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大江戸虚空記録帖  作者: 朝倉春彦
肆:大火に蠢く者
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其の八十三:鶴松、国に戻り報告する

「ってぇ事があったわけよ。虚空人の里にゃ驚いたぜ!江戸からそんな離れてねぇもの」


 無事に比良の国に戻ってひと眠りし、夕方になって行動を再開したオレは、家に押しかけてお千代さんを捕まえると、近所のいつもの食堂で昨日の出来事をありのままに話していた。


「そいつぁ災難だったな鶴松。だが、里を潰すにゃ…ちと、分が悪いぜ」

「まだ忙しさが収まらねぇか。ま、客の入りを見れば分かるが…」

「あぁ。かくいうワタシも昼に戻ってきたばかりでなぁ。あとの三人はまだ江戸だ」

「チェ…!だがなお千代さんよ、この忙しさの裏にゃ虚空人の影有りだ」

「分かってる。そう言えば…記録帖見てぇなもんも盗って来たんだろ?」

「あ?あぁそうだった。出してなかったな」


 互いに晩飯を突きながらの会合。オレは話すのに夢中で出していなかった、里で見つけた虚空記録帖を取り出し机に上げる。お千代さんはそれを見て僅かに驚いた顔を浮かべると、二冊あるうちの一冊に手を伸ばし、適当に捲り始めた。


「スゲェな。装丁迄同じだぜ」

「あぁ、この装丁…不思議な肌ざわりしてっけど、何なんだろうな?」

「さぁ。人の皮を極限まで薄くして固めりゃ、こうなる事もあるが…」

「……まさかぁ」

「そうなるってだけで、人の皮じゃねぇよ。昔尋ねたら違うと言われた」


 お千代さんはお道化た笑みを浮かべてこちらを見やると、すぐに本へ目を戻す。お千代さんが手にした方、虚空記録帖と同じ様に真っ新で何も無い部分が続いていたが、お千代さんの捲る手が止まった時、真っ新なはずの紙に何か黒文字で文章が書かれていた。


「ほぅ…?」


 文章を見て手が止まるお千代さん。その部分を手で押さえ、記録帖の最後の方にある持ち主の名前が書かれた所を確認する。だが、そこに名前は無く、お千代さんはオレの方を見て首を傾げて見せると、押さえた所を再び開いた。


「名無しの虚空記録帖ねぇ…どれどれ…」


 怪訝な顔をしたまま文章に目を通すお千代さん。オレはそれを、握り飯を頬張りながら眺めるだけ。文章をサラリと見る限り、そこに書かれていたのは、大火に関する記録の様だった。


「来る三月四日…江戸車町にて大火あり…死者1387人…行方不明者534人…はぁ」

「お千代さん、虚空記録帖、持ってますかぃ?」

「いいや。ねぇな。こいつぁこの先の出来事か。後で調べてみっかぁ」

「仕事が無ければ…だがな」

「仕事があっても、記録帖に報告して一度外れちまおう。ワタシ達…こっちの調査を進めてえな…」


 お千代さんはそう言いながら、一冊目の記録帖を閉じると、もう一つの記録帖を取って捲り始めた。


「こっちは何も無しかぁ。名前もネェ。どこからこんなもんを…」

「里の連中を縛り上げて聞くっきゃねぇか」

「隠し事を吐かせるのは栄の力が居るな。鶴松、お前、夜中で記録帖に報告出来るか?」

「元よりそのつもりさ」

「よぅし。終わり次第ウチに来い。いや…明日の昼で良いか。昼にしよう」

「…というと?」

「その間を使って、ワタシも調べてぇ事があるんだよ」


 オレは飲みかけた茶を机に戻すと、目だけで先を促した。お千代さんはオレの視線を理解すると、軽く周囲を見回した後で呆れたような、疲れたような顔を浮かべる。


「忙しくなる前から気にしてたことなんだがな」

「あぁ」


 勿体ぶるようなお千代さん、そこから感じ取れるのは、まだ悩みが拭えていないという事だけ。


「管理人の数が減ってるんだ。そして、一度減った抜け殻がまた増えて来てる」

「ほぅ?」

「余りに出来すぎた偶然じゃねぇか。忙しくなってヘマをする管理人を作りてぇ見たいだ」

「考えすぎなんじゃねぇの?まぁ、確かに、一時抜け殻が少ねぇなとは思ってたが、これで抜け殻不足も解消されるってもんよ」

「そんなんじゃねぇぜ鶴松。管理人が減ってる割にゃ、増えねぇのさ」


 お千代さんはそう言うと、どこかじれったい仕草を見せて頭を掻いた。


「管理人の数が少ねぇわ、増えた抜け殻も消えた場所に補填される訳じゃねぇ。というか、そもそも抜け殻が消えるって現象、見た事ねぇだろ?」

「まぁ、確かに。この忙しさは虚空記録帖の失態みてぇな所はあると思うが…」

「だから調べんだよ。寝て起きて、抜け殻になってましたなんてならねぇようにな」


 オレはお千代さんの勢いに圧されると、曖昧な表情を浮かべて肩を竦める。お千代さんには悪いが、その調べ、答えは決して出てこないだろう。全ては虚空記録帖の掌の上。元を正せば、現在過去未来が分かるだなんて訳の分からねぇ本の調整次第なのだから。


「まぁ、兎に角…分かった。なら、明日の昼にお千代さんの家に行くさ」

「ワリィな。この訳の分からねぇ状況でムシャクシャしてんのさ」

「何時もの事だな」


 オレはそう言って笑うと、お千代さんは残っていた握り飯を一気に口の中に放り込んで席を立つ。そしてオレに手を振ると、お千代さんは一足先に食堂を出て行った。


「そういう時期なのかねぇ…」


 机の上に残された、名無しが手にした虚空記録帖を眺めながら呟くオレ。どうやら、久しぶりに盛り上がりそうな厄介事が出てきやがった。


「とりあえず、俺も帰って報告しねぇとな。仕事振られちゃ溜まらねぇや」


 そう言って、残った握り飯を口に入れ…それを飲み込んでから、漬物を食べて茶で一気に流し込む。駆け足で晩飯を終えた俺は、机の上の本二冊を懐に戻すと、ゆっくりと席から立ち上がった。


「忙しくなりそうだぜ。ま、偶には良いか」


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