表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大江戸虚空記録帖  作者: 朝倉春彦
参:魔境街道
61/150

其の六十一:俗歌と雅歌の分水嶺

「さぁ、お前達!!少々遅れて済まなかったなぁ!!この間の礼だ!今宵は好きに食って飲むが良い!わっちに出来る事なら…その、出来る限りの事はしてやろう!良いか!」


 私の掛け声を聞いて、目の前の男達がワッと盛り上がった。男に交じって一部の女まで…似た様に声を上げて手を上げる。守月様の提案に乗った私達…その実行役となったのは、私だった。


「姐さんどうしたんですかぃ!?急にこんな宴会開いちまって」

「何、他意は無いぞ。ただ、この間の礼を出来ておらんかったなと思ってな」

「あぁ!ワタシが千代を突いたんだ。悪女ぶらねぇで親衛隊の恩義に報いることも覚えろってなぁ!」


 舞台は昨日の屋台村…それも、昨日と同じ天ぷら屋の周辺だ。勢いだけで決めた急な宴会にもかかわらず、私の親衛隊に声をかければあっという間に話が広まり、昨日の独演会が可愛く思えるほどの人数が集まった。


「そっかぁ…ありがてぇな!ま、冷てぇのが好きだっていうのも居るからよ。初音太夫の無理がねぇようにな」

「すまぬのぅ。気を使わせて」

「なに、初音太夫がまた何か企んでるってなぁ全員知ってんだ。釣られてやった連中は太夫に付いてくと決めた精鋭ばかりだぜ!」

「あはははは…」


 酒の入ったお猪口を片手に叫ぶ親衛隊に、私は苦笑いを返す。そして、それとなく辺りを見回してみれば、昨日人混みを作っていた仮面の男達が、私達の方を見ながら呆然と立ち尽くしているのが見えた。


 今宵の目的は幾つかあるが…まずは、道行く人々の気を、奴等に引かせない事。それは今の所成功を納めているらしい。そして、もう一つの目的が上手くいくかは、呆然と立ち尽くした男達に掛っていた。


「初音太夫!お体に異常はありませんか!?…その、この間の一件、中々帰りが遅かったのは虚空人の毒に充てられたと聞きまして…」

「おぉ、大丈夫じゃよ。この通りな。この間は助かった。ほら、好きな物を食って好きな物を飲みなさい。この屋台村、お主程若いと、まだありつけぬものも多いじゃろ?」

「はい!オラ達の様な者は大喜びです!ずっと付いていきますからね!」

「ははは…それは頼もしいのぅ」


 偶像になるというのは、慣れているが…久々にやってみるとやはり色々疲れるものだ。私は薄い酒を手にしながら集まりをあちこち練り歩き、親衛隊に声をかけては色々と話を交わしてゆく。


 その合間合間で、仮面の男たちの方をみやり…奴らが何も出来ない事を確認しつつ、私はその上をチラリと見やった。屋台村に並ぶ建物の上に陣取るのは、鶴松と螢だ。男達が諦めて去れば…そこからは二人の手腕次第。私はクスッと笑みを浮かべ、二人にそれとない合図を送ると、二人はニヤリと笑ってお道化て見せた。


(ここまでは完璧…か?)


 一通り親衛隊の所を回り終えた。私は昨日も座っていた天ぷら屋の前に腰かけると、昨日も食べた天ぷらを注文してその場に居座る。道行く人々も、昨日までの独演会を期待してきたであろう人々も、これ程に大きな宴会が開かれている様を見て驚き、そしてそそくさと立ち去っていった。


(すまぬな…今日はわっち達が使わせてもらうぞ?)


 今、この屋台村は私達が支配している。それを仮面の男達も感じ取ったのだろう。二、三言葉を交わした後、踵を返して路地の奥へと消えていく。そして、その上にいる鶴松と螢も同じように動き出した。


(さて…ひとまず仕事も終わりか)


 昨日まで、この屋台村を根城にしていたであろう奴等が消えたのを確認すると、私はようやく酒に口を付けた。若干温くなった酒…僅かに顔を顰めつつ、目の前で天ぷらを揚げていた抜け殻に言って替わりを貰う。


「栄さん、この店は何を出してるんで?」

「あぁ、天ぷらというのを、知らぬか?」

「天ぷら!?知ってますよ!最近、偶に江戸で見るんだ!…けど、何か違うような…」

「そうらしい。どこぞの八丁堀同心も似た様な事を言っておった。上物なんじゃないか?」

「はぁ~…隣、良いですか?」

「構わん構わん、好きにすればいい」

「よっしゃ!」


 まだ若い管理人の様だ。私を見て僅かに顔を赤らめ…どこか初々しい様が可愛く思える。私は隣を許し、私の更に出された出来立ての天ぷらを見ると、その表情は唖然として言葉も出ないといった風に様変わりした。


「これが…天ぷら…」

「あぁ。わっちも知らなかったんじゃがな。昨日初めて来た時に見つけてのぅ」


 昨日の出来事を話した直後。背後を通りかかった通行人がピクリと反応を見せる。


「ちょっと待てぃ!!そこの!!…初音太夫は昨日ここに居なかったはずだぜ?」


 宴会の中。急にそう叫んだ男は、当然周囲からの視線を一身に受ける。男は辺りを見回して僅かに顔を歪めたが、すぐに私の方を見てこう続けた。


「テメェは今日、初めてここで見かけたんだ!そこの若造!男をたぶらかす口上に乗せられてんじゃねぇ!」

「お言葉じゃな…お主もわっちから見れば小童同然じゃろうて。この通りが屋台に埋もれる前から知っておるんじゃぞ?」

「う…煩い黙れ年増女!テメェ見てぇな貴族風情がこんな場所で宴会開きやがって!こっちの都合も考えれってんだ!」

「ほぅ…?」


 ピクっと反応せざる言葉を吐いて喚く男。どうやら、仮面の男達の駒の様だ。昨日の記憶を呼び出せば、この男…目立たぬ成りをしていたようだが、確か人混みに目を光らせていた男だったはず。


「比良の国はみな平等じゃぞ?常日頃から…私物化している様な言い草ではないか。それに…お主、今、わっちに何と申した?」


 ピキピキと青筋を立てつつ凄むと、隣に座っていた若い男の顔が青くなった。だが、言っている相手はそ奴じゃない…目の前で、引くに引けなくなった馬鹿男だ。


「このっ…」


 辺りを見回し、味方が居ないことに気付き…退路はとうに親衛隊に塞がれている。男は不味った事を理解している様だが…そこで首を垂れる真似はしなさそうだ。


「畜生が!!年増花魁風情に、俺達の邪魔をされてたまるかってんだ!」


 その叫び声と共に、懐から短刀を抜き出し飛び掛かってくる男。

 刹那、湧き上がる悲鳴…私はそれを聞きながら、男の哀れさに同情した。

 これだけの敵が居る中で、ヤケを起こすとどうなるか…

 それは、飛び掛かって来た男の両腕を、真上から斬り裂いた女が教えてくれるだろうさ。


「女を敵に回すと碌な事にならねぇぞ?…なぁ?坊や…チト、ワタシの酒に付き合えや」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