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大江戸虚空記録帖  作者: 朝倉春彦
肆:大火に蠢く者
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其の九十一:鶴松、大火の種火を撒く

 三月四日。夜明けとともに、オレと八丁堀は車町の発火現場周辺を見回り始めた。昨日一日江戸を廻り、偶然出会った数名の虚空人を始末したが、まだ安心は出来ない。その瞬間、火が付き燃え始める瞬間まで、オレ達は気を張り詰めなければならないだろう。


「火を付ける奴はいつ来るんだ?」

「昼前には来るだろうな」

「まさか老中直々には来ねぇよな」

「たりめぇだ。浪人被れを装った奴が来るさ。聞いて驚け、八丁堀の後輩だぜ」

「ほぉ…金を見せられたか、何か立場を宛がわれたか…もしくは、死か?」

「死だな。この手に慣れてねぇモンだ。生きて帰って捕えられる。そして即刻打ち首よ」

「何時かの俺みてぇだこと。じゃ、ここで焼死してもさほど問題はあるまいな」

「原型さえ保てばな。消し炭はダメだ…老中も年だからな、後に心配事は残したかねぇ」


 近くに家の建設がある為か、木々が積み重ねられた一角を眺めて言葉を交わすオレ達。ここにはオレ達二人が居て、周囲にはお千代さんや螢、栄とその親衛隊が目を光らせていた。


 監視の目は、ここ車町から…放火の下手人が住まう八丁堀まで。大分長いが、親衛隊の数がそれなりに居るためか、割と隙間なく監視の目が行き届いている。


「お千代さんの親が出張ってきたらどうすっかな」

「そりゃないだろうな。出張るなら、この間の里を捨てやしない」

「それもそうか」

「それよか、保険は持ってるよな?」

「あぁ。使わねぇに越したことは無いんだがな。一応、螢から借りたモンがある」


 空を見上げれば少々の曇り空。風は冷たく強く…そして乾燥している。オレは昨日よりも少々少ない人通りを眺めながら、両手を合わせてコキコキと骨を鳴らした。


「そろそろじゃねぇか?」


 オレは遠くに見つけた人影を見て八丁堀に伝える。オレとは反対方向を眺めていた八丁堀はこちらに振り向くと、同じ人影を見止めて頷いた。


「あぁ、アイツだな」


 行き交う人々に紛れて、何処か緊張している様子の男。オドオドしているとでも言えるだろうか。少なくとも、この手の悪行に慣れている感じは見受けられない。ソイツを実行犯だと認識したのは、事前に記録帖で調べていたからだ。


 八丁堀を示す羽織も、どこか弱々しく見える。ソイツはオレ達の横を通り抜けると、周囲を見回してから材木が並ぶ空地へ入り込んでいった。


「中を見張る。外は頼むぜ」

「任せろ」


 八丁堀に外を任せて、オレは材木が並ぶ空地へ入り込む。火付け役の男は、オレに気付くはずもない。オレは、死角が多い空き地の中を慎重に進みながら、男の身に何かが起きぬ様、見張りを続けた。


(どこに火をつける気だ?)


 オレは広い空き地の中、男の背中を追いかける。周囲に虚空人の気配は無い。この広い空き地に居るのは、オレと男のみ。男は周囲を見回しながら、火をつける場所を探している様だ。


 一見して、火種になりそうな場所は無いのだが…と思っていると、男はピタリと足を止めた。後ろに付いていたオレは、即座に物陰に飛び込み気配を消す。そして、物陰からヒョイと顔だけを出してみれば、男は割と草が多い所の前に立っていた。


 そこは、広い広場の一番奥。木々が積み重ねられていて…地面には積み重ねられた木々に負けじと伸びる雑草が生い茂った場所。更に木々の向こう側を見やれば、その奥には敷地を区切るように屋敷の塀が見えた。


(なるほど…?風向き考えりゃ、燃えれば一気だわな)


 これ以上にない、うってつけの場所。オレは積み重ねられた木に手をかけて上に登って行き、男の様子を上から眺めようと進んでいく。イザとなれば、木の上から飛んで適当な路に出られる様にするためだ。


 この広場、入ってから一本道でここまで来れるわけでは無い。種類別か、何か別の理由があるのか…広場の中は積み重ねられた木々で入り組んでいる。積み重ねられた木の上に登った俺は、男が火を付けるのを今か今かと待ち構えた。


(…?…そういや、火種は?)


 待てど暮らせど火を付けない男。呆然と立ち尽くしている様にも見える男。オレはその様子を見て、顎に手を当てる。男は、徐々に動き始めたが、その様子は明らかに衣服を探っている様だった。


(締まらねぇ野郎だぁ…)


 ズッコケたくなる様子。オレは顔を呆れ顔に歪めてジッと上から男を見つめる。男は羽織を脱いで何かを弄ると、焦った様子で辺りを見回し始めた。どうせ死ぬ運命だってのに、どうも憎めないというか…哀愁漂う背中を見てしまうと、どうも気持ちが鈍ってしまう。


「?」


 夜のうちに螢から受け取った保険…昔、火縄銃に使っていた火種を懐から取り出した時。オレは覚えのある感覚に体を震わせた。こんな時に、虚空記録帖からのお呼び出しだ。


(なんだってこんな時に!)


 オレは手早く火種を付けて、そっと男の眼前に火種を落としてやる。男は突然の出来事に驚いたものの、上の、オレの方をを見ることなく火種に飛びつき火を炎へと変えていった。


「何だ?」


 その隙に懐に手を入れるオレ。だが、虚空記録帖絡みの云々は、広場に飛び込んできた男の声によってオレに知らされた。


「鶴松!その男を捕えろ!資格有だ!」

「なんだってぇ!?」


 珍しい八丁堀の叫び声。オレがそれに反応して材木から飛び降りた瞬間、目の前で凄まじい煙が巻きあがった。


「なんだ!テメェ!」


 オレの襲来に驚く八丁堀二号。オレは勢いのまま男の手を引き火の粉から遠ざかる。


「放せや!俺はココで死ぬんだ!」

「うるせぇ!詳しい説明は後だ!」


 一気に状況が展開していく最中。火をつけた男の手を引き逃げ出したオレは、空き地の前の道で八丁堀と合流して辺りを見回す。とりあえず、記録帖と握った出来事は問題なく完遂出来た。後は火の手が回るだけ。


「なんなんだ!オメェ等!」

「うるせぇってんだろ!黙りやがれ!…どうだ八丁堀、コレでケリか?」

「さぁな!燃え上がるまで眺めてりゃ完璧って所だろうさ!」


 騒めきたつオレ達。煙が上がる度、周囲の住民たちは火事だと叫び始め動き出した。


「もう遅い…消せはしねぇはずだぜ」


 オレは男が暴れぬように押さえながら、その様子を眺める。とりあえず…虚空記録帖のいう通りに物事は進んでいた。だが、まだ胸を撫でおろすには早い気がする。


「鶴松!公彦!気ぃつけな!ソッチに数匹逃がしちまったぁ!雑魚だが、数は多いぜぇ!」


 そう思った瞬間。お千代さんの叫び声が聞こえてきた。即座に体勢を整えるオレと八丁堀。唯一困惑するのは、火を付けた男…名を弥七と言ったか。オレは弥七の腕を掴んだまま声のした方を見やると、刀を振るった連中が数名こちらに駆けて来た。


「面白れぇ…燃え上がるのを見るだけじゃ足りねぇと思ってたんだ。八丁堀ィ!良い燃料が雁首揃えてやって来やがった!ココで叩き殺して消し炭にしちまおうぜ!」


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