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大江戸虚空記録帖  作者: 朝倉春彦
幕間:其の弐
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其の四十七:天下泰平の盲点

「なんとか戻ってきた訳だ」

「あぁ。流石に疲れたがなぁ…記録帖に喚いて暫し休みよ」

「お疲れ様。お千代さん」


 比良の国の夜。中心街の中心部にある銭湯で、ボクはお千代さんと共に卓を囲んでいた。銭湯の二階…活気はこの間の事件中とは比べ物にならず、心なしか抜け殻共が疲れているように見える。


「記録帖も赤字ばっか吐かなくなった。向こう側の連中は元通りさ」

「あぁ、確認してる。あれだけ居た違反者連中、その遺体をどうやって誤魔化したんだろうな」

「さぁ。そこはボク達の管轄じゃないからね。記録帖がよろしくやったんだろう」


 卓の上には料理と飲み物。ボクは握り飯と漬物と日本酒。お千代さんは大盛蕎麦に熱いお茶。それぞれ空腹を満たしつつ、外の喧騒を眺めつつ、久しぶりに返って来た日常というものに自らを溶け込ませようとしていた。


「色々知りてぇ事はあるがな。んなもん、後だ後」

「そう。てっきり対面で言えって言われるのかと思ってた」

「最初はそう思ってたんだがな、気が変わったのさ」

「珍しい。お千代さんもせっかちじゃなくなったね」

「だろ?ワタシも我慢を覚えてきたな」


 料理を楽しみ、飲み物で喉を潤し…落ち着いた夜だ。ボクとお千代さんは軽い空気で互いに箸を動かし口を動かす。最初、お千代さんにココへ呼び出されたときは少し緊張したものだけど、お千代さんから感じる空気を見る限り、そういう緊張は要らない様だ。


「ちと、ワタシの考えがまともなのかを知りたくてな」

「ほぅ?」

「この間の連中はまぁ、別として。管理人の思考が理解できない時が偶にあるのさ」


 夜の会話にしては、少し重たい内容。ボクは僅かに眉を潜めると、周囲を軽く見回した。ボクの卓の周囲に居るのは、どいつもこいつも歴が浅そうな酒飲み共ばかり。声色を気にする必要は無いだろう。


「ちょっと、深い話題になりそうだね。ボク、酒入ってんだけど」

「構うものか。簡単な質問に答えてくれりゃ良いだけよ」

「はいはい」


 お道化て見せたボクに、お千代さんの調子は変わらない。ボクは普段通りの微かな笑みを顔に張り付けると、お千代さんの言葉を待ち構えた。


「まず一つ目だ。抜け殻について…どう思う?」

「なりたくないね、肉人形には。自我無く永遠に働かされるだろ?ボクはゴメンだ」

「だよな?あの連中に自我は無いし、意識は無い…間違いないよな?」

「何不安になってるのさ。大昔にボクとお千代さんで見ただろ?」

「あぁ、分かってる。だが、確認さぁ」


 お千代さんは大昔という単語にも反応せずに話を続ける。


「二つ目だ。記録帖が紡いでる記録、それについてどう思う?」

「今でも怪しいと思う時はあるけど、無視できない理だろうさ」

「記録帖が描く未来、螢はどこまで見てんだ?」

「結構遠い先まで見たな。今までに比べたら、ほんの後少しで、様変わりするそうじゃない」


 ボクの言葉に、お千代さんはゆっくりと頷き、どこかホッとした様な顔を浮かべる。珍しい顔だ。ボクは僅かに目を見開きながら、その原因を推測し始めた。


「どうしたのさ。この間の八人衆に思う所でもあったのかい?」

「いや、それはねぇが…言ったろ。管理人の思考が理解できねぇ時があると」

「あぁ、言ってた言ってた」

「別に、誰からどうされたとかはねぇ。ただな、今回の仕事で惑わされた連中が多く出たような気がしてんだ」


 お千代さんはそう言いながら、蕎麦を啜る。一旦間を取ったのだ。ボクも二つ目の握り飯に手を付け酒で流し込むと、お千代さんの言う言葉に共感を覚えていた。


「今に始まったわけじゃないけどさ、記録帖への反逆って。それが、今回は多かったと?」

「そう思ってるだけだがな。身内を怪しんでちゃ仕事にならねぇだろ?」

「なるほど、それでボクに尋ねた訳だ。いやいや、光栄じゃないのさ」

「言ってろ。螢がズレてたとしたなら、記録帖は今頃大きく様変わりしてるだろうに。ワタシにとっちゃ、お前さんが何処までも真ん中なのよ」


 お千代さんにそう言われて、ボクは僅かに目を逸らす。買い被り過ぎだと言いたいけど、それでも、お千代さんにそう言われて嬉しくないはずは無かった。なにせボクは永久落第生。勿論、思考全てを真似るつもりは無いし、ボクはボクの道を行くけど…それでも、こう評価されるのは嬉しいもの。


「嬉しい事言ってくれるじゃないの」


 ボクはそう言って、酒を煽る。そして、僅かに頭の中をくらくらさせると、改めて周囲を見回した。


「ならお返しに、ボクなりの一般論でも述べてあげようか」


 お千代さんが言っていた事と同じかは分からないが、ボクもボクで危うさは感じていたのだ。この間の一件、虚空人の手だけじゃあそこまで大事にはできないと思うから…裏で手を引いた…もしくは手伝う形になってしまった管理人が居てもおかしくないとみている。


「虚空記録帖の管理人はこうあるべきってのが一つある。」


 そんな中で思いを巡らせることとなった思想について。ボクは自由人だからそんなの勝手にしろと言いたいが、それでも疑ってはならない理の一つや二つがあるはずだ。


「それはね、宙に浮いた人間になる事さ。どんな時でも俯瞰出来る人間」

「ほぅ」

「虚空記録帖は謎が多いけど、それを気にしだしたらキリが無いだろ?そう言う風に、キリが無い謎を追いかけずこういうもんだって扱える人間であるべきさ。人らしさは別の所で補ってね…そうすりゃ、ボク達の様に長生き出来る」


 素直な考えだ。ボクの考えを告げると、お千代さんは頷いた。口を挟まないってことは、異議の一つも無いのだろう。


「虚空記録帖の謎は放置しちゃえってのがボクの持論でね。そりゃ、行き止まりになっちゃうから、ある意味ダメな考えなんだけど…記録帖を相手する限り、それでいいと思うんだ」

「ワタシも同じ考えだな。大抵の奴は記録帖を上司として、気を利かせようとして狂ってくから」

「でしょう?今のボク達は、最早人じゃないって言えばその通りだ。あの本を相手にするとき、ボク達は手駒でしかない事を忘れちゃダメなのさ。人相手じゃない」


 ボクは残った握り飯を口に入れて間を置く。飲み込んで、酒を飲んで喉を潤すと、まだ上手くかみ砕けない考えの一旦をお千代さんに告げた。


「宙に浮いた…何処までも記録帖ありきの人間で居られる事。それが管理人に求められてる事ってね」


 ボクの言葉に、お千代さんは深く頷いてくれる。その上でさらに念押しを一つ。ボクは周囲の目を気にしながら、お千代さんにこう告げた。


「そのうえで街を行けば…そうじゃない考えも多くあるみたいだ。全知全能にでもなったと勘違いしてる輩も居る。お千代さんが気を病んでるのは、それのせいじゃない?」


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