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大江戸虚空記録帖  作者: 朝倉春彦
参:魔境街道
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其の七十:破戒と持戒の分水嶺

「後始末、親衛隊の連中に助けて貰っちまったな」

「気にするでない。連中も人手が居るのを分かって待っててくれたんじゃから」

「ま、今日は遅いが明日からお礼行脚だな。連中、どれだけ贅沢出来るんだっけか?」

「さぁの。人それぞれじゃが、まぁ…千代の水準に達してる者は一人もおらんわ」


 江戸で裏切り者に対処した翌日。私と千代は、いつものように中心街にある銭湯の二階で駄弁っていた。


「しっかし、久々に疲れたな。珍しく体中がバキバキだ」

「わっちも足が棒の様じゃな。歩きすぎた」


 あの後、江戸の隅にある廃墟に屯っていた仮面の男達を全員始末し、復活した所を私の薬で動けなくし…そこから動けぬものを比良に運ぶという、それなりに骨の折れる事をやったのだった。


 その日はもう、動く気力も生まれず家で寝て過ごし…今日も昼過ぎまで眠り続け、ようやく動き始めたのは夕方になってから。普段であれば、朝の早いうちに銭湯を出ていくというのに、私達が風呂に入って、銭湯の二階に来る頃には、二階が夕陽に照らされている時間になっていた。


「で、どうよ。昨日連れ帰ったアホ連中。管理人を続けられそうなの、居たっけか?」

「そんなの調べておらぬが、おらんじゃろうな。おっ、見てみぃ抜け殻になっておる」


 互いに蕎麦を注文し、それが来るのを待ってる最中。雑談に興じていた私がふと外を眺めてみれば、昨日江戸から連れ帰った仮面の男の一人が、抜け殻になって目の前の通りを歩いていくところが見えた。


「あれが抑止力になりゃ良いがな」


 千代も窓の外に目を向けて、その男に気付いて一言。仮面の男は最近の比良の国では有名だったようで、時折道行く管理人が男に気付き、そしてゾッとした表情を浮かべてすれ違う様が見えた。ああいうのが、抜け殻への恐怖を煽るのだ。


「今回、仮面の男達は結局どれくらい居たのかの?」

「昨日始末した連中は、コッチでやったのが十…三、四。江戸が十五か六か、そこらだ」

「なるほど。それならば、また街が広がるかのぅ」

「どうだか。全部で三十ちょい。三十の人間に出来る事は案外少ないんだぜ」

「通りを一つ増やす位は、出来るじゃろうて」


 私はそう言いつつ、先に置かれた茶を手に取って喉を潤す。久しぶりの茶の味…程よい苦味に目を細めて窓の外を眺めれば、俄に通りの向こう側が騒がしい事に気付く。


「何かあったのか?向こうが騒がしいぞ?」

「あ?」


 通りの向こう側…比良の中心にある銭湯を上から見て、東側。屋台村に繋がる通りの方。そっち側から、何かが歩いてきているのだろうか?管理人の一部が騒めきたち、思わずといった形で道を開けていく。


「……?」「なんだなんだ?」


 二階に居る連中も、外のおかしさに気付いた者がいるのだろう。私達が居る窓側に、野次馬が次々と集まって来た。


「蕎麦お待ちぃ」


 そんな中、気にせず抜け殻が気にすることなく私達の蕎麦を運んでくる。こんな時に限って二人共々大盛蕎麦。抜け殻に感情など無いのだからこうなるのだが…私達は思わず苦笑いを浮かべた。


「見えてきたな」


 蕎麦に手を付けず、通りの向こう側を注視する私達。夕陽に照らされた道の向こう側から、ゾロゾロと複数人の人影が見えてきた。


「あぁ…」


 目の良い千代が最初に気付く。遅れること数刻、私もそれに気付いた。


「見ろよあの連中…抜け殻に成っちまったのか?」

「あれだよな?最近ずっと屋台の方で喚いていた変な連中」

「何か語ってたっけか。はぁ…なんだってまた」

「何かやらかしたのか?知らねぇかい?」

「オラが知る訳ねぇだろ。でも、真面目に管理人の仕事はしてた筈だぜ?そう聞いてる」


 周囲の野次馬共が次々に口走る。やって来たのは、仮面の男達。顔の半分だけを狐面で隠し、もう半分で抜け殻特有の生気の抜けた顔を外に晒したその姿は、顔の部分を除けば、つい最近まで管理人の間で噂されていた連中そのものだった。


「見せしめみてぇだ…なんか今までの抜け殻と違うぜ?」

「何をしたらこうなるんだ…怖いな」

「誰か知ってるヤツ……は、後で探すか」

「……そ、そうだな。触らぬ神に祟りなしだな!…戻ろう戻ろう…」


 事情を知らぬ者達は、その異様な姿を認めると、次々に表情を青くして元居た席に戻っていく。事情を知らぬ管理人に話が行くのは、これからどれくらいかかるだろうか?私は尾びれが付きまくった噂になりそうだと思いながら…僅かに口元を歪めて男達を見下ろした。


「噂になるな、これは」


 千代は野次馬が去った段階でそう呟くと、ようやく箸を手に取った。


「言わなくていいのか?皆、分かっておるぞ?わっち達が何かをしでかしたと」


 私も同じように箸を取ってそう尋ねると、千代は周囲を見回してこちらを伺うような者達に睨みを効かせ、そしてニヤリと笑う。


「放っておけよ」


 私にしか聞こえない声色でそう言うと、千代は蕎麦をズルズルと啜り始めた。


「ま、なるようになるか」


 その様子を唖然とした様子で見ていた私だったが、すぐに元に戻ると、そう言って私も蕎麦に手を付け始めた。


(そこまでやるのは、管轄外ってことじゃろ)


 そう思いつつ、蕎麦を啜る。千代と私は、奇妙な注目を集めつつ、大盛の蕎麦を減らしていく。外を見やれば、仮面の男達の市中引き回しが遠くへ過ぎて行った頃。私は去って行く背中をチラリと見やると、フッと鼻で笑い、僅かに目を細めた。


「分水嶺を見誤れば、ああなるのか。くわばらくわばら……」


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