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大江戸虚空記録帖  作者: 朝倉春彦
幕間:其の弐
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其の四十八:豪華絢爛の暗部

 再び暇と言えるようになって、もう何日経っただろうか。ある日の夜始め、ボクは自室で虚空記録帖を開いて情報を集めていた。この行為に特に理由はないけれど、この先世の中がどうなるのかを確かめてみたり…外国の事を知れたりする。得られるものは、どんな書物よりも多いのだ。


「ふむ…」


 今日、見ていたのは外国の情勢。最近、江戸の心臓部に仕事で出向いた時、少々位の高い人間が外国船に関して何か気にかけている様な雑談を聞いたのだ。難破しただのどうのというわけでは無く、この国に被害が出そうな感じの噂。それが実際にどうなのか?を確かめられる。管理人の特権というやつだ。


「あの年寄りが生きてる間は何も無さそうだね」


 記録帖に質問を書き記して、記録帖から返って来た答えを眺める。期間はざっと百年先まで…ボクの感覚からいえばあっという間な期間だ。その間、特に心配するような出来事は起きない。その先は、出していないからどうなるかは分からないが…そんなもの、知るのはもう少し先で良い。


「しかし、噂…か」


 記録帖を閉じて、ボソッと独り言。机の上に置かれたローソクに照らされたボクは、その明かりを見て、ふと比良の国で聞いた噂を思い出した。


「こっちの噂は、記録帖じゃ追えないからねぇ」


 比良の国…管理人の棲み処。管理人は、記録帖から切り離された存在だ。記録帖が一から十まで何かを指図してくるわけでは無いから、当然、記録帖ですら知りえない事がある。あっち側の何もかもを知れる様になったら、こっち側の世がどれだけ不安に感じる事か。


 ボクは棚に置かれている、薄っすら埃を被った銃に目を向けると、ゆっくりと椅子から立ち上がった。


「管理人。虚空記録帖が選んだ者の集まり。それを、分かってない奴がいるな」


 そう言って銃を取り、各部の埃を落として懐に入れる。火種が要るが、あの煌びやかな世界でそれに困ることは無いだろう。ボクは机の上のローソク台に刺さったローソクの火を消すと、ゆっくりと部屋を出て、履物を履き、家を出た。


 ・

 ・


 家から暫く歩いて、夜でも昼間の様に明るい中心街へ。仕切りとなっている塀を過ぎて中に入り込むと、喧騒が一気に耳へと雪崩れ込んできた。


「最近、忙しかったからなぁ…皆」


 そう呟きつつ苦笑い。いつも以上の活気を見せる中心街は、管理人でごった返していた。それも最近まで続いた一件のせいだろう。遊べず溜まりに溜まった欲が発散しているだけ…この間の一件は確かに忙しかったが、その分働けばしっかりと報われる。記録帖は奉仕を見逃さない。


 ボクは行き交う人の波に身を紛れさせて通りを歩き、適当に店を眺めては去って行くといったいつもの行動を繰り返しながら、辺りをジロジロと見回していた。


 目的は中心街の影に居る連中。これだけ明かりが多く、煌びやかな街の中でも、光が届かない場所を好む連中というのが必ずいるものだ。普段であれば、サッサと抜け殻になるものだからと放っておくのだが、今回はそれを逃したくない。


「おっと…」


 あの一件。あの八人衆の言葉はボクとお千代さんだけに向けられた言葉じゃない。屋敷の外で虚空人を殺し回っていた連中にも届いていたことだろう。あの場に居た管理人は皆、ボク達と近い者ばかりだったが…そこから雑談やら何やらで外に伝わればどう影響を及ぼすかも分からない。


「なぁ聞いたか?外の虚空人とかいう奴等の噂!」

「あぁたまげたぜ。奴等の為にこんなとこを捨てんのも惜しいがなぁ…」

「どっちにせよ訳が分からねぇんだ。時間は幾らでもある。見定めるのも手だよな」

「あぁ、それいいなぁ。どうせ、ここにいてもあの気味ワリィ本の言いなりさ」

「ちったぁ面白みがねぇとなってか?」

「それよぉ、街に出て…感情のねぇ女と遊んでも精が出ねぇや」


 あの八人衆は、それだけ危うい事を言ってのけたんだ。曖昧な存在の管理人に意味を尋ねてしまった。これでいいのかと、あやふやなままで動く連中には、これ以上になく魅力的に聞こえてもおかしくない。


「ああいう連中かな?」


 ボクは家々の間に出来てしまった路地に、小さな屋台を見つけた。店の雰囲気は懐かしさを感じて好きな部類だが、そこに居る連中は、管理人にしては身なりが整っていない連中…顔を見なくても分かる。ああいうのは抜け殻候補で、まだ若い連中だ。


「…こんな所に店が出てたとはね」


 気後れすることなく、ボクはその屋台に近づき空いていた席に腰かける。屋台の向こう側に居るのは皆抜け殻で、客として座っていた四人の若い管理人連中は、ボクの姿を見止めるなり僅かに怪訝な顔を浮かべた。


「おいおい…こんな童も管理人なのか?」

「ガキが来るところでねぇぞ?外の綺麗所に行ってろや。中はネェが、顔は良い女が相手してくれるぜぇ?」


 ボクを見て、ボクを知らない者特有の反応を見せる男達。ボクは彼らに苦笑いを返すと、気にせず抜け殻に注文を付ける。


「ここは…寿司か。ならいいや。適当に五貫位出してよ。あと日本酒ね」


 飄々と、男達に怯まず注文一つ。ボクの注文を聞いた男達は、それを聞いてギョッとした顔を見せた。


「随分と威勢が良いね。そこは褒めてやる…が、相手を見定める目は持って無さそうだ」


 品を待つ間。ボクはジロリと男達に顔を回す。その顔には笑みが張り付いていたが、男達はボクを見るなり僅かに身を引いた。


「アンタ等も記録帖に歳を書いたんだろう?アレ、好きに書いて良いんだ。教わらなかったか?」


 笑みを浮かべたまま、徐々に声色を下げていく。男達はボクを亡霊でも見るかのような目で見て、僅かに震えだした。


「な、なぁ…まさか…」


 その内の一人が、ボクを見て何かに気付く。男はボクの胸元から僅かに顔を覗かせていた銃の握り手に目を向けると、ハッとした顔を浮かべて椅子から転げ落ちた。


「べ…べべべべ…紅蛍じゃねぇか?」


 予想以上の反応。ボクは思わず目を見開いたが、すぐに元に戻るとコクリと頷いた。


「良く知ってるね。最近の若いのは…オレの事、知らねぇかと思ってたがなぁ」


 正体が明かされれば、こっちも隠す必要は無くなった。だがまぁ、連中をどうこうしようって気はサラサラ無い。こんな場所であったのも何かの縁。ボクは銃を取り出して男達を威圧すると、笑みを浮かべたまま、ジロリと全員を見回した。


「年長者の警告は聞くもんだぜ抜け殻候補達よぉ。記録帖はテメェ等に自由を授けたが、その自由ってやつにゃ代償があんのよ。ま、夜は長い…話し終わるまで、帰れると思うなよ?」


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