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大江戸虚空記録帖  作者: 朝倉春彦
幕間:其の弐
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其の四十九:泰然自若の権化

「さて…なんか、あれだな。このまま比良に帰るのも勿体なく感じるね」


 他愛の無い仕事。良く晴れた日の早朝、ボクは手にした銃を懐に仕舞いこみながらそう呟いた。家の中は薄暗く、ついさっき殺った女が凄い姿勢で倒れているのだが…隙間から差し込む光はとても明るく、家の外に出てみれば、雲一つない青空に心が洗われる様な気がした。


「ちょっとだけならいっか」


 雲一つない空を眺めて一言。今いるのは江戸の端、歩いて八丁堀辺りから比良に戻ればいいだろう。ボクはそう決めると、ふーっと溜息をついて歩きはじめた。


 地図にも載っていなさそうな場所から日光街道へ出て、江戸の中心部へ向かっている。日光街道といえど、江戸に近ければ街道というより街の中みたいなものだ。


 変わっていない様で、意外と変わっている街並み。端にあった女の家は、多分ボクがこっち側だった頃からありそうな程に古い家だったけど…こうして歩いてみれば、思った以上に新しい建物が多く見える。


 特に変わった気がするのは街道沿い。パッと見は変わって無いなぁ…と思ったが、よく目を凝らして見てみれば、建っている家々に使われている木が新しい。改築したのか建て替えたのかは知らないが…見慣れている様な景色でも、案外発見があるものさ。


「平和だねぇ…」


 ボクは街道を行き交う人々を横目に見つつ、道の隅っこをゆっくりと歩いていた。行き交う人々の格好は、ボクがこの辺に居た頃と比べれば様変わりしている。大して変わるものでも無いだろうと思っていた着物でも、案外着こなしが違うものだ。


 ちょっとの違いだから、どこがどうとかは言いづらいけど。それでも、ボクが現役だった頃なら確実に首を傾げている程の差。盗賊の身分、この辺りの人間に紛れるならば、格好で浮くなんて御法度だったものだから、その辺りの目はちゃんと養っておかねばならなかった。


「ボク、ひょっとして浮いてる…?」


 そして見返す自分の格好。別に管理人だから気にする必要など無いのだが…必要があるのなら、お千代さんなんて江戸を歩ける筈も無いのだけど、一度気にしてしまえば、妙に気になってしまう。


 ボクは今いる場所から更に道の隅へと体を寄せると、僅かに身を縮こませて歩き出した。悲しいかな、賊の性は治ってない。今いる場所から比良へ戻ろうにも、一番近い出入り口まではそこそこの距離があった。


「そろそろ、身なり変えよっかな…」


 ボソッと一言。これまで気にならなかった事が、何か気になりだすと止まらない事があるだろう?それが今まさにボクに起きている。ボクは自分の着た着物を摘まみ上げると、唇を窄めて顔を顰めた。気に入っているのに、そう思い始めると途端に色褪せてしまう。


「やれやれ」


 一通り考えが一巡したところで、一人肩を竦めるボク。誰からも注目されないと分かっているのに、そこそこ人通りの多い中で何を目立とうとしているのか…元賊が聞いてあきれる。ボクは溜息を数回吐き出すと、気を取り直して周囲に顔を向けた。


 色々考えているうちに、江戸の中まで入り込んでいたらしい。いや、さっきまで居た場所も江戸だけど。それよりももっと内側、江戸の中心地。ここはどの辺り…かはパッと分からないけど、通りを行き交う人が増え、さっきよりも活気が出てきた様な気がする。


 街道を歩いているのは、それなりに何かある感じの人々ばかりだったが、ここまで来てしまえば只の日常を送るために行き交う人々が目につき始めた。仕事の都合か、何かを呟きながら難しい顔をして歩いていく旦那が居たり…友人の元へ行くのだろうか、母親に連れられて楽し気に歩く幼子の姿も見て取れる。


 ボクは行き交う人々を眺めて、それぞれの人生を想像しつつ…当ても無く歩いていた。ボクからしてみれば、ここを歩く江戸の住民は皆カラクリでしかないのだけど。虚空記録帖とかいう不気味でしょうがない本に縛られたからくり人形なのだけど。だけど、こっちに来てみれば、そんな気は少し薄れていく。


 皆、分かりもしない明日を目指して生きているのだ。そう言う風に見えてしまう。結局は、あの本のいう通り…明日には死ぬ者も居れば、不幸に遭う者もいる。今日がどうあれ、そうなる運命からは逃れられない。どうなるかは全て虚空記録帖に書かれているのだから、彼らの感情は全て仕組まれたモノでしかないのだが…


「どうしてこんなに人らしく見えるのかねぇ…」


 思わず一言。その刹那、ボクの肩が叩かれた。


「うわっ!」

「な~に黄昏てんだガキの見た目でよぉ」


 驚き振り向くと鶴ちゃんがニヤニヤしてボクを見下ろしている。頭二つ分位背が高い男にそう言われたボクは、僅かに顔を赤くするとすぐに飄々とした顔色を作った。


「な~んかさ。お千代さんの周りに居る人、ボクの背後取るの好きだよね」

「まぁな。隙だらけなお前が悪い」

「信頼してるの。まぁ、あの同心被れはまだ半信半疑だけどね」

「そこそこ経つだろうによ。まぁいい。ちと、手伝えや」


 鶴ちゃんはそう言うと、手にしていた紙切れをボクに押し付ける。見るとそれは記録帖の一部…これから仕事らしい。


「一件やって来たばっかなんだけど」

「そのあとすぐに戻らねぇで散歩してたんだろ?ちと伸びるだけさ」

「え~」


 そう言いつつ、ボクは鶴ちゃんについていく。特に何の用事も無いから、鶴ちゃんのいう通りだ。これから向かう先は、八丁堀辺りにある左官屋だ。


「どうやってやるつもり?」

「どうすっかねぇ」

「鶴ちゃんに指示来てるんだし、左官屋でしょ?事故に見せかけかな」

「そうすっかぁ?なんかつまんねぇと思ってたんだよなぁ」


 道を行きながらの会話。ボクは鶴ちゃんに呆れ顔を浮かべた。


「つまるもなにもあるかっての。適当に首へし折って高い所から落とせば終わりさ」

「それ、この間もやったんだぜ。ネタ被りばっかでなぁ」

「なら、行ってから決めれば良い。どうせそうなると思うけど」

「そうなると思うからこそ、いいネタ考えてんじゃねぇか」

「ネタってねぇ…殺しにネタなんて要らないでしょ。見世物でもあるまい」


 悪ふざけが多分に入った会話。ボクと鶴ちゃんは碌でもない会話を楽しみつつ、これからも変わりない世の中を続けていく為に動くのだ。


「ま、ツマラナイ仕事なんてサッサと済ませて、終わったら昼にしようよ。終わればどうせ暫く何も無いのさ。酒でも飲んで、呑気にね」


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