其の八十一:鶴松、隠れ里を探索する
おかしな里に入り込んでどれだけ経っただろうか。オレの真上に輝いていた三日月も、もう結構下の方まで来ている様な気がする。オレは、虚空人の里のド真ん中…家々が並ぶ周囲の脇道に身を潜め、ジッと時を待っていた。
(やっぱりおかしいぜ。こんなもん作るのにゃ人手があっても半年かからぁ…)
巧妙に偽装がなされた里。まだ手付けして間もないと思わせるための策。それを間近で見てしまえば、子供だましも良い所だと思ってしまうだろうが…遠くから見る分には出来て間もないと油断させられそうな造り。不完全さにも意思を感じるそれらを見て回ったオレは、里の中に入り込まず、中の人間の動きが完全に止まるのを待つことにしたのだ。
外から探ってみる限り、里に居る虚空人は多くない。多くないと言っても、オレ一人でどうこう出来る数じゃ無いが。そして、そいつ等を遠目から見る限り、誰かが起きて見張っている…等という事はしていなさそうだった。だから、あと数名が部屋の明かりを消せば、この里の人間は全員寝静まる事になる。オレはそれを待っているのだ。
(城見てぇな面倒くささしやがって…といえど、所詮真似事程度か…)
里の明かりが消えるのを待ち構えるオレ。ここまで用意周到な真似が出来た理由を探れれば、この里を消す事は容易いだろう。帰って、人手を集めて、夜中に襲撃すればいい。
「!」
そろそろじれったくなってきた頃。フッと頭上の明かりが消えた。耳を澄ませば、誰かの足音が聞こえてくる。その足音は家の中へと消えていき、扉が閉まる音がして…そして里は静寂に包まれた。
(虫すら飛んでねぇもんな。ちと、寒いが…まぁ、何とかなるさぁ)
静寂に包まれて、百を数えた時。オレはそっと足を踏み出す。固まった土の上を、音を鳴らさぬようにそっと進み、ついに家が立ち並ぶ中心部へと入り込んだ。
「……」
棚田と木々の生えた斜面に囲まれた中心部。四つ角に二階建ての細い建物があり…その中に二つの大きな平屋建ての家、そこから離れになった所に厠が設けられている。四つ角の家は見張り台だろう。オレはそのうちの一つに近寄り、中を探る。
(だよな)
案の定、収穫は無い。中は殺風景で、見立て通り、見張り台以外の使い道は無さそうだ。ともなれば、本命は中に有る二つの大きな家。オレは程近い、棚田側に立つ家の方から探ることにした。
(誰も居ないでくれよ…?)
家の周囲を回って人気が無い事を確認し、表の入り口ではなく、裏の小さな勝手口から中に入っていく。鍵や閂、つっかえ棒が無い扉は簡単に開き、真っ暗闇の室内が顔を覗かせた。
「……」
漆黒の闇。それでも、中に入って少し目を慣らせば物の輪郭程度は分かるようになってきた。外回りから確認した限り、こっちの家に人は居ない。警戒を怠るつもりも無いが…少しは雑に見回って良いだろう。オレはそっと中に忍び込み、家の中を見始めた。
縁側が四方を囲い、その中に襖で区切られた部屋がある大雑把な造りの家。炊事処等が無いのを見る限り、こちらは明るい時間に使われる集会所か何かだろうか。部屋の中を見て回っても、家具の類は少なく…あるのは大きな机と座布団位のもの。何か書物でも見つかれば良いのだが…
「簡単にはいかねぇか…」
誰もいない部屋に立ち尽くして一言。こちらの屋敷で見つかったのは、外に立てかけてある畑仕事の道具位。それ以外は、ザっと中を探ってみても、何も出て来やしなかった。
「見れば見る程…何時かの里とは大違いだな」
もう一度、見落としが無いかを確認して回るオレ。最初は何時ぞやの、お千代さんの親が頭をやってる虚空人集団の里と同じだと決めつけていたが…中を見れば見る程、連中程の精巧さが無い事に気付かされる。
あっちは完全に村が出来ていた。江戸の近くにある、街道沿いの街と言えるだろうか。それほどに現実的な人間の棲み処が出来ていたのだが…こっちはそうじゃない。まるで城だ。戦の為に急いでこしらえた城。棚田をお掘りに、この辺りを城の中に例えれば、多分螢辺りなら笑って理解してくれるはず。
オレは家の中を見回って見落としが無いのを確認すると、入って来た勝手口から外に出て、もう一つの家の周囲を探っていく。最初の家よりも人の匂いがキツイ家。家の外を一回りしてみても、人の気配が色濃く感じられた。
(人の有り無しってなぁ、消せねぇよなぁ…)
外を一回りして、溜息一つ。こちらには炊事処もあって生活感を色濃く感じる。そして、中から聞こえる人の寝息。数人、いびきが酷いが…それがまた、人の気配を色濃くさせていた。
「……お?」
今度は扉から入る訳にいかない。何か案は無いかと頭を捻り、首を傾げると、丁度屋根の方に、人が一人入り込めるだけの木枠が見えた。換気の為の窓なのだろうか?何故あんな不用心に開いているのか分からないが…使わない手は無いだろう。
ヒョイと近場の柱を登って屋根に手をかけ、屋根を伝って木枠の方へ移動する。枠の周囲を眺めてみても、これが罠であるとかでは無さそうだった。普段は閉じているらしく、内側には取りはらわれた扉が見える。
(運が良いな。普段からこれくらいなら良いのによ)
オレは二ヤリと笑みを浮かべ、枠の中に体をねじ込ませた。丁度男一人が入れる大きさ。中に入ると、家を構成する柱を伝って中の様子を上から覗ける。向こうの家もそうだったが、どうやら、家には天井を作っていないらしい。屋根まで吹き抜けだ。
(まぁ、要らねぇもんな。余計な手間が掛っちまうだけだし)
妙な所に感心するオレ。柱を伝い、眠っている虚空人の数を数え…何か良いものが無いかを確かめて回る。
虚空人の数は、ざっと三度数えて二十三人。そして、良いものは虚空人が布団を並べて眠る部屋の隅に置かれていた。
(虚空記録帖…?いや、まさかな)
それは、部屋の隅の机の上に置かれていた書物。一風変わった見た目の美濃本が目に付いたのだ。それは、紛れもない、虚空記録帖独自の装丁…オレは目を丸くしてそれを眺め…そして覚悟を決めて部屋に降りていく。
「……」
机の前に出向いてそれを見ると、置かれていたのは間違いなく虚空記録帖だった。机にあったのは、二冊の虚空記録帖。オレの目は大きく剥かれ…そして背後から聞こえていたある音を聞き逃す。
「誰だっ!」
突如として開いた扉。間髪入れずに響く怒声。オレは全身を震わせて背後を振り返る。見やれば、外を警邏していた風の男二人が、俺を見て刀を抜いていた。
(しまった…)
汗がブワっと背中に吹き出る。オレは机に置かれていた、見える分だけの虚空記録帖を素早くかっさらうと、それを懐に仕舞いこんで辺りを見回す。そのわずかな間に、寝ていた全員が飛び起きて、オレを取り囲んでいた。
「歓迎されてやがんなぁ…畜生め。だがな、テメェ等に遅れは取らねぇぜ!」




