しいってことは、この城に侵入してこいということです。
――いや、これ普通は無理ですよ。
こんな所に侵入しようとすれば、処刑ですよ処刑。
ふう、全く。
心の底から、魔女で良かったと思います。
鏡を経由して部屋を探していくうちに、件の令嬢を見つけました。
――というか、城にいる時点で王女ですよね?
私、不敬罪で殺されたりしませんかね?
不安です。
魔女だって命は惜しいのです。
まあ、それでも報酬は受け取っているので、やるのですけど。
「失礼しまーす」
鏡から、黒髪の少女――シャンティー様の部屋に入ります。
完全犯罪。
もしミステリーなら、この時点で私は小説を投げ捨てることでしょう。
そんなメルヘン登場を果たした私を迎えたのは、
「え……きゃあ――」
本日何度目かの少女の悲鳴でした。
「はいはい、静かにお願いします」
――何故でしょう。
私は穏やかな魔女ライフを過ごしたいだけなのに、毎度毎度物騒なことに。
平和を望んでいるのに、世界から戦争が無くならないことにも通ずる気がします。
そんな私の虚しい気持ちを察してか、私に口元を覆われた少女が、私の言葉にこくりと頷きました。
ゆっくりと、少女を解放する私。
「ええっと、貴女は……?」
困惑するように、私の素性を尋ねます。
――そうでした、自己紹介がまだでした。
王女様にとんだ失礼を。
「ああ、すみません。
私、鏡の魔女と申します。よろしくお願いしますね」
「はあ、よろしくお願いします」
少女は呆けるように言った後に、
「あっ、私はシャンティーと申します。こちらこそよろしくお願いします」
「ああ、どうもご丁寧に」
挨拶を返します。
それにしても、
――呑気な方ですね。
私だったから良いですが、不審者が相手だったらどうするんですか。
「えっとそれで、魔女様は何か私に御用が?」
王女様は豪胆でした。
私がどうやって入って来たとか、そんなことはどうでもいいみたいです。
豪胆なのか、少し抜けているのか。
どちらにせよ、大物の香りがしますね。
そして、だからこそ疑問が湧いてきます。
――どうしてこんな方が、マルヴィー伯爵令嬢にあんなに激怒していたのでしょう。
丁度いいです。
そちらを聞く流れで、結婚の件も確認してしまいましょうか。
「ええ。実はお昼に、シャンティー様とマルヴィー様が、口論されていたことが気になりまして」
あのジュエリーブティックでのやり取り。
泣き崩れるマルヴィー伯爵令嬢と、仁王立ちのシャンティー様。
まあ、既に内容を知ってはいますが、話の入りとしては完璧かと思います。
「ああ……あれをご覧になっていたのですね。
お恥ずかしい所をお見せしました。すみません」
「いえいえ」
物腰柔らかなお嬢様――王女様に、そのまま尋ねます。
「それで、何があったんですか?」
私の質問に、彼女は少し苦い顔。
「ええっと、実は私、最近隣国の王子と結婚が決まりましたの」
「ああ、それはおめでとうございます」
まあ、王族や貴族の方々は、十中八九政略結婚ですから、おめでとうと言っていいのかは少し疑問ですが。
「ふふふ……ありがとうございます。
それで、少し話は変わりますが、私にはキュルムという親友がいまして――」
――ええ。よく知ってますとも。
私をこき使ってくれている、あんちくしょうですよね。
「そのキュルムに、結婚の事を伝えようか躊躇っている時に、マルヴィー伯爵令嬢が勝手にキュルムに教えてしまったのです」
概ねマルヴィー伯爵令嬢から聞き出した内容と同じようですが、少しの引っ掛かりを感じました。
――躊躇っている?
結婚の話を、親友にするのに?
「どうしてキュルム様に、伝えるのを躊躇っているのですか?
お友だち――親友なんですよね?」
私の素朴な疑問に、シャンティー様は憂うように答えます。
「ええっと、私はキュルムの事を、親友だと思っています。
でも、キュルムはどうなのでしょうか」
「?」
――よくわかりません。
「キュルムはその……あまり感情の見えない子です」
――そうでしたっけ?
