其の六十三:外堀と内堀の分水嶺
「そうかぁ、よくやったぜ鶴松。螢。ひとまずこれで気が楽になるってもんよ」
屋台村での宴から一夜明け、昼に再び集まった私達。近所の食堂の一角に集結した私達にもたらされたのは、鶴松と螢の《《戦果》》の報せだった。
「まぁ、悪目立ちしてる自覚がねぇんじゃな。すごすごと帰る寂しい背中を追うだけよ」
「ただの夜散歩だったよね。鶴ちゃんと男二人ってのが残念だったけど」
「何を言いやがるんだこのガキがよぉ…良い散歩だったじゃねぇか」
「くくく…確かに、いい夜だった」
席の向かい側で得意気な様子の二人。朝から酒を呑むのも頷ける。二人は見事に、仮面の男達の《《棲み処》》を特定してきたのだ。だからといって…そこをどうするかはまた別の問題だが…とりあえずの前進。今はそういった事でも、大分気持ちが落ち着くものさ。
「この辺じゃ見かけねぇ奴等だったもので、近くはねぇと思ったが…結構遠いんだな」
「お千代さん。それなぁ、オレ等も驚いたのよ、そっちにも家が並んでるたぁなってよ。な?螢?」
「そうそう。ボクが知ってるのは、あの辺が只の草地というか、平野だった時だからね」
仮面の男達の棲み処…そこは、私達の記憶上では《《何も無い》》場所だった。だが、思った以上に時代は移ろっているらしい。何も無いと思っていた場所には、管理人の集落が出来ており、そこには歴の浅い管理人が集まっているのだとか。
中心街を《《比良の国のド真ん中》》とすると…南東にずっと行った所にあるのだという。私達の棲み処は中心街から見て北の方。だから、私達からすれば滅多にいかない場所だ。
「屋台通りで集会を開くのも納得だぜ。家から近ぇんだものよ。昨日、ワタシが〆たヤツもそっち側の人間だろうな」
「じゃろうな。しかし、処理するなら、面倒だのぅ…家から遠いし。して、奴等の集落、そこでは《《独演会》》は開かれておらぬのか?」
「どうだかなぁ…螢とグルッと回って来たが、んな風には見えなかったぜ」
「そうそう。この近辺みたく店屋が並ぶ街みたいな感じでも無いし。ホントに寝泊りするだけの家が並んでる感じ」
「ほぅ…」
鶴松と螢の報告に、頷いてばかりの私達。二人がいう集落までは…確かに中心街の南側出口からそんなに歩かずとも辿り着ける場所の様に聞こえる。だからだろうか、この辺りの様に、小さな繁華街が無いのは。
私は話に妙な納得感を覚えつつ、それでも、話は何一つ解決していないことを僅かに気に病んでいた。今回二人がやったことといえば、棲み処を暴くだけ…それで気を落ち着かせても…まぁ、落ち着きはするのだが、今回の問題は何一つ進んでいないのだ。
「して、千代。これからどうする?棲み処が分かった。面子も割れた。そして、親衛隊伝手に聞き回った所感でイイなら、わっち達に《《大義》》がある。動けない訳ではないぞ?」
棲み処談義もそこそこに、私は千代にそう尋ねる。とりあえず、今日、今すぐ動くとは言わないだろうが…この先《《あの問題児》》をどうするか。それを考えておかねば、なぁなぁで終わりそうな気がした。
「焦んなよ栄。どうせ、手は出せねぇって分かり切ってるじゃねぇの」
「まぁ…そうじゃがのぅ。それでも、どうせわっち達が動く羽目になりそうじゃないか」
「まぁな。だが、現実は現実。今は動けねぇ。連中に睨みを効かせる程度か…」
千代はそう言いながら、千代の隣で黙々と飯を食っている守月様を突く。突然の《《及ぼ出し》》…守月様は僅かに喉を詰まらせたような素振りと共にジロッと千代を睨んだが、すぐに呆れ顔を浮かべて首を捻った。
「公彦。睨みを効かせるならお前さんが最適だな」
「なんだ急に。俺はもう同心じゃねぇんだぜ」
「都合のいい時だけ同心じゃねぇって言いやがって。今回の《《事》》にゃ公彦が打ってつけなんだぜ?」
千代の言葉を受けて、さらに怪訝な顔を浮かべる守月様。私の見ている前で、千代は小さく笑うと、守月様の背中をパンと叩いた。
「お前さん、ワタシ達と居るせいで少し老けた気がするがな。まだ一年程度の若造だろ?」
「あぁ」
「今回の相手は、一部の《《中堅》》を除けば、皆数年程度の若造管理人が相手なんだぜ。それも江戸に居た連中ばかりのな」
そこまで言って、ようやく守月様は腑に落ちた顔を見せる。
「なるほど。俺の威光が効く訳か」
「あぁ。江戸の人間、八丁堀にゃ頭が上がらねぇだろ?ワタシ見てぇなのが出るよりもよっぽど効くはずだ」
「なるほど、なるほど…任せられたぜ。これ食ったら、《《南町》》を回って来るさ」
どこか楽し気な守月様。なんだかんだ、《《八丁堀同心》》というのは誇りに思っていたのだろう。私はその様子を見ながらクスッと笑うと、守月様は僅かに気恥ずかしい風に目を背けた。
「ここに来て、まさか《《前職》》が効くとはのぅ」
「《《珍しい》》からな。役人の管理人なんてよ。有効活用出来るうちは、有効活用しなきゃなぁ?栄、お前さんもだぜ?」
「むぅ?」
守月様への《《指示だし》》が終われば、次は私らしい。千代は隣にいた私にグイっと目を向けると、弄る様な笑みを浮かべた。
「《《昨日の歌》》、ヤケに好評だったらしいじゃねぇか。え?」
その一言で、千代が私に求める事を理解してしまう。私は僅かにゾッとして千代から距離を取ると、千代は私の肩を掴んだ。
「なぁ、鶴松。螢。千代の歌声、聴きそびれちまったからよ、聴きたかぁねぇか?」
その言葉と共に、目の前の二人がピタリと止まる。そう…昨日の私は、その前の私が仕掛けた《《罠に自ら嵌り》》…そのせいで色々と出し物を披露する羽目になったのだ。千代の言葉に、二人は顔を見合わせた後、私の方を見ていい笑顔を浮かべこういった。
「「聴きてぇ!!」」
私はそれを聞くなり、背筋を軽く凍らせる。今回、何か動くのであれば…私の役目はいつも通り《《毒の調達》》程度かと思っていた。だが、まさか…《《陽動役》》だとは思わなんだ。私はカクカクと千代の方に顔を動かすと、半笑いで首を傾げて見せる。すると千代は、懐から何かを…見覚えのある瓶を取り出しながらこういった。
「栄から既に《《使えるモンは貰ってる》》からよ。必要になるまで、暫く定期的にあの宴を開いてくれや。な?必要経費はワタシ持ちでいいからよ、戦場に立つよりかは、楽だぜ?」




