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大江戸虚空記録帖  作者: 朝倉春彦
参:魔境街道
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其の六十七:妙手と悪手の分水嶺

「こういう時によぉ、人手が多いってなぁ、楽だよなぁ?栄よ」

「そうじゃなぁ。じゃが、この者達には後で礼をしておけよ?普段荒事はせぬのじゃから」

「そこはまぁ、屋台村でなくて、ド真ん中のどっかで宴でもやりゃいい。前々から思ってたが、親衛隊の連中、宴好きが多いものな」


 夜も更けてきた頃…ここは、中心街から少し離れた場所。私達が時折使う廃墟の中から、仮面の男達の悲鳴が聞こえていた。それを聞きつつ、雑談に興じる私と千代…今は、屋台村での一件で捕らえた仮面の男達への、尋問の時間だ。


「男衆の足が早えぇか、こっちの連中が根を上げるのが早えぇか。どっちに賭ける?」

「わっちはあの三人に賭けるとするかの」

「なら、ワタシはこっちの連中に賭けるとしよう。まだ、記録帖が何も言ってこねぇってことは、外に出て行った連中は人気の無い場所に居るってことだものなぁ」


 千代はそう言いながら、背中に背負った大太刀へ手を当てた。屋台村で私達を襲撃してきた仮面の男達。そこで宣言されたのは、江戸へ出向き世を変えるという、夢物語。千代の親ですら、虚空人となっただけでその日を生きる以外には殆ど何も出来ないというのに…奴等に何ができるというのだろうか。


「虚空人ですら、千代の両親ですら、出てすぐは大人しくしていたんじゃろ?」

「あぁ。出てすぐは記録帖の監視もあるだろうさ。そこから記録帖との関係を絶って…徐々に徐々に薄くしていく。そうしなきゃ、虚空人にはならねぇ」

「なら、こ奴等もそうしなければならぬよな?気持ちが早って動き出せば…」

「記録帖は即座にワタシ達を呼び出すだろうぜ」


 千代はそう言うと、クルリと体の向きを変え、長い刀を抜き出した。


「ちと、ワタシもお話に参加してくらぁ」

「あ、ズルいぞ千代。あの者達に賭けたからって」

「使える手は使わねぇとなぁ。それに、ダメとは言ってねぇ」

「く…」


 冗談めかしのやり取り。刀を手に廃墟の中に入っていく千代。私は外で一人というのも気が進まないので、千代の後ろを付いていく。履物を履いたまま廃墟に上がり込み、破れた障子を開けて中に入ると、ローソクの火だけが頼りになっている部屋に、数名の男が吊るされていた。


「は、初瀬さん…」

「どうだ?吐く気配はあるか?」

「それが全然で…」


 私達が顔を見せると、親衛隊の男衆はゾッとした顔色を浮かべる。別に、結果が出ずとも仕方のない事なのだから、そんなに気負わなくても良いのだが…私はすまし顔のまま、そっと部屋の隅に陣取ると、千代のやり取りをじっと眺める事にした。


「そうかい、でもまぁ、そうなるのも当然っちゃ当然だわな」


 千代は親衛隊から現状を聞き入れると、表情を変えずに吊るされた男の一人ににじり寄る。


「口が硬ぇ事は良い事だな。だが、アンタ。気付いちゃいねぇか?」


 黙り込んだ男。手を吊るされ、梁に吊るされた男…その男の目の色は、既に前兆が現れていた。


「喚こうにも喚けねぇ。悲鳴をあげよってのに、あげらんねぇ。そう思っちゃいねぇか?え?」


 そう言って、千代は手にした刀を振るう。刃ではなく…その裏側、峰で男を薙ぎ払う様に叩きつけると、静まり返った部屋に鈍い殴打の音が鳴った。


「うっ!!……」


 刀が男を捉えるなり、男は顔を歪めて呻き声をあげる。だが、その声には先程までの威勢の良さを感じない。周囲の親衛隊達の顔色が怪訝なものに変わる中、千代はニヤリと笑みを浮かべて殴打した男の顎を指で突きあげた。


「喋れなくなるまで後少し。虚空記録帖を裏切った代償は…その体さ」


 抜け殻になりかけの男に、囁く様に話す千代。男の顔は恐怖一色に染まっていたが、それを上手く表に出せない様で、顔の半分は抜け殻の様な、生気を感じぬものに変わってきていた。


「どうする?先を見たけりゃ、吐くしか芽はねぇぜ?」


 そこに突きつけられる、千代の宣告。男は顔を真っ青に染め上げて、周囲に目を向ける。この男以外にも、吊るされた男は複数居たが…既にその者達は生気を感じない。千代は男の目線に合わせるようにそれぞれの男の頬を触って回ると、手にした刀で突如、男達を次々と斬り裂いていった。


「!!」「!!」「!!」


 辺りは一気に騒然となる。幾ら抜け殻になったといえど、斬り捨てられるのは人だ。上半身を吊るされたまま、上下に分離された体がざっと四体も並べば、その光景はそれなりのものを私達に与えてくれる。


「終わりじゃな。皆、もう帰って良いぞ…後はわっち達の仕事じゃ」


 凄惨な光景に慣れていない親衛隊。私は僅かにしくじったと思いつつ、気分を害した男衆を介抱して外に出してやる。


「あっ…あっ…」


 仲間が全て抜け殻になり…真っ二つにされても動じない様を見た仮面の男。最早叫び声はあげられず、ただただ何かを示そうと声をあげるも、声にならない。そんな様を見ながら、私は親衛隊を全て帰し終え…再び千代の方に顔を向けた時。


「お?吐く気になったか?」

「あ…え…ど…の……東海…外れ…そ……………………………………………………」


 男は遂に在り処を吐いた。だがそれは、男が完全に抜け殻になる寸前の出来事だったらしい。男は言葉を言い終わる事も出来ず、徐々にその顔色を失っていった。


「あーあ、間に合わなかったな。残念だ」


 それを見て、千代は嘲笑うような声色で男を煽る。男は僅かに震え、何かを伝えようと藻掻くが…もう遅い。その顔色からは完全に生気が抜け、目は虚空を示すかの如く色を失い、真っ黒に染まってしまっていた。


「だがまぁ、最後に貢献してくれた。感謝するぜ?」


 その様を見た私達。千代は下衆い笑みを浮かべたまま、ヒュッと手にした刀を振るう。男の胴体が真っ二つに裂かれた。


「アンタだけ無事ってのも、他の連中にとっちゃ不公平だものな」


 冗談っぽくそう言うと、刀を振るって血を飛ばし、男の着物で刀を拭く。そして、刀を鞘に収めた千代は、私の方を振り返ると、普段通りの気取った顔でこういった。


「さぁ、栄。仕事の時間だぜ」


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