私、あの人使いの荒いご令嬢が、バリバリ泣いている姿見ましたけど。
「幼少期から、ずっとキュルムと一緒にいました。
勉強が辛くて逃げだした時も、キュルムは私の隣で、何も言わずにいてくれて。
私の好きな蜂蜜味のお菓子を、しれっと渡してくるんです。
可愛いですよね。
いい子ですよね。
でも私は、そんなあの子に迷惑をかけているだけで。
結婚が決まった時に、こう思っちゃったんです。
……もし、キュルムが私の結婚について、何も思っていなかったらどうしようって」
そう言って自身を抱きしめるシャンティー様。
「そう考え始めたら、急に怖くなってきたんです。
私はあの子のことを親友だと思っているけど、あの子は私の事を友だちと思ってくれてるのかなって。
迷惑だけど、立場があるからって理由で、一緒にいてくれただけなんじゃないかって」
結婚前の繊細な時期。
それはどうやら、伴侶だけでなく、様々な人間関係に影響を及ぼすようです。
――こういうのも、マリッジブルーっていうんですかね?
とりあえず、シャンティー様に相槌でも、打ちましょうか。
「ああ、そうかもしれませんね!
キュルム様、性格悪いで――」
「そんなことは有り得ません!」
――解せません。
シャンティー様の話に、ちょっと色を付けて同意しただけなのに。
罠なんですかね?
「あの子がそんな子じゃないって、私は分かっています!
でも、それでも……怖いものは怖いんです。
それで、結婚について伝えたいけど伝えられなくて躊躇っている時に――」
「なるほど、マルヴィー伯爵令嬢ですね」
要するに、シャンティー様が真剣に悩んでいる時に、あのマルヴィーとかいう女が横からキュルム様に伝えてしまったと。
「うーん、控え目に言ってあの女、最悪ですね。
止めを刺した方が良いですかね?」
「いいえ、普段はマルヴィー伯爵令嬢も、悪い子ではありませんから……。
なんなら、思わず強めに言ってしまったので、少し申し訳なく思っています」
――ちっ、引っかからない。
キュルム様もそうでしたが、この王女様も随分とお人好しらしいです。
「なるほど、事情は分かりました」
兎にも角にも、これで任務完了です。
後は、私を脅しているキュルム様にお伝えすれば、今回のお話はお終いですね。
今ならなんとか、魔力の収支はプラスで収まりそうです。
「えっと、あの……魔女様?」
私が安堵していると、シャンティー様が私の顔を窺っています。
「魔女様はひょっとして、私の事を確認するよう、キュルムからお願いされたのでしょうか?」
彼女の瞳には、薄っすらと期待の色が見えました。
だからこそ私は、この答えを彼女にお返しします。
「さあ? どちらが良いですか?」
そんな私のすげない答えにもめげず、シャンティー様は続けます。
「もしそうなら、キュルムにこのことを、お伝えしていただけませんか?」
「いいんですか?」
「ええ、もちろんで――」
「ああ、違います。そのことではなくて。
魔女と、そんな契約をしてしまって良いんですかという意味です」
私の言葉に、期待に満ちたシャンティー様の動きがピタリと止まりました。
魔女は、自身の欲望でのみ行動します。
誰かに行動を強制されることは好みません。
今回は既にお菓子という報酬を、不覚ながらキュルム様から受け取ってしまったので、仕方なくやっているだけで。
ただの慈善事業ではないのです。
「シャンティー様、良かったですね。善良で。
もし、そうでなければ、私は何も言わずに引き受けていました」
そうすれば、この人も食べられていたものを。
自身で決めたルールとはいえ、不便なものです。
彼女は少し考えて、
「いえ……やっぱりなしでお願いします」
私にそう告げます。
続けて、
「すみません。
結婚のためにここを出発する時期が早まったもので……少し急いでたみたいです」
「いつ頃なんですか?」
「丁度一週間後です」
少女は、王女の顔をして微笑みます。
「もうこの国とも、あの子ともお別れで、焦っていたみたいです。
すみません。止めていただいてありがとうございます」
「いえ、お気になさらず。
善意とかではないので」
意志ではなく義務なので。
そんな私に、彼女は重ねて告げます。
「それでも、ありがとうございますと言わせてください。
魔女様があの子とお友だちなら、私もお任せして出発できますね。
私はもう、付き合ってあげられないかもしれませんから」
少女は、寂しそうに窓から夜の空を見ます。
「あんな人と友だちだなんて、お断りです。
私、貴女の友だち苦手なので」
魔女を脅してくる相手なんてごめんです。
そういうのは――
「そういうのは、自分自身で責任取って付き合ってあげてください。
魔女は、今この城で働いている貴女たちの騎士団とは違って、便利屋じゃないので」
「もう、魔女さんたら。
騎士様たちは、私の小間使いじゃないですよ」
「えっ? そうなんですか?」
騎士って、執事とかメイドの亜種ですよね?
