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大江戸虚空記録帖  作者: 朝倉春彦
参:魔境街道
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其の六十五:善心と悪心の分水嶺

「ふぅ…流石に数週も歌うと疲れが出るのぅ」

「そう言いながら声量が変わらないのは流石っすね!」

「昔取った杵柄じゃな」


 屋台村での夜会も、既に始まってから数週間が経過していた。もう少しで一月だ。私はその間、ずっと親衛隊を集めて宴を盛り上げ…そして、時折出張ってくる裏切り者に睨みを効かせ続けた。


「じゃがな、流石にこれ以上は辛い。今日はもう仕舞いにしよう。酒をくれぬか?」

「はい!只今!」

「済まぬ…向こうじゃここまでやってもまだやれじゃからの。大変さが分かるだろう?」

「まぁ、確かに。花魁ともなれば…休む間も無かったでしょうに」

「まぁな。じゃからな、程々にサボる事を覚えるのも、腕の一つじゃったって…なんか年寄り臭いな…」


 果たしてその効果はどれ程か…私にはまだ体感が無いから分からない。だが、南町廻りに出ている守月様曰く、段々と焦りが見えるとの事だった。自らの思想を広げられぬ焦りか…それとも、最早歴史の中の一部と化した虚空人の一件が風化するのを恐れているのか、兎に角、奴等は焦っているのだという。


 私の方では、それを感じない。偶に見物に来る者は相変わらずで、私達の姿を恨めし気に見ては退散するだけ。その仕草を続けて幾週…宴は相変わらず盛り上がりを見せており、以前ここで開かれていた独演会はずっと開かれていない。


 街の噂に探りを入れても、最早奴等の裏切りは遠くの彼方。以前の様に、若手の管理人が引き寄せられていく等、聞かなくなっていた。


(代わりに増えたのは親衛隊…か。これもこれで…良い事と言えないがな…)


 私は僅かに苦笑いを浮かべつつ、渡された酒を持って喉を潤した。恐らく、この宴もそろそろ終わりを迎えるだろう。皆、何故私達が動いているか薄々と勘付いている様だ。悪い噂は消えていき、若手や中堅に虚空記録帖における暗黙の了解が広まってきている。


(暗黙の了解など…私は嫌いなんだがな。記録帖が言わぬのが悪いとも言えるが…)


 ひとまずの目的は達しただろうか…?手打ち出来ぬ事でも、少しやり方を変えて抑止する…守月様の案はそれなりに面倒だったが、まぁ終わってみれば悪くないと言えるだろう。私が酒を飲みつつ辺りを見回せば、そこには楽し気に語らう親衛隊の姿が見えた。


 親衛隊の中から、新たな関係を築く者も多い。私が担ぎ上げられているというのを除けば、この者達は良い者と言える。疑いを忘れずとも、越えてはいけぬ地点を弁えた…永く続けられる管理人だ。


 当然、親衛隊の中にだって抜け殻になった者もいるが…それは全管理人に待ち受ける定め…理由を聞けば罪は抜け殻にあるものだ。そうなりたくなければ襟を正して生きるのみだ。


「に、しても…この通り、美味いものを探せば終わりが見えないのが凄いの」

「ですねぇ…江戸や大阪で近頃聞く料理も増えてきまして…日に日に品数が増えてるんじゃないかと思っちまいますぜ」

「あながち間違いでも無さそうなのが怖いがな。ま、美味いものにありつけるうちは、それを存分に食らうが吉じゃ」


 夜も良い時間になってきた。酒も料理も、そろそろ終わりの時間帯。親衛隊達も、丁度良い間を見つけては、ポツポツと帰路に付く者も増えてきた。


「栄さん、明日もやるんで?」

「どうかのぅ。そろそろ、良い頃じゃないかと思っておるが…」


 終わりが見えた頃。私達の周囲も、既に解散が見えてきた。一部の者は酒に酔って寝ている始末。私は周囲を見回しながら、これからどうするかをボーっと考えだした。


「千代次第じゃな。さて…わっちも帰るか…それとも、もう少しブラつくかするか…」


 終わりの空気になれば、私達の退散は素早いものだった。その空気が全員に伝わり、それぞれが帰路に付く準備を始めた頃。


「うわぁぁぁぁ!!!!」


 何者かの叫び声が私達を現実に呼び戻す。振り向けば、屋台村の南側の方で、男の血飛沫が舞い散っていた。


「!!」「何だなんだ!」「人斬りだ!人斬りが出た!」「誰だ!」「知らねぇ!」


 あっという間にざわつく親衛隊。驚く私の傍に、ヒュッと人影が現れる。


「千代!これは何だ?」

「動き出したか…焦れてにっちもさっちもいかなくなりやがったぜ?」

「なるほどな。焦れて黙れば…まだ未来があったものを…」


 すぐに状況を把握した千代。悲鳴は次々に上り、それは徐々に私達の方へと近づいていた。見やれば、狐の面を被った黒ずくめの男達数名が、あっという間に酔いつぶれた親衛隊を斬り捨てこちらに向かってきている。


「おうおうおうおう!!ここ迄だ!」「鎮まれぃ!さっさと出ていけ!」


 男達の数…ざっと見ても十を超えるか。親衛隊の中で戦える者達は皆、それを見るなり抜刀し、男達を取り囲んだ。


「初瀬八千代!花戸栄!もうテメェらの好き勝手にはさせねぇぜ!この宴も今日までだ!」

「明日からは我ら自由の使者が取り仕切る!俗物の考えに染まったテメェらの根性、叩きなおしてやる!」


 男達は親衛隊の殺気にもめげず、堂々とそう言い放つと、手近に居た親衛隊を一人、あっという間に斬り伏せた。どうやら腕に覚えがあるらしい。


「随分大層な考えを持ってる様だなぁ。感心するぜ」


 千代は剣を抜かずに男達に言い返す。


「だが、その正義。虚空記録帖がどう思うかな?」

「あのような本の言いなりに等ならぬ!見せかけの未来を目指すテメェ等の様な操り人形はこの先に置いて一切不要!我らが求めるのは真に自立した者のみだ!」


 千代の煽りに乗った男がそう喚くと、周囲を見回してこう宣言した。


「我等自由の使者は、虚空記録帖に囚われた者達を救って見せる!一度枷から離れたハズの管理人共!まだ、お前達は記録帖に囚われたままだ!江戸があのまま続けば、この先…あの国は滅びるぞ!それでもいいのか!」


 男達の叫びは、私達に届かない。気持ちは分かっても、それを動きにしちゃダメだ。その分水嶺はとっくにわきまえてるのさ。


「おい!貴様ら!この年増花魁に何を唆された!目を覚ませ!もう時間が無いんだぜ!」

「そうだそうだ!とっくに江戸へ立たせた仲間も居る!管理人が全員立ち上がれば、すぐにでも理想の国が出来る!それをせずに一月も酒に酔って宴なんざやりやがって何をしてるんだ!」


 異様な空気の中。男達の叫び声がこだました。私達はそれに何も答えることなく、ただ黙って男達が動くのを待ち構える。


「……このっ…テメェ等癌風情が!!」


 余りの静けさに、焦れたのは男達の方だった。私を目掛けて振るわれた一閃。その太刀筋は、私の体を捉える事は無く、闇夜に金色の火花を散らして弾かれる。真横で抜くのを待ち構えていた千代が、手にした刀を構え、狂笑とも取れる笑みを顔に貼り付けると、この場にいる全員目掛けてこう叫んだ。


「これで暴れる理由が出来たってもんだ!良いか!狐面を剥いでも止まるな!今夜、徹底的に叩き潰せ!」


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