其の六十六:下種と上種の分水嶺
千代の言葉にワッと沸き立つ屋台村。その瞬間、刀を持った者達が一斉に動き始めた。
「栄!後始末は任せたぜ!」
その先陣を切るのは、真っ白髪の鬼人…初瀬鬼人は体格差をものともせず、身の丈に合わぬ長い刀を思う存分に振り回す。一振りで男が真っ二つになり、二振りで宙に飛ばされた狐面が木端微塵に砕け散った。
「力で挑むなら歓迎してやらぁ!そら、どっちが正しいか確かめてみようじゃねぇか!」
火の付いた千代の勢いに、仮面の男達は僅かに怯むも、すぐさま体勢を立て直して剣を向けた。初瀬鬼人と知りつつも向かってくるあたり、連中もそれなりに手練を集めて動いていたらしい。真っ先に叩き切られた者以外は、周囲の情勢をよく見つつ千代や親衛隊の攻撃を躱しては剣を振るっている様だ。
「中々やるではないか…しかし、わっち程度を斬れると思ったか?」
私も少しながら加勢してやる。斬り伏せられ、蘇った男を背後から捕まえると、男の耳元で囁いた。
「生憎、花魁であった時より管理人生活の方が永いんじゃよ…」
そう囁きながら、懐から取り出した瓶を男の口へ突っ込む。中身は体を硬直させる薬。その液体を飲まされた男は、驚愕の表情で固まったまま、死ぬことも出来ずに地に伏せた。
「虚空人対策に…主らの対策で作った特製じゃ。たんと味わえ…して…おい!この男を捕らえて適当な場所に置いておけ!」
一人目をやった私は、近場で野次馬と化した親衛隊にそう告げ男を引き渡す。そして、千代が作った路の方に足を踏み出した。
「栄さん、丸腰は危ないですよ」
戦場に足を踏み入れた直後。私の横に守月様がやって来る。南町廻りの帰りだろうか。
「なんだ。見回りの帰りか?」
「えぇ。そこで、決起する様を見ていたのでなぁ…こんなことだろうと思ってたのさ」
「一人じゃ止めるに止められないか」
「あぁ。それに、今の俺にゃ敵わないヤツも一匹いたものでね」
守月様はそう言いながら、通りすがりに襲ってきた仮面の男を一人、あっという間に斬り捨てた。
「主が敵わぬとは、中々の使い手じゃな?」
私はそこで一度足を止めて、生き返った男に薬を飲ませる。そして、後のことを親衛隊に任せると、再び遠くに見える千代の後を追いかけた。
「初瀬さんなら、すぐだろうがな」
守月様の表情は僅かに渋い。だが、そんなことを気にする暇も無く次々に目の前には男達が立ちふさがっていた。一度は千代に斬り捨てられたであろう男達は、一度の敗北にもめげずに刀をこちらに向けてくる。
「あぁ、畜生。こざかしいな…雑魚は黙ってやがれ!」
私を護るように前に出た守月様は、あっという間に二人を斬り捨て…残った二人に睨みを効かせる。私も遅れを取ることなく、復活して目を開けた男達の口元に薬瓶を突っ込んだ。
「さぁさぁ、先に刀を抜いたのはテメェらだ。行く末は俺等に鼻で使われる奴隷だぜ?」
守月様はじりじりと後退していく男達にそう告げると、口角をあげて刀の構えを変えた。一瞬の牽制に男達の姿勢が乱れる。だが、守月様は動かない。理由は後退していく先にある…野次馬状態の親衛隊に紛れて、見慣れた顔が二つ見えたからだ。
「そうだなぁ…テメェは、どぶ攫いがお似合いだぜぇ?」
「君は…どうだろ、横の旦那よりは綺麗だから水屋とかかな。居そうなのは」
鶴松と螢だ。一人の男は首を持ち上げられた後に、顔が反対側へ回されて絶命し…もう一人の男は派手な銃声と共に頭を弾き飛ばした。
「派手な登場だな」
「真打は最後に出て来るのさ。なぁ?螢」
「そうそう。楽しさをちゃんと感じ取らないと。出遅れちゃうよ?」
「物騒な連中じゃな」
あっという間に出来た四人の屍。それらが再度動き出す頃には、私の薬が奴等の胃に流れて動かなくなる。周囲でも親衛隊にやられた仮面の男達が次々に捕らえられている様が見られた。
「にしても、初音太夫の宴を邪魔するとは…管理人の半数以上を敵に回したな」
「全くだねぇ…それに、さっき言ってたっけか。もう外に出た奴も居ると…?」
「あぁ。言っておったな。今は夜…どの入り口から出て行ったかを調べねば…こ奴等に構ってる時間は余り無いぞ?」
戦場のド真ん中での会話。疎らにしか見えなくなってきた仮面の男達。こいつ等は只の捨て駒と見て良いのだろうか。私は千代の方に顔を向けると、千代は一人の男と対峙している真っただ中だった。
「千代…!」
「ほっとけ、もう終わってる」
じりじりとした状況。私が声を漏らすと、守月様が足を踏み出しかけた私を止める。その刹那、目の前で千代と対峙していた男は膝から崩れ落ちていった。
「斬られた事も分からねぇだろうよ。ああなっても暫く立ち止まれてたんだから」
守月様の言葉。それは、目の前の光景を見れば明らかだ。膝から崩れ落ちた男…文字通り、体中をバラバラにして地面に崩れ落ちていった。
「……!!」
「流石は初瀬鬼人と言われるだけある。恐ろしいね」
驚く私に、飄々とした様子の守月様。久しぶりに見た千代の動きに呆気に取られた私だったが、目の前に崩れ落ちた体が集まりだすと、すぐに自分の動きをするために足を踏み出した。
「敵じゃ無くて良かったと、何度見ても思わされるの」
そう言って、生き返った男に薬を飲ませる私。その様を見ていた千代は、真剣な表情を崩さぬまま、私達の方に顔を向けるとこう声を張り上げた。
「さぁテメェ等!今日は寝かせねぇぞ!今から江戸廻りだ!捕らえた奴等から、奴らが江戸の何処へ出たか吐かせるんだ!どんな手を使っても構わねぇ!自白剤は栄が持ってる!早ぇうちに仕留めねぇと、この間以上に世が壊れちまうぜ!」