ただ、剣持ってるだけで。
偶に魔女を、殺しに来るだけで。
さて、もう目的は達しました。
「では、私は帰りますね。
それでは、シャンティー様、失礼します」
もうここに、用はありませんからね。
「あ、魔女様!」
鏡の中へ帰ろうとする私に、シャンティー様は最後にこう言ったのでした。
「このお菓子、持っていきますか?」
「というわけで、結婚は本当みたいです。
おめでとうございます」
ドンドンドンパフパフ
結果を端的に伝えます。
「そのお菓子を見るに、本当みたいですね。
そのチーズのお菓子は、シャンティー様のところのものです」
お菓子をいただいていてラッキーでした。
証明に手間取りませんし。
さて、これで私の役割も終わりですね。
すっかり夜ですし、いい子はお家に帰りましょう。
「ねえ……魔女様、他にシャンティー様は何か言ってませんでしたか?」
赤い瞳は、縋るように私を見つめています。
……気に食わないですね。
他人に頼る、その心根。
だから私は、こう答えます。
「いいえ? 何も?」
「そう……」
そんな私のお軽い言葉に、キュルム様は合わせることなく深刻な顔をしています。
――呆れるくらい、辛気臭いですね。
こんな風にしているから、あのマルヴィーとかいう女に舐められるんですよ。
「魔女様。私って、シャンティー様の友だちじゃ……なかったのかもしれません」
――はああ?
何なんですかね、このお二人。
お互いが、お互いに同じようなことを言い始めています。
こんなに仲が良いなら、さっさと直接話した方が、早いでしょうに。
私の表情が見えていないのか、キュルム様は続けます。
「会ったから分かっていると思いますが、シャンティー様は、元々私と仲良くする必要なんてない人です。
彼女は王女様で、明るくて、優しくて、太陽のような人なんです」
立て板に水のような誉め言葉。
苦しそうな表情の中に、狂おしいまでの愛情が垣間見えます。
「そんな人が、私に話しかけてくれた時、何かの間違いかと思いました。
私は一人で……ずっと一人で本を読んでいるような子でしたから。
そんな私に、太陽のようなシャンティー様が、話しかけてくれて。
隣にいてくれて。笑いかけてくれて。
それが、とっても嬉しかったんです」
噛みしめるように、少女は目を閉じます。
「もちろん私は彼女にとって、何人もいる取り巻きの中の一人なのは、わかっているんです。
それでも、ほんの少しでも彼女が私を心に置いてくれるなら……嬉しいなって」
キュルム様は、燃えるような赤い髪を持つくせに、仄かに微笑みます。
「でも、それも自意識過剰だったみたいです。
結婚って大事なことも、教えてもらえてなくて。
きっと、仲良くしてくれていたのも、社交辞令で」
燃える瞳から、涙が一筋流れます。
――何なんですかね、ほんと。
吐き気がするほど、ムカつきます。
ガタリ
「魔女様……?」
私は腰を少しだけ持ち上げると、テーブルに置いてあるお菓子を全部食べ始めます。
――ああ、美味しい。
やはり不愉快な時は、お腹いっぱいに甘いものを食べるのが最高ですね。
みるみるお菓子を平らげていく私を、キュルム様はポカンと可愛らしくお口を開けて見つめています。
「ふう。ご馳走様でした」
「ええっと……魔女様?」
相変わらず困惑しているキュルム様。
そんな彼女に、私は人差し指を突き付けます。
「そうです。その通りです。
シャンティー様はキュルム様の仰る通り、周囲の人すべてに社交辞令で接していて、全く温かみのな――」
「シャンティー様は、そんな方じゃありません!」
――何で、キュルム様が言ったのと同じようなことを繰り返しただけなのに、否定されるんですかね?
