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大江戸虚空記録帖  作者: 朝倉春彦
参:魔境街道
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其の六十二:秩序と混沌の分水嶺

「栄さん、これって…」

「場所のみじゃ。わっちが謀ったのはな」


 楽しいはずの宴会を襲った突然の騒ぎ。千代の一閃に親衛隊一同はゾッと震えあがり、悲鳴もあちらこちらで上がったが、すぐに千代の一言で場が収められた。


「テメェ等!喚くんじゃねぇ!コイツぁな、虚空人に憧れた哀れな管理人よ!」


 千代の声が、静まり返った屋台村に響き渡る。その様子を、私は揚げたての天ぷらを食しながら見回した。唖然とする親衛隊…徐々に自分に関係ないと分かると、皆元の喧騒を戻していく。


「さぁ…ワタシは裏切り者とお喋りだ。悪かったな、邪魔しちまってよぉ!」


 千代は両腕を切り落とされた男の首根っこを掴むと、狭い路へと男を連れ込んだ。その様子を見送って…この喧嘩騒ぎは一件落着。の、ハズだったが、私は見回した景色の中に、明らかに狼狽えた影を幾つか見つけた。


「ほぅ…これは、これは」


 この屋台村通りは通り抜け自由なのだ。私達が貸切ったような…占拠した様な今でも、通りは通りに過ぎない。私はそいつ等を刺激せぬように元の方へ向き直ると、いつの間にか皿に増えていた天ぷらを箸で掴んで口へ運ぶ…


 とりあえず…今宵の目標は達成したも同然なのだ。後はこの宴会を乗り切るだけ。唖然としていた連中も、私達の団結力を見て諦めたのか、そそくさと小走りで走り去っていった。


「栄さん、何なんです?奴等は」

「千代のいう通りじゃ。虚空人に成りたがってる者じゃよ。最近多くなってきたらしい」

「そんな奴らが…」

「なんじゃ、その噂を知らぬのか?」

「オラは特に…おい!あの連中に覚えがあるやつ居るかぁ?」


 全ての問題が立ち去って平穏を取り戻した時。不意に始まった雑談から、何か新しい情報が得られるかもしれない。私の隣に座った若い管理人が親衛隊に声をかけると、私の傍に数十名の男女がドッと押しかけてきた。


「栄さん!アイツらの事なら聞いた事がありますぜ!最近、この辺を根城にしてる連中だ」

「元は江戸のゴロツキだって聞きますよ。アコギな商売をしていた連中だと…」

「何故管理人になれたのかと疑う者も出てますねぇ…人手不足といやぁ、そうでしょうが」


 集まった男女はそう口々に言うと、徐々にあの者達の素性を教えてくれる。


「あっしなんてこの前、連中に誘われやしたぜ!幕府を打倒しねぇかって」

「あ、俺も俺も。何処に居るか分からねぇよな」

「そうそう。アタイも家の近くの風呂屋で話しかけられた!」


 どうやら話を聞く限り、あの連中の布教活動は中々に熱心な様だ。草の根活動が盛んなのは、後々に効いてくるというのを知っている者でなければ出来まい。


「でもさ、アタイには栄さんが居るから断ってやったさ!」

「あ、同じだ」「だよな!」「流石同士だ!」「俺も俺も!」

「……(それもそれで、どうかと思うぞ…?複雑じゃな…)」


 親衛隊が入らなかった理由を聞いて、私は僅かに苦笑いを浮かべた。聞かなくとも分かる…分かりたくないが、分かる事だが…こう、直に聞くと複雑な心境だ。


「すると…それなりに勧誘はあるんじゃな?」

「へい!ただ、その…栄さん、怒らないでくれます?」

「何にじゃ。あぁ、年の事をいう気か?」

「へぃ…その、歴の長い管理人の近くには絶対に寄らぬ様徹底している様ですから…」


 男の言葉、周囲の親衛隊たちは皆、「あっ」と言いたげな顔を浮かべた。確かに年の話題は御法度だが…こんな真面目な時まで目くじらを立てるまい。私はそれを聞いて笑い飛ばすと、机に乗っていた猪口をとって中身を一気に飲み干した。


「んっ…そうかそうか…ならば奴等の頭は…歴が中途半端に長いんじゃな」


 そう言ってニヤリと笑みを浮かべる。その辺りは、千代か鶴松、螢辺りが探ってくれる事だろう。それか…今日は役を任せず、その辺をほっつき歩かせている守月様が勧誘されるやもしれない。


「まぁ、話は色々あるが…主らが引き込まれてなくて安心じゃな。じゃが、わっちに何時までも靡くでないぞ?もう花魁じゃないからの」

「それはそれは!初音太夫といえば未だに江戸で語り継がれる花魁じゃないですか!その人に使われるなら、そんなに名誉な事はありません!」

「そうだ!」「あぁ!」「良く言った!」


 このやり取り、いつもの事だ。私は親衛隊達の熱を感じて僅かに背筋を伸ばすと、少々バツが悪い顔を浮かべる。


「こういう風に、何かに付けて都合よく使われるんじゃぞ?わっちが言うのもなんじゃが」

「それでこそ!じゃないですか…それに、俺達を危険な目に遭わせまいとしてるでしょう」

「そうですよ!今日だって、初瀬さんがちゃんと付いていてくれてましたし」

「そうじゃが…」


 私は周囲を見回しながら、次の言葉に窮していた。何度もやった問答。負けるのは何時だって私の方。慕われるのに悪い気はしなかったが、過去の様に、金が絡む慕われ方に慣れ切ったせいで、こういうのはどうにも性に合わないのだ。


「悪女に成り切れないのが可愛いって誰か言ってたな」

「お前さん!それ!目の前で言っちゃダメでしょ!」

「あっいけね!…でも、ホント何ですよ?栄さんの全てに惹かれた者どもの集まりなんですからね!」

「……」


 酔いが回った親衛隊。そう言えば、久しぶりに集合させたが…そのせいか妙に口が軽いような…?そう思った刹那、私の背筋に何かが流れた様な気がした。


「あっ……」


 そして気付いてしまう。今回占拠した場所…そこには昨日私が薬を撒いた屋台も含まれていた。


「…………」


 薬は薄めたと言え、まだ薄まり切っていないのもあるだろう。通りで全員が全員口が軽く無いわけだ。私は僅かながらの罪悪感と情けなさに、交互に打ちひしがれた。


「のぅ…お主ら、何じゃろうな。今日は色々と聞かせて貰えて何よりじゃ」


 私は脳裏に申し訳なさを感じつつ、それを表に出さぬように努めた。この罪深さは、すぐに償っておかねば後に引きずる…私は自分の迂闊さを呪いつつ、周りの者達を見回すと、こう言った。


「ちょっとばかりの礼じゃ。何か出し物でもしてやろう…何か、ないか?ココで出来る事なら、何でも言ってくれ!」


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