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大江戸虚空記録帖  作者: 朝倉春彦
肆:大火に蠢く者
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其の八十八:鶴松、大火の秘密を知る

「ほぅ…連れてこれたんだな。違反者って」


 江戸に出向いて虚空人の隠れ里を殲滅したオレ達は、比良に一人の虚空人を持ち帰っていた。丁度、ソイツを比良へ通した直後のこと。栄の薬で身動きが取れないでいるソイツを囲んだオレ達は、ソイツを適当な所まで運んでいく。


「ま、管理人になる前の奴も出入りできるからなぁ。違反して宙に浮けば入れんじゃねぇの?」

「そういうことか。気になってもやる奴がいねぇと分かんねぇよな」

「やって意味もないしのぅ。で、千代。どうするんじゃ?ここから」


 夜もそろそろ明ける頃。男を抱えてやって来たのは中心街から程近い所にある管理人の集落。その中にある廃墟に男を連れ込んだオレ達は、怯えた顔を見せて震える男を前に言葉を交わした。


「どうするもこうするもねぇ…こっちに来た以上、殺す訳にもいかねぇし。それに見ろよ」


 栄の問いにお千代さんはそう言いながら男の顎を足で上げる。目を見開き震える男の顔が、明け方の明かりに晒される。オレはその男の瞳に、抜け殻の面影を感じ取った。


「抜け殻になりかけてやがるな」

「連れてきたところで時間は余りねぇ。鶴松、聞きたいことがあったら聞きなぁ。ワタシ達は殺すのに一杯一杯だったからよ」

「ならば遠慮なく行こうかね」


 お千代さんから男を任されたオレ。男の前に膝を下ろすと、男の顔をジッと見据えて目を細める。そして、オレは隠れ里から持ち込んだ帳面を男に放り投げた。


「体。動けねぇだろ。ま、最期までそのままだ観念しな。だが、口は利けるはずだぜ」

「!!…あっあっ…や、やめてくれ…何をする気だ…?」

「何もしねぇよ。動かねぇ的を殺しても楽しかねぇからよ。幾つか、質問に答えてもらうだけだぜ」


 オレの言葉に、男は怪訝な顔を浮かべて目を剥いた。そして投げつけられた帳面を見てワナワナと震えだす。恐怖とは別種の震え方…オレはそれを逃さず、口を開いた。


「三月の大火。やけに気にしてる見てぇじゃねぇの。何かテメェ等に関係があんのか?」

「…あっ…あっ…関係ないなど…な、ないなど…関係ない訳が無いだろう!わし等は車町のモンだ!そこで死ぬはずだった奴さァ!」


 オレの質問に、男は何かが弾けた様に言葉を投げつけてくる。


「そうか、それは残念なこって」

「残念なんかじゃねぇ!まだ大火は起きちゃいないんだ!勝手に殺すな!」

「そうは言ってもな。テメェもここまでくりゃ分かってるだろ。逆らえねぇ定めよ?」

「煩い煩い!まだ起きていない事をさも起きた様に扱うな!人でなし共め!大火が起こると分かって何故止めに行かぬのだ!」


 喚く男。言ってる事は最もだ。管理人相手じゃなければ正論だ。オレはその言葉を受けても尚、表情を変えずにいた。


「テメェにゃ分からねぇだろうが、決まり事には手出しが出来ねぇのさ」

「人でなし!薄情者!死にゆく人間を見て笑ってられるとでもいうのか!?」

「笑いはしねぇが。まぁ、何だ。聞きてぇ事はまだあんだ。あんまり喚くなや」


 オレは発狂しかけた男の喉を掴み、少しだけ力を入れる。男は鶏が〆られた時みたいな悲鳴を上げて押し黙った。


「大火を止めてぇのは分かった。その帳面には別の事も書いてるよな。大火を止めれば幕府がどうだとか…どういうことだ?更なる泰平の世ってなぁ、何なのよ?」

「ごほっ…ごの…!それも…知らねぇでやりやがったのか!」

「それが仕事だもの。無理言うなや」

「野郎…今度の大火は謀られたんだ!仕掛人は幕府の老中戸田!奴等は他所の国とわし達が結託していると信じ切ってやがる!」


 男の喚き。その言葉に、オレ達は目を合わせた。


「実際どうなのよ」

「そんなわけがあるか!それどころか、わし達があの一帯を仕切る中で、何人の娘を連中に嫁がせたか知ってるか!?」

「知らねぇっての」

「ウチだけで三人!車町の商家だけでも二十は嫁いでる!奴等め次々に無理な注文を付けて来るんだ!それを拒めば名も無い罪で締め上げやがる!その最後手段が大火という訳さ!」


 男の叫びを聞くと、オレ達は僅かに男に同情した。同情するだけだが…まぁ、この手の話は吐いて捨てる程ある事だ。オレは目を伏せて頷くと、男の肩をポンと叩く。


「で、それを止めようと動いてたらああなった…と」

「そうだ。幕府から差し向けられたテメェ等見てぇなウジ虫を退けあそこに隠れ里を作ったのさ」


 男はどうやら、オレ達をお上からの差し金と思っているらしい。オレはそれを否定しなかった。言っても説明しても、無駄骨を折るだけ。オレは男の肩をギュッと掴んで黙らせると、男に顔を近づけてジッと睨みつける。


「あそこだけか?隠れ里は」

「さぁな!探してみろよ!」

「まだ吠えるだけの元気があるのかよ。往生際が悪いぜ旦那」


 オレの質問に唾を吐いて答えた男。オレはそれに僅かにピクッと眉を動かすと、肩を掴んだ手に力を込める。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!」


 男の絶叫が辺り一面に響き渡った。肩を砕かれ、右腕を使い物にならなくした男に、オレは更に凄味を効かせる。


「隠れ里の事は良いや。だがな、まだ質問は残ってんだぜ。どうするよ?おい、オレ達はな、自白毒すら持ってんだ。吐くか吐かされるか、今なら選べるぜ」


 オレの言葉を真面に受けた男は、涙を浮かべながら首を上下に振った。オレはそれを見てニヤリと笑うと、まだ残っていた質問をぶつける。


「テメェの家から、オレ達が持ってる本と同じ本が出てきやがった。この前、オレ一人で出向いた時にかっさらった本で、虚空記録帖って言うんだが、コレ、どこで手に入れたもんか知らねぇか?」


 尋ねたのは、管理人しか持てないはずの虚空記録帖の事について。名無しの虚空記録帖…それがどこからやって来たのか、誰かの持ち物だったのか…それだけはハッキリさせておきたかった。


「そ、それはぁ…」


 男は目を泳がせて思案顔を浮かべる。答えられないのではなく、男自身もそれを不思議に思っているといった風な顔。オレは問い詰めず、男が口を開くのをジッと睨んで待ち続ける。


「それは、その…変な話なんだが…」


 男はそう言いながら、お千代さんの方を見上げて、まだ動く左手の指をお千代さんの方に向け、こう言った。


「そこの子によく似た女が持って来たんだ…わし達が里を作ってる時に…急に現れて、置いたら消えて…だから、わし達にも、良く分からない…」


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