「シャンティー様は温かくて優しくて、大切な人です! けなさないでください!」
そう思うのなら、どうして自分は友だちと思われてないだなんて――
――ああ、そういうことですか。
ふと答えに辿り着いた気がしました。
思い付きというのは、不意に得るものですね。
じっと赤い瞳を見つめます。
――この人はきっと、彼女の特別になりたいのでしょうね。
シャンティー様の特別になりたくて、でもなる自信がないから、こんなことを言うのでしょう。
――そして。
それはひょっとすると、シャンティー様もまた、同じなのかもしれません。
ふう、すっきり。
つっかえていたものが、取れたような気がします。
「……そうですか」
そう言って、私は立ち上がります。
これにて、全ての要件は終わりました。
清々しますね。
「ちょっと、魔女様! 聞いてますか?」
「はいはい、聞いてますよ」
――臆病者の二人。
要は互いが互いに甘えたいわけです。
まさかそんな高度なのろけを、この私相手にしてくるとは。
私もまだまだ、人間の事を知らないですね。
反省反省。
「それにしても、貴女もシャンティー様も、言葉が足りませんね。
自身の想いを伝えずに、相手に大事にしてもらおうだなんて、気持ち悪いです」
努力不足で、怠慢だといっても良いでしょう。
察してちゃんは、異性に貢がせるならともかく、同性相手には愚策。
言葉には言葉を。
それで足りないなら最悪、拳でも交えてしまえば良いんですよ。
「魔女の私には理解できませんが、まあ、その方が楽ですもんね?」
「えっ?」
――「えっ?」じゃないですよ。
「だってそうじゃないですか。
今の状態であれば、自分が好かれている友だちの可能性だって残せますから。
それをはっきりさせるのが、怖いのですよね?
要はリスクを取るのが怖いんですよ。貴女たちは。
個人的には良いと思いますけどね。その曖昧にしていく精神」
私の言葉は図星だったようで、少女は顔を真っ赤にしています。
――ほんとおバカさん。
「さて、私はこれで本当におさらばしますが、最後のお菓子分くらいは仕事をしてあげましょう。
シャンティー様が結婚のために国を出発するのは、三日後らしいですよ?
では、さようなら」
「えっ⁉ 魔女様⁉ それはどういう――」
私は少女の言葉を待たず、邸宅を後にします。
お菓子は食べられて、魔力は少々補充。
収支としては一応のプラスでしたかね。
後は彼女たち次第。
結果がどうなろうと、私の知ったこっちゃありません。
――緊張する。
鼓動が強く私の胸を叩くのが分かる。
あの魔女様が去って二日後。
私は、王宮のシャンティー様の元を訪れていた。
一歩一歩進むごとに、胸の高鳴りが増していく。
シャンティー様の部屋に行くのも、随分と久しぶりな気がする。
コンコンコン
「どうぞ」
「失礼します」
許可の後に、部屋へと踏み込む。
中には私の親友――シャンティー様が、いつも以上に畏まった様子で待っていた。
――怖い。
シャンティー様に、どう思われているのかを知るのが怖い。
私は彼女の友人で……いいのだろうか。
そう称してもいいのだろうか。
あの魔女は言っていた。
今のままが、楽なのだと。
何もしなければ、「友だちである」可能性に縋れるからと。
それはきっと正しい。
だから私は自分から動かずに、魔女様に確認をお願いしたのだ。
でも、
――三日後に、彼女は旅立ってしまう。
それを聞いた時に、私に在った想いは一つだった。
――会いたい。
シャンティー様に。
私のたった一人の親友に……会いたい。
バカバカしい話だ。
たったそれだけのことだったのに、魔女様まで巻き込んで。
無駄に遠回りしてしまった。
「シャンティー様、ご結婚おめでとうございます。
シャンティー様の友人として、心から嬉しく思います」
