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大江戸虚空記録帖  作者: 朝倉春彦
肆:大火に蠢く者
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其の八十四:鶴松、記録帖に報告する

 家に戻ったオレは、部屋をローソクの光で明るくして、机の前に腰かけた。これから、全く好きになれない事務仕事だ。机に自分の虚空記録帖を広げ、隅で埃をかぶっていた筆一式を机に上げて墨を磨り…墨に筆を付けて筆を持つ。


「どう書いたらいいもんかね」


 薄暗い部屋の中。オレは記録帖に筆を乗せた。思ったままに、昨日の出来事を書いていく。兎に角、順を追って書いて行けば、記録帖は勝手にオレの意図を汲み取るだろう。


 昨日起きた出来事。仕事の為に江戸へ出向いたら、標的が既に虚空人と化しており…逃げた連中を追いかけたら虚空人の里を見つけただけの事。あらすじを言ってしまえば、凄く簡単なのに、その裏には幾つもの何故が連なる面倒事。


 オレの書いた文は、一定の区切りで虚空記録帖が飲み込んでいく。その度にこの本は、オレの中に入り込んで記憶や意図を読み取っていくのだ。どんな仕掛けかは…考えないに越したことはない。オレは胸の奥にムズ痒さを感じながら筆を走らせていく。


 昨日の違反者が即座に虚空人と化した事。

 ソイツの近くに潜んでいた別の虚空人がそれを誘ったであろう事。

 そいつ等を追いかけて江戸の外れまで行った事。

 違反者は途中で捕えて始末したが、虚空人は逃がしてしまった事。

 逃がした虚空人の跡を追ったら虚空人の里を見つけた事。

 その里は出来立てほやほやの状態に、巧妙に偽装されていた事。


 次から次に筆を走らせどれだけの時間が経っただろうか。オレは外を眺めるが、比良の夜の闇には、時間を感じさせる要素はこれっぽっちもありはしない。オレは一度筆を置くと、畳の上に寝転がって手を揉みほぐした。


「かぁ~…筆なんざオレにゃ合わねぇや」


 元々、虚空人の里みたいな隠れ里で育ったのだ。筆に触れたのも管理人になってから…元々、文字は読めたが、書けるようになったのは管理人になってからなのだ。長文をしたためる事なんて、管理人になっても滅多にやった覚えがないから、暫く文字を書き続けていると段々焦って来る。


 この文字を書いてる間に、オレは抜け殻にさせられないだろうか?と。主張が遅れて手遅れになってしまうのではないか?と不安になるのだ。そして、それがオレを急がせる。そうならない…ある程度記録帖には借りを作ってるのだから、そうならないと分かっていても、この気持ちだけはどうも変わりそうになかった。


「落ち着けぇ…黙ってろ。待ってくれっからよぉ…」


 焦る気持ちを冷やす為でもある一時休憩。暫し夜の静寂に身をゆだね、頭の中を整理する。分からないことだらけだが、そんなことで一々気が立っていれば、何かに嵌められるだろうさ。


 オレはジッと動かず天井を見つめた。冬の夜の静寂…耳には何の音も届かない。その状態で暫く過ごし、気が晴れてきた時。オレは再び起き上がって筆を取る。


「……」


 筆に墨を付けて、余計な墨を落し、記録帖へ筆を乗せる。さっきは虚空人の里を訪れた所まで書いたはずだ。今度は、その続きを書こう。


 虚空人の里を調べて回ったら、虚空記録帖らしき本を見つけた事。

 その時に里の人間に潜入がバレてしまい、数的不利から一度逃走を決め込んだ事。

 逃走の際、追ってきた虚空人一人を始末した事。

 無事に江戸へ舞い戻り、体を休めた後に今に至る事。


 起きた事を、事細かく記していく。虚空記録帖は、不明点が無ければ文字を飲み込んだまま何も文を返してこない。オレは文が返ってこないのを確認すると、自分の報告が受け入れられたことにホッと胸を撫でおろす。


 とりあえず、報告作業はここまで。大分時間が経った気がするが、未だに夜。暗闇が周囲を支配している時間帯。オレは暫く机の前に座ったまま動かずいたが、そのうちふと思い立って虚空記録帖への問いかけを書き記した。


 江戸の周囲一帯は、虚空記録帖の監視の目が行き届いていたのではないか?


 その質問は、ジワリと記録帖へ飲み込まれて消えていく。そして、少しの間を置いた後で、虚空記録帖は答えを返してきた。


 数年前から、監視は行っていない。


 答えを見て目を点にするオレ。即座にその理由を問いただす。


 何故だ?


 短い文章。それが飲み込まれ…返って来た答えは素っ気ないものだった。


 監視は不要であると結論付けたため。


 その答えに、オレは苦笑いを浮かべる。そのせいで、今回オレ達がどんな目に遭ってるのか…コイツは人じゃねぇが、一言怒鳴りつけてやりたくなった。


 そのせいで虚空人の里が出来たが、どう思う?


 ワナワナと震えながら再び質問。飲み込まれた後、答えが返って来るまでの間が少し長くなった。


 自然の理。


 そして、返ってきた答えは答えじゃない。屁理屈も良い所だ。オレは頭を掻いて呆れた顔を記録帖に向ける。この返答が返って来た以上、コイツはこうなる事も折り込み済みで監視から外した訳だ。問いただしても、オレ達が求める答えは吐かないだろう。


「良い身分だぜ」


 オレは呟きの後、筆を置く。虚空記録帖は、それを見ていたかの如く答えを掻き消すと、代わりに新たな文章を浮かび上がらせた。


 転換期であることを忘れるな。


 短い文。オレはそれを見るなり口元をクシャっと歪める。何が転換期だ。だからどうした?いつも通りの言葉足らずめ…オレは答えの代わりに深い溜息をつくと、再び畳の上に寝転がる。そして、誰も聞くものが居ない中で、ポツリと毒づいた。


「ちったぁ労えよなぁ…人様が自己判断で危機を防ごうとしてんのによぉ…」


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