其の九十三:鶴松、炎の中で対峙する
「余計な手間かけさせやがって…」
火事の騒ぎに揺れる八丁堀に響いた声。その声で、辺りの人間の一部が虚空記録帖の管理から外れ、オレ達の背中をゾッと凍らせた。向こうの連中にも、この寒気は伝わっているだろうに…
「老中首座!戸田氏教の策謀により燃え広がった炎は、風に乗りこの八丁堀おも焼き尽くすであろう!」
屋敷の屋根に姿を見せた管理人。その数はざっと数えて十ちょっと。オレ達よりも遥かに少ない若手の管理人達は、住民から注目を浴びると、奴等からの煽りを受けて更に演技臭くなっていく。
「商家を揺すり、娘を取り上げ金をせしめ!それに飽き足らず搾り取れば焼き払う!更に言ってやろうか!奴は助けを求めた外国船をも打ち払えと言い出した!」
オレ達が見ている事もお構いなし。周囲に集まった人だかりは、どいつもこいつも役人の関係者ばかり。ここは八丁堀…役人の町なのだ。その中で、この演説。中には裏を知ってる者もいるのだろう。下衆い笑みを浮かべる者…ゾッとして顔を青くした者…反応は様々だが、言える事はただ一つ。ここで歴史は壊されたという事だ。
「野郎…」
「何て真似を…」
ギリギリと歯軋りするオレ。その横で、螢は目の色を失って、懐に手を突っ込んだ。
「これで終わっても、暫くは働き詰めだねぇ…」
そう言いながら取り出したるは拳銃。火縄と違う、新式の拳銃を取り出して顔の前に持って来た螢は、栄さんを見やるとボソッと呟いた。
「栄さん、あの薬、ある?体が動かなくなる薬」
「あぁ、ちゃんと持っておるぞ。主力じゃからな」
「よぅし。八丁堀の旦那、お千代さん。アレ相手にゃ、派手にやれるよね?」
「あぁ」「持ち帰り要員も大勢居る事だしなぁ…」
演技臭い管理人連中の下で、奴等とは違う種別の下衆い笑みを浮かべるオレ達。螢は全員の顔色を伺うと、その笑みを更に深くする。そして、そっと銃口を屋根の上に向けた。
「いいか!何度でも言ってやる!今回の火事は人災であり!その裏には…!!!」
管理人の叫び声を、一発の銃声が掻き消した。突然の事に驚く管理人達。撃たれた演者は心臓辺りに風穴を開けて倒れ込むと、ダラダラと屋根を転がりこちら側に落ちてくる。
「しゃらくせぇ嘘吐き連中だやっちまえ!炎が自然に出て来てた!ワタシ達はそれを見て逃げてきたんだ!」
一瞬の静寂。破ったのはお千代さん。壊れた虚空記録帖の修正を僅かに含めた叫び声。その直後、オレ達は一気に奴等に攻め入った。
「そら!」
壁を伝って一気に上まで上がっていくお千代さんと八丁堀。オレ達はそれを見て上を奴等に任せると、奴等にやられて落ちてきて、蘇生した連中の始末に当たる。
「おっとぉ…テメェ。オレの面を見たこたぁねぇか?」
「あ?お前なんか知るか!」
「そうかい。なら覚えとけ。比良で良いだけ顎で使ってやるからなぁ!」
螢に撃たれて落ちてきて、蘇生してきた男を捕まえて…ゴキリと首骨を折る。再び死を迎えた男。後の事は任せて、オレは次の標的の元へ足を向けた。
「そらそら!見せもんじゃねぇ!炎が来る!この連中は火を見て病んじまったんだ!」
「去れ!去れ!逃げるんだ!そこまで煙が来てるぞぉ!!見てたら煙に巻かれるぜ!」
「さっさと逃げやがれ!俺達は他所の火消しだ!俺達に任せて逃げるんだ!」
屋敷の上では壮絶な斬り合い。下では下で滅多打ち…更にその周囲を親衛隊が取り囲み、人払いをする奇妙な光景。野次馬は演劇の様な惨状を見たがって足を止めていたが、親衛隊連中のドスが効いた声と、すぐそこまで迫り来ている火事の煙を見て徐々にその数を減らしていった。
「おっと、逃がすかぁ!」
オレは騒ぎの中心で、上から落された管理人をひっとらえては骨を砕き、身動きを取れなくしていく。例え上から血の雨が降ってきても、それはすぐに消えるのだ。何があっても気にせず、未熟な管理人を捕まえ教育を施していく…ただそれだけ。
「余計な真似しやがって。管理人はなぁ!一時の感情で動くわけにゃ行かねぇんだ!」
再びとらえた男にそう叫び、直後に首を回して地べたに捨てる。螢の方に行けば、螢が銃で止めを刺す。その後始末は、栄とその親衛隊任せ…栄が薬を飲ませ、親衛隊がそれを回収して比良へ戻る。ここ八丁堀は、比良に繋がる場所があるから、その一連の流れの最中で事故は起こらない。
「八丁堀ィ!一体何人居やがんだ!」
「知るか!だが、後少しで終わる!」
十程度だと思っていた新人管理人。オレが落ちてきた連中を十名消しても終わりが見えない。八丁堀に問いただすと、奴は未だに屋根の上で刀を振るっていた。
炎が上がり、炎が広がる最中…変な時に現れた連中だ。まだ出てきて間もないと思っていたのだが…実際はどうなのやら。事が鎮まるまでには、まだまだ時間がかかるだろう。
「っとに余計な野郎だ!」
再び落ちてきた男の首をへし折るオレ。男の口から血が吹き出て、それが衣服を汚したが、そんなのを気にする暇は何処にもない。
「よっしゃぁ!これで最後だ!鶴松任せた!」
次々に男達の首をへし折っていると、お千代さんの叫びが聞こえた。ハッと上を見上げれば、落ちてくるのは手足を切り取られた管理人。血が噴き出している、ダルマになったそれを受け取ったオレは、ソイツが復活するまで少し待ち、復活して目を開けた瞬間に奴の目を潰してやった。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
手足が戻って復活早々、両目を潰された男の絶叫。オレはそれに変な心地よさを感じながらも、楽にしてやるために止めを刺す。首に手を掛けると、少し間を置いてから一思いに後ろへ回した。
「失せやがれ!二度と管理人を名乗るんじゃねぇ!」