どんな返事が来るか分からなくて、恐怖に目をつぶりながらも伝える。
もう、後戻りはできない。
――でも。
大切なのは私の気持ちだったのだ。
シャンティー様に、どう思われているのかばかり気にしていた私。
それが、魔女様にとっては鬱陶しかったのだろう。
――そうだ。
たとえシャンティー様からどう思われていようと。
私は、シャンティー様を、友だち――親友だと思っているのだから。
そこに何も恥じるところはない。
胸を張って言える。
キュルム伯爵令嬢は、シャンティー王女を親友だと思っていると。
独りよがりで良いじゃないか。
自分勝手で良いじゃないか。
それでも、これほどまでに大事に、大切に思っているのだから。
大好きなのだから。
「……」
返事がない。
瞑ったままだった眼を開ける。
私の目の前には、涙で濡れる黒髪の少女。
「しゃ、シャンティー様⁉ どうかなさいましたか⁉」
ポロポロと流れる涙は、陽の光を浴びて七色に輝く。
「いいえ……大丈夫よ。キュルム」
シャンティー様は、泣く様に笑う。
「ありがとう、私の親友。一番の友人キュルム。
本当に、嬉しくて仕方ないわ」
優しい陽だまりのような抱擁。
その温かさに、私の瞳からも涙が零れる。
「どうして、泣いているのよ」
「シャンティー様こそ」
そう言って互いに笑い合う。
拍子抜けだ。
こんなに簡単なことだったのに。
――次会った時、魔女様に謝らなきゃ。
手間をかけさせて、ごめんなさいと。
そして、沢山のお菓子を差し上げよう。
きっと喜んでくれるはずだ。
「それにしても、キュルム?」
「はい?」
「どうしてこんなタイミングで、私の元に来たの?」
「ああ、すみません。
出発前日でお忙しいとは思いましたが、直接伝えなきゃと思いまして」
そんな私の言葉に、シャンティー様は首を傾げる。
「何言ってるのよ。私の出発は5日後よ?
準備はもちろんあるけど、まだ時間はあるわ」
「ええ……でも魔女様は――」
確か三日後に出発するって。
そんな私の様子を見て、シャンティー様はニヤニヤしている。
「貴女、魔女様に騙されたのよ。私の出発はまだ先」
「っ――」
――あの魔女様って人は!
不法侵入までした上に、こんなイタズラまで!
絶対に許さない!
そう思っているのに、シャンティー様の笑顔を見ていると、その気持ちが解けていくのが不思議だ。
「まあ、良かったじゃない。まだ5日間も貴女と遊べるわね!」
「ええ……そうですねって、出発日は駄目では⁉」
「良いじゃない。なんなら一緒に行きましょう?
私は結婚で、貴女は旅行ついでに」
「ええっ⁉」
――仕方ない。
シャンティー様に免じて、魔女様は許してあげよう。
次会った時には、私が納得するまで文句を伝えて。
そして、魔女様が満足するまで、お菓子をあげるのだ。
さてさて、斯くしてこの国の王女とその友人は、幸せに過ごしたそうです。
まったく、じれったいことですね。
ちなみに彼女らの仲に割り込もうとした伯爵令嬢は、どうやら数日程悪夢にうなされたようです。
自業自得とはいえ、これだけで済んだのは、幸運だったのかもしれませんね。
本作『鏡の魔女は、令嬢を見抜く』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
前作『鏡の魔女は、令嬢を渡る』と少し繋がりもありますので、そちらも楽しんでいただけましたら幸いです。
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
現在『どうして異世界に来ることになったのか。』という長編も同時に投稿しているので、もし少しでも興味がある方は、そちらもよろしくお願いします。
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