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大江戸虚空記録帖  作者: 朝倉春彦
参:魔境街道
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其の五十六:酔狂と凡庸の分水嶺

「この奇怪なる本は、我等から意思を奪い取ってしまった!この本のせいで、この国は幾年もの間先へ進むことが出来なくなったのだ!」


 始まった演説…というより只の思考拡散会。私と守月様は、それをやや冷ややかな目で眺めつつ、裁くべき人間を見定めていた。


「この本は、現在過去未来全てを記録していると言う!だが!それは嘘なのだ!未来はどんな者にも見通すことは出来ない!飽くまで現在過去の積み重ねから逆算された偽りなのだ!そんなモノの為に、そんなモノが生み出した未来を確定させるために、諸君らは奉仕を求められている!おかしいと思わないのか!」


 狐面の男は、声を張り上げ集まった人々に問いかける。それを聞いている人々の反応はまちまち。ピンと来ていない様子の者から、強く頷く者まで多種多様だ。私はその中で数名、肯定的な煽りを見せている男に目を合わせた。こいつ等が敵か味方か見定める必要がある。


「ここに居るものの未来は、既にあやふやだ!見ろ!通りを行く抜け殻とやらを!我々はこの本に選ばれた者!!だが、その末路はああなるに過ぎない!!永遠の命?不老不死など…まやかしだ!!我々は一夜の夢を見ているに過ぎないのだ!」


 狐面の男の絶叫。この屋台村通りを突き抜けるには十分すぎる声量だ。こんな声量を持つ者は、顔見知りには居なかった。というより、管理人の中でも随一ではないのだろうか?


 私は守月様の方をチラリと見やる。守月様もまた、数名見繕っている様子だった。僅かに腰の方へ手を動かし、忍ばせた脇差に触れるかどうかの所で止まっている。私はそれを見てニヤリと笑うと、再び演説に耳を傾けた。


「こうなったのも何かの縁。夢に乗じて、我らは江戸を…この国を虚空記録帖に囚われた幻から救い出す!再び各々が見果てぬ未来を夢見る権利を得る事を求め、我々は立ち上がる!今の偽りの泰平を打倒し、強く豊かな国を作るのだ!」


 耳障りの良い…それでいて、甘美な未来を掴もうと告げられる声。私はニヤリとした口元を僅かに引き締めると、隣の守月様をちょいと突く。


「どう思う?」

「ここで虚空人の事を言ったら吊るされそうだぜ」

「あぁ。都合のいい事実だけ並べやがってのぅ…」

「宗教家なんてそんなもんよ。だが厄介だ」

「何がじゃ?」

「奴等の目的は、金なんてチャチなモンじゃねぇ。だからこそ、結束が固いんだ」


 守月様はそう言うと、椅子からヒョイと飛び降りる。私も椅子から降りると、私達はどちらからともなく通りの隅に身を避けた。


「あぁ、そういうことか…終わりが無いのじゃな?」


 守月様の言葉の意図を察した私。そう言うと、守月様はコクリと頷く。


「思想だけで動く連中程厄介なモンは居ねぇぜ。抑止が出来ねぇ」

「そうじゃのぅ…まぁ、数名…挙げられていた名前と思しき者の面は拝めた分だけ良しとしよう」


 私がそう言うと、守月様は再び人混みの方に顔を向け、そしてゆっくり頷いた。どうやら互いに目的は達せたらしい。


「ココの連中全部がアレって訳じゃなさそうだな」

「あぁ。じゃが、急がねば多数派になりかねん」

「噂も回るわけだぜ」


 言葉を交わしつつ、帰路につく。人混みを避けつつ来た道に戻り始めた。背後からは未だに止まらぬ演説の声…私達はそれを一度振り返って眺めると、どちらからともなく溜息をつく。


「俺ァ初心者だが、ああいうの、偶にあんのか?」

「いやぁ、初めてじゃ。虚空人の事も、わっち達の周囲位でしか受け持ってなかった位じゃからの」

「なるほど。それがこの間の騒ぎで広まって…すぐコレか」

「思うところがあったんじゃろうな。記録帖に」

「で?長いものに巻かれないと息まいてるってか?いい度胸してやがる。栄さんに抜け殻の裏を聞いておいて良かったぜ」

「じゃろ?」

「あぁ、奴等からすりゃ革命の良き犠牲者だがな」


 通りを行きながら、小さな言葉で会話を交わす。この通り、今後もちょいちょい来て見回った方が良さそうだ。何処に何が居るか分かった物ではない。


 久しぶりに来てみた時には、相も変わらず趣ある良い場所だと思っていたのだが…こうも見てしまっては印象が変わるというもの。私はそれに若干の哀しさと寂しさを覚えつつ、それを表に出さぬように努めて足を進めていった。


「帰ったら筆仕事じゃの」

「あぁ。この辺でやりてぇ位だぜ」

「明かりがあるからか」

「あぁ。ありゃいいのによ、作業場みたいなの」


 来る時と違い、軽口を交わせる様になった私達。これまでも何度か組むことがあったが…毎回こんな感じだ。この男、毎回最初の方は無口なのだが、段々と慣れてくれば、多少口が回る様になってくる。


「また来ることになるだろうなぁ」


 行き交う人とすれ違いつつ、屋台村を抜けようとしていた私達。その行く先に、私達をジッと睨み仁王立ちしている狐面の男達がいた。


「…?」「…任せろ」


 演説している男達と全く同じ格好をしている男達。私達は歩測を緩め、怪訝な顔を浮かべた。


「待ちな」


 そしてついに足止めを食らう。私達は大人しく足を止め、連中の方に目を向ける。


「何だい」

「手前等、見かけねぇ面だ。成り立ての管理人か?」


 そう尋ねてくる男。私達…いや、私の正体に気付いていないらしい。私が答えようとすると、守月様はそれを遮り答えた。


「あぁ、ついこの間な。歓迎にしちゃ血の気が多そうだが、何かあったのか?」


 どこか喧嘩を売ってそうな一言。見れば、守月様の臨戦態勢はバッチリ整っていた。


「そこで話を聞いてたろう?忠告だ。その話、記録帖に書いたりするなよ?」

「ほぅ…書いたらどうなるんだ?」

「お前が消える。謀反の罪で抜け殻になっちまう。親切のために言ってるんだ。新参風情が、話は聞くもんだぜ?」


 男の忠告。私達はそんな見え透いた嘘を聞いて、思わず顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。


「そうか…」


 守月様は納得したように言いつつ私の方をチラリと見やる。「やっていいか?」と目で聞かれれば、「よし、行け」と答えるしか無いだろう。どうやら調査しなければならないことは、まだまだ沢山あるらしい。


「一度買って取り寄せちまった喧嘩だものなぁ…しゃぁねぇか」


 話を聞いて飄々としていた様子の守月様が、ボソボソと呟きながら男に歩み寄っていく。そこから目の前で繰り広げられた光景は、電光石火の早業だった。


 黒い着物を着ていた男が腰に差していた打刀が、一瞬の内に抜き取られ、男が反応する間も無く斬り倒される。


「なっ…!!」


 場が鎮まり返り、沸騰する刹那。守月様は私の手を引き、今までにない声量で叫んだ。


「さぁ鬼ごっこだ!消えてぇ奴だけ掛って来な!」


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