表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大江戸虚空記録帖  作者: 朝倉春彦
幕間:其の弐
46/150

其の四十六:南蛮渡来の得物

「ふむ…久しぶりの仕事は悪人相手に限るね。撃ち甲斐があるというものさ」


 ボクは目の前で怯える男にそう言うと、ゆっくりと手にした銃を男の顔に向けた。ここは江戸郊外…時は昼間。目の前には、この屋敷の主が、足を折って動けないでいた。


 早く解放してやらないと。…だがその前にやる事がある。ボクは銃を持っていない方の手で、記録帖の一部をクシャっと丸めて男に放り投げた。


「見なよ。この紙に書かれてんのが、君の全てさ。政治力に長けてたな。一代で弱小酒屋風情が、ここまで大きな屋敷を持てる様になったんだ。尊敬するよ。ボクにそんな能は無いからね」


 そう言いながら、新しい得物の引き金に手をかける。火打ちからくりなる、新型の機構を備えた銃だ。ちょっと癖は強いが、火種が要らぬ分、ボク向きな銃。男が自らの記録を読んで顔を青くする間。ボクはジワジワと引き金にかける指に力を込めていた。


「どう?自分を客観的に見て。悪いやつだよなぁ…そんな奴、良くもまぁ仕掛けられなかったものさ。だが、最期、欲を出し過ぎたのが仇になった」


 男に告げる。記録を破った理由は単純。裏で手を回しまくっていた男の欲が生み出した偶然。ボクは震えながらこちらに顔を上げた男を見てニヤリと笑うと、男に最後の時をじっくり味わわせてやる。


「布団の上で死ねねぇのは分かってたろ。でも、まだ運がいい。屋敷の中で死ねるんだ」


 そう言って、引き金を絞り、銃弾を放つ。男の額には今までのそれよりも小さな穴が開き、今までよりは見れる姿で倒れて行った。


「改良点ばかりだな。新型故の苦悩ってね」


 硝煙の中。ボクは死に行く男を見下ろしながら呟くと、手にした南蛮渡来の銃に目を移した。余計な装飾が入っていない質実剛健で小さな銃。子供の身でも扱いやすいそれは、昨日から使い始めた新品だ。


 そんな銃を持ったまま、ボクは男の亡骸を放置して外に出る。ここは人里離れた江戸郊外。派手な銃声に反応する者は、何処にもいなかった。


 外に出て、男の屋敷を見返して、踵を返す。ここから比良への入り口までは歩いてすぐ。丁度、屋敷の前の通りを少し歩いたところで街道にぶつかり、そこを江戸の方へ向かえば、比良へ繋がる小屋がある。


 散歩がてら歩いて…街道に差し掛かる頃には銃を懐へ。これで只の子供となったボクは、何食わぬ顔をして街道を行き交う人々に紛れていった。


 そのまま歩いて、比良へ繋がる小屋の扉を開ける。この小屋は、一般人からすれば只の廃墟にしか見えないだろう。ボクは周囲の目を気にせず扉を開けて中に入ると、一瞬の暗転の後、比良へと戻った。


「っと」


 比良の国に戻ってすぐ、予想以上の明るさに目を細める。繋がった先は比良の国の中心街。抜け殻や、この間まで働きづめだった管理人達が行き交う通りの隅っこだ。ボクは立ったまま一息付くと、その流れに乗って適当に辺りをブラつく事にした。


 目的は、無いようであったりする。中心街を練り歩き、変わったことが無いか目を向けながら…向かう先は中心街の最南端。


 そこは、ボクの家から程近い中心街出口である最北端の真逆の位置。だが、そこに並ぶ店は、ボクのお眼鏡に叶うものばかり置いているのだ。


「やぁ」


 最南端。ボクが呼ぶ通りの名は南蛮通り。比良だからこそ出来る外国モノ漁り。さっき使った銃を求めた店に入ると、中に居た管理人がボクを見止めるなりすぐさま飛んできた。


「これはこれは、螢さん。どうも、お疲れ様です」

「お疲れ。さっきこれ使ってさ」


 管理人の男。珍しく抜け殻じゃない店員は元は長崎の役人だったらしい。何時から管理人になったかは知らないが、話をしている限りまだ50年程度だろう。ボクはそんな男に銃を預けると、店に展示されていた南蛮物の椅子に腰かけた。


「手直しを頼みたい。伝手はある?」

「手直しですか。まぁ、鍛冶屋なら幾つか伝手は持ってますが…注文は?」


 ボクの言葉に男は仕事の顔になると、番台の向こう側へ回って適当な紙を取ってきた。


「調整程度で良いんだ。命中精度と射程を伸ばしたい。それだけだよ」

「ふむふむ…今で、どれくらい何です?」

「精度は一間で人の頭に当てられる程度。射程は一町も無いよね」

「なるほど。射程は銃身が短すぎですからねぇ、このままじゃ大幅な改善は望めませんぜ」


 男はそう言いながら、渡した銃を見る。ボクの体格に合わせた銃。店に並べられた似た様な銃の中でも、一際目立って銃身が短かった。


「そうか。長くするのもなぁ…前使ってたのですらデカかったし」

「僅かに口径を上げるのも手ですがねぇ。まだ銃身に余裕がある」

「それを削って広げて?」

「えぇ。火打ちからくりってのぁ、威力に欠ける面がありますから」

「なるほど。ならば大きい弾で誤魔化そうってか」

「それに…あぁ、これ位の銃身ならちと、仕込めますぜ」

「何をさ」


 ボクの問いに、男は番台に銃を置くと、裏手にある本棚から書物を取り出し捲りだす。この男。知り合ったのは最近だが、中々に見どころがある男だ。


「銃身にこんな感じで溝を仕込んで、弾も少し改良するとよいとあります」


 そう言って見せてきたのは、洋書だ。ボクにはサッパリだが…辛うじて周囲に書かれた翻訳のお蔭で意図が理解できた。銃身に斜め?になる溝を掘って弾を回転させて飛距離を稼ぐらしい。それに合わせて弾も改良すればさらに良いとのこと。


「なるほど」

「長い銃では使われていないそうですが…なんせ高いですし、難しい加工ですからね」

「拳銃程度ならアリって訳だね」

「効果の程は分かりかねますがね。なにせ提案したのが初めてですから」


 正直な男。ボクは男に向けて苦笑いを向けると、ヒラヒラと手を振った。最近の仕事はそんなに忙しくないし…何よりお古はまだ取ってある。別に、実験にどれくらい掛っても構わない。


「任せたよ。好きにしていい。時間もあるし」


 考える間もなくそう