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大江戸虚空記録帖  作者: 朝倉春彦
参:魔境街道
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其の六十八:興国と亡国の分水嶺

 千代と共に江戸へ出たのは、そろそろ朝陽が見えてくる時間帯。出てきたのは、江戸の端…抜け殻になった男が話した、東海道の近くだった。


「親衛隊から話を聞いた頃だろうか。それとも…まだかのぅ?」

「どうだか。跡を見つけろといって、連中を出したのは結構前だが…江戸は広いからなぁ」


 東海道に繋がる通りの隅で、三人を待つ私と千代。こちらに来る前、私達がここで待つと、親衛隊に言伝を頼んでいるのだが…まだ、男三人の姿は見えてこない。記録帖曰く、江戸の様子に変化は無し。特に急ぐ必要も無いのだが、待たされる身になってみれば、少しの時間もじれったく感じるものだ。


「わっち達の周りには、女を待たせる男しかおらんのか」

「連中がそういうのを気にするタマだと思うか?」

「確かにそうじゃな」

「鶴松なんか、酒の一杯位引っ掛けて来てもおかしかねぇ。螢は自分本位が過ぎるし、あの同心は同心で、なんで役人なのによって位に時間感覚に欠ける所があるんだよな」

「碌な男がおらんの…次は実直素直な男を探すとするか?」

「冗談キツイぜ。実直素直な奴なんざ、一年持たず抜け殻になり下がるさ」


 千代はそう言って下衆い笑みを浮かべて私の冗談を笑い飛ばす。徐々に空が明るくなりだした時間帯。薄明かりが千代の顔を妖しく照らし、見る者を僅かに畏怖させるような雰囲気を作り出していた。


「そう言えば、何人位…こっちに来とるんじゃろうか」

「大した数でも無さそうだがなぁ。大勢なら、夜でも記録帖がギャンギャン喚く位ぇの影響が出るだろうしよ。連中も、出て行き成り騒ぎになるのは避けたいはずだ」

「そうか。この辺りに出て…適当に街道を行って…良い場所を見つけるかどうかするって所かの?」

「野宿かもしれねぇしな。案外、街道沿いに廃墟を見繕うのは難しくねぇ…そういう時だけ記録帖をアテにしてっかもしれねぇしよ」

「確かに。これ以上にないツテがあったか」

「幾ら連中が反虚空記録帖だったとしても、有効活用できりゃ使うのさ。思想家なんてそんなもんよ」


 適当な雑談で場を繋ぐ。そうしている間にも、徐々に徐々に明るさが増していき、後少しで早朝の日差しが拝めそうだ。


「日が出るのと、連中が来るの。どっちが先かの?」

「流石に連中が先だろうさ。それ以上遅けりゃ、遅刻っと。噂をしてみりゃ来たみてぇだ」


 明るくなる空を眺め、話が男衆に戻った時。丁度道の向こう側に顔を向けた千代が三人の到着を知らせた。


「ふむ」


 私も遅れて千代の向けた方に顔を向ける。道の真ん中を堂々と歩く、三人の男の姿がこちらに近づいてきた。


「よぅ!遅れちまったなぁ!」


 鶴松が私達に気付いて手を上げる。私達がそれに応えると、螢がニヤリとした顔を見せて鶴松と守月様を交互に見やった。


「道に迷った誰かさん達のせいでね。鶴ちゃんは良いにしても、八丁堀がそうなりゃ…ねぇ?」

「……」


 ニヤニヤしている螢。だが、こ奴もこ奴で道など分からなかったのだから同罪だと思うのは私だけだろうか。


「螢も同じだろうがよ」


 そう思った矢先、千代の手刀が螢の頭に入った。


「まぁ良い。サッサと済ませちまおう。策なんてねぇ。出向いて、斬って持ち帰りだ。栄の毒が体に入っちまえば、暫く動けやしねぇ。良いな?」

「おう!」「はいよ」「分かった」「…毒じゃなくて薬なんじゃが…」


 千代の言葉に反応する私達。そして、街道へと足を踏み入れる。江戸から出たとしても…そんなに遠くへは行けぬ筈。私達は楽観的な足取りで、明るさを取り戻していく道を行く。


「そうだ。親衛隊から聞いたついでに、この辺の廃墟を調べておいたんだ」

「ほぅ?」


 歩いてすぐ、鶴松が千代に記録帖の一部と思しき紙を手渡した。


「お千代さん、この紙に書いてる。これが違えば、木々の中を行くっきゃねぇな」

「それだけはゴメンだな。廃墟に巣食ってくれてりゃ良いが」


 紙を見ながらそう言う千代。隣を歩く私は、その紙をチラリと見やると、意外なほどに多い廃墟の数に目を丸くした。


「多いな」

「多いっつっても、せいぜい五里もねぇ範囲さ」

「わっちには十分疲れる距離じゃな」

「歩け歩け。帰ったら一風呂だ」


 男女五人…黙って歩く筈もない。適当に雑談を入れつつ、道を行く。静かにして、隠れるつもりなど一切無い。見つかって喚かれれば、真正面から突っ込んでいく…そんな腹積もりなのだ。


 そして、歩きに歩いて二里程進んだ頃だろうか。幾つかの廃墟を見ていき、ハズレが増えて僅かに気を揉み始めた頃。次に見つけた大きな廃墟に、私達は僅かな希望を見出した。


「宿か?」

「宿にしちゃ、デカいな。誰も継がなかったんだろうか」


 私と守月様の呟き…それを聞いて頷く三人。だが、僅かに感じる何かに、私達の口数は一気に少なくなる。少なくとも、さっきまで騒ぎながら廃墟を調べて回る不審者の面影は、何処にも無かった。


「さて、どうするか」

「螢は裏方に回れ。栄と組んで薬の布教を頼むぜ」

「はいよ。力仕事は、三人に任せた…栄さん、どうすりゃいい?」

「簡単じゃ、瓶に入った液体を飲ませるだけ」

「そりゃ楽だこって」


 足を止めて、廃墟から見えぬ位置に生い茂る草木に隠れた私達。千代がアッサリと配置を決めると、先発隊の三人が準備を始めた。


「良いか?鶴松、公彦。無駄な口上は後回しだ。真正面から乗り込んで暴れて回るぞぉ!」

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