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大江戸虚空記録帖  作者: 朝倉春彦
幕間:其の参
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其の七十三:慰労会での戯言

「やっぱりここの天ぷらは別格じゃのう」

「ですねぇ…この間の連中の唯一といっても良い手柄じゃねぇですかい?」

「笑えない冗談じゃ。ところでどうじゃ、皆はもう良いくらいに飲んでおるか?」

「へぃ!夕方から始めたんで、べろべろな奴も居ますぜ。あっしはまだまだ行けやすが」

「お主も中々強いのぅ…」


 仮面の男騒動から大分経ったある日の夜。私は親衛隊に集合をかけて、屋台村で宴会を催していた。以前の手伝いのお礼だ。千代からも別途で個別に礼が行っているはずだが…それとこれとは別。今日はこの間までの様に、兎に角集まって酒を浴び、語らって楽しむだけという、何とも頭の使わない会だ。


「そろそろ良い時間かのぅ」

「そうですねぇ…そろそろ月の位置も良い場所だ」

「あれで何時なんじゃ?」

「そろそろ日付が変わる頃じゃないですかぃ?そのくらいの位置に見えますぜ」

「ふむ。通りで喉が枯れる訳じゃ。何曲歌った?」

「さぁ…十曲は下らねぇってとこかと」

「明日は安静にしておくかのぅ。ゲロゲロ声になっておろう」


 私はこの間発見した天ぷら屋の隅に座って酒を飲み、語り合う親衛隊を眺めながら平穏な夜を過ごしていた。既に出し物はやりつくした後。礼だと言って親衛隊からの申し出を聞き入れ、歌だ踊りだと夕方からずっと動き詰めだったのだ。花魁時代でも中々、ここまで動いた経験は無いほどに動いた後…私は揚げたての天ぷらと薄味の酒を楽しみながら、体を休めていた。


「よぅ、ちっと栄に用があるんだが良いか?」


 そこに現れたのは白髪の少女。千代だった。私の傍に集まっていた親衛隊達は皆示し合わせた様に散っていき、私の隣の席に千代がヒョイと腰かける。


「ワタシにも盛り合わせ一つくれ。あと茶があればそれもだ」


 注文を済ませると、千代は私の方に目を向けた。


「どうかしたか?」

「いや、何も」

「用があるとか言ってなかったか?」

「あぁ、大したことじゃねぇんだ」


 千代はそう言って下衆い笑みを浮かべる。私はその意図に気付くと、僅かに引いた顔を作って見せた。


「席を開けるための方便だったな?」

「仕方がねーだろ。こちとら準備に駆り出されたんだ」

「ったく。そういうところは成長しない女じゃのぅ」

「あぁ、これ以上厳しくなったらワタシも仕舞い時だな」


 私が千代に呆れた顔を見せると、千代はそれを鼻で笑い飛ばす。そして、出された茶を手にしてズズっと喉を潤すと、千代の表情は一気に引き締まった。


「あぁ、今一つ、出来たなぁ。用事」

「なんじゃ急に」


 声色も変わった千代を前に、私も声色を潜めていく。千代は周囲を見回して、親衛隊が近場に居ないことを確認すると、私の方に顔を寄せた。


「結局、この辺にアノ連中が配属されたんだな」

「なんじゃそんなことか。それがどうかしたか?」

「変じゃねぇかって思ってな」

「変?」


 話は仮面の男達の末路について。私が千代に聞き返すと、千代は周囲を今一度見回してからこういった。


「抜け殻が増えればちったぁ街がデカくなると思ったが、そんな様子はねぇよな?」


 淡々とした千代の言葉。私はそれを聞いて、意味を飲み込んでハッとした顔を浮かべる。確かに、千代のいう言葉には一理あった。


 抜け殻が増えれば、管理人の住む街は大きくなるものだ。管理人が増えれば、必要になる土地ははそれだけ多くなるのと同じ。抜け殻も増えれば増えた分だけ、この比良の国は大きくなっていくのが通例だった。


「大きくなって無いのか?」

「ワタシが見た限りはなぁ」


 私の問いかけに、千代は怪訝そうな口調で答える。比良の国に、今現在、どれだけの人が居るかは分からないが…日本全国を見て回る管理人がここに居るはずだから、増えれば増えた分だけ広くなる事に違和感は無かった。今までもそうだったのだから…


 だが、そうならないというのはどういうことか。短絡的だが、私は一つの可能性をボソッと口にする。


「抜け殻も消えるのか?」

「一体どこに」

「さぁ…?じゃが、広がらぬと言う事は、そう言う事じゃろ?」

「そう言う事だがな。何か、一難去ってまた一難って感じがするぜ」


 千代はそう言いながら、再び茶を飲み間を開ける。そうしている間に、私達の前に置かれた皿に、揚げたての天ぷらが載せられた。


「調べてみるか?」

「しゃらくせぇ、だが、抜け殻も期限付きとなればなぁ…それがどう影響するかも分からねぇが、知っておきたいよな」

「あぁ。ああなって終わりじゃないんじゃからのぅ。もし、古い抜け殻が消えてあの者達が補填されたとなれば…消えた者の行く先は何処じゃろうな?」

「さぁな。だが、消えた抜け殻が古株なら、間違いなくワタシと同期かちょいと古いかかだ」


 そう言いつつ、千代は箸を手にして天ぷらを掴む。それに塩を付けると、千代はヒョイと天ぷらを口に入れた。


 それによってできた時間。私はその間に考えを巡らせる。抜け殻の事等、管理人の成れの果てとしか思わなかったが…まさかその先があるならば…知らぬ訳にはいくまい。


「ただ消えるだけってんなら良いんだがなぁ。ちと普通の人間からは遅れたが…ちゃんと往生出来るって事だろ?」

「あぁ。じゃが、虚空記録帖がそれを許すかの?」

「そう言う話だ。何かあるとみて良いだろうさ」


 私は千代の言葉を受けて溜息をついた。ここに来て、考える事はこれでいっぱいだと思えばそうじゃないのだ。私も箸を手にして天ぷらを掴み、それに塩をまぶすと、口にする前にこう呟いた。


「退屈させてはくれぬのぅ…嫌になってくるわぃ」


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