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大江戸虚空記録帖  作者: 朝倉春彦
参:魔境街道
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其の五十五:素面と酩酊の分水嶺

 向こうじゃ将軍家位しか食べられないのではないか?と思えるほどに良質な天ぷらに舌鼓を打ち、それに合わせて、いつも以上に白く輝いて見える米が進む進む…そんな夜。屋台村での思わぬ発見に本来の目的を一瞬忘れかけたが、周囲の状況がソレを思い出させてくれた。


「なるほど、これは噂になるわけじゃの」


 一度箸を置いて一休み。周囲を見渡しながらそう言うと、隣で一心不乱に食べ進めていた守月の動きが止まる。そして周囲をチロチロと見回すと、僅かに目を細めて頷いた。


「ほぉ…素の格好で来ても目立たなかったぜコイツぁよぉ」


 そう言ってニヤリと笑みを浮かべると、更に周囲を見回し、やがて何かに目を付ける。守月様は私の腕をちょいと突いて注意を引くと、集まった人々に埋もれた屋台を指さして見せた。


「あの屋台に仕掛らんねぇかな」

「ほぅ…確かに、打ってつけじゃの」


 集まった人に埋もれた屋台。よく見れば、店を切り盛りしている抜け殻はまだ僅かに自我が表に出せる様だ。表に出せるだけで、言葉には出来ぬだろうが…辺りに集まった人々を見て、僅かに悲し気な表情を浮かべている。


「ちょいと、動いてくるか…」


 私はそれを見て僅かに胸が痛むが、所詮は自業自得。気持ちをすぐに切り替えると、座っていた椅子からヒョイと降りて、人混みの中へと紛れて行った。


「……」


 屋台村通りの中心…各地へ繋がる道の集合地点。そこに集う人々は、何かが始まろうとしている熱気に充てられ、皆、雰囲気に酔っている様に見えた。


 私はそんな人の波に逆らい、波の中へ中へと進んでいく。目指すは集合地点の一角…溜まり場となっていた屋台。人の多さに若干怯えているように見える抜け殻が切り盛りする、何てことの無い蕎麦屋だ。


(千代と来ていれば、こっちだったな。酷い目に遭う所だった)


 私はそんなことを考えつつ、辺りの人々を観察しながら、屋台の裏手に回っていく。この人混み…ここまで人が集まるのなら、主犯と呼べる者の姿があるはずだが…中に紛れ込んでも、その姿はどの人物か特定できなかった。


(人混みが人混みを呼ぶ…か。ならば、面倒だな)


 私はその様子を見回しつつ、徐に懐へと手を伸ばす。目当ては薬瓶。それを掴み、蓋を開け、素知らぬふりをして麺を洗う水の中や、飲み水の入った桶の中に紛れ込ませた。混ぜる必要は無い…薬は無味無臭…入れた段階で効果が期待できる。


(…抜け殻の奴だけか、好き勝手してた罰だ。悪く思うなよ)


 私の行為に気付いたのは、屋台を切り盛りする抜け殻だけ。だが、連中には自主性というものが備わっていない。ただ、見ているだけ…その目に僅かに残っているであろう自我の中で何を喚いているのかは…想像する必要も無いだろう。


 私は抜け殻にお道化て見せると、私はそそくさと人波をかき分けて守月様の隣へ戻っていく。さっきまで座っていた席に座り、何食わぬ顔で箸を持ち、残りの天ぷらに手を付ける。


「ここに出てるので最後じゃ。何処に繋がるか分からぬからの」

「…どんだけ強い薬なんだよ」

「多少な。ま、大量の水で混ぜれば混ぜる程に弱くなる。効果も一番強くて1日程度…酷い事にはならんじゃろうて」


 そう言いつつ、残った天ぷらを平らげて…残りの白米を食べつくした。少々、体型維持の敵となりそうな量だったが…美味さには敵わない。私は明日迄の断食を心に決めつつお茶を喉に流し込むと、クルリと回って更に多くなった人混みの方に目を向けた。


「そうだ。まだ、酒は飲むなよ?酔っ払いの言葉は響かぬからな?」

「分かってらぁ。帰ってからにするよ」

「それもダメじゃ。書き記してからなら許してやる」

「チッ…しゃぁねぇか」


 守月様はそう言いつつ、どこか人混みの行く末に興味津々の様子。私も似た様なものだが…人混みは更に人の数を増していき、人が人を呼び…何だなんだと声が上がるようになって来た。


 これで何も起こらなければ、私達はとんだ徒労に終わるだろう。この様を書いたところで、記録帖に書き様が無い。誰それが反乱を企てていたからと言って書いたところで、只の雑談だと取られて終わるだろうさ。私達にだって、黒く洒落にならない冗談を言う権利くらいあるのだから。


「おっと、おいでなすったんじゃねぇか?」


 不意に、守月様が声をあげた。指した方を見やれば、狐面で顔を隠した男達が三名現れ人をかき分け進んでいく。服装は、皆一様に黒い着物黒い羽織…誰かを悟らせないようにする為だろう。私が肩を竦めて見せると、守月様も似た様な反応をして見せた。


「堂々としねぇ野郎だな」

「あぁ。どうする?」

「何を吐くか聞いてからだな」


 人混みの、一つ外側にある屋台で聞き耳を立てる私達。周囲の管理人達も、概ね似た様なものだった。人混みを成しているのは、恐らく若いか中堅程度の管理人だろう。その外側に居るのは、昔から見るような顔ばかりだった。…当然、例外はあるが、概ねそんなもの。


 私と守月様は、静まり返った人混みの中心に狐面の男が移動していく様を黙って見つめていた。三人の男…背格好に特徴は無い。どいつもこいつも平均的な成りをしている。ともあれば、誰かを特定するために必要なのは声色だけ。私はそいつらの声を覚えようと気を引き締めた。


「鎮まれぃ!」「さぁさぁ黙れ黙れ黙れぃ!」「始まるぞぉ!」


 中心に出向いた男達。建物の塀を背にして人混みの方に振り向くと、途端に威勢の良い声をあげる。その声に、特徴らしい特徴を感じない。私は僅かに口元を歪めた。


「我等自由からの使者也!!今日もこの場で、皆に自由について説いて見せよう!」


 静まり返り、思い思いにしゃがみ始めた民衆達に、狐面の男がそう叫ぶ。どうやら長は捻りも無く、真ん中の男らしい。


「虚空記録帖という偽りの歴史に支配された江戸を解放する為!!今日も我らは自由を説く!!偽りの歴史から解放された我等の力を以て江戸を解放するのだ!!その為には!この本の偽りを!この本によって作られた偽りの常識から解放されなければならない!!」


 前口上。それを聞いただけで、何となく彼らの目的が分かるというもの。守月様に顔を向けると、向こうも同じようにこちらに顔を向けて肩を竦めた。


「想像通りか?」

「ある程度はなぁ…面倒なのは虚空人とやらだけで十分なのによぉ…」


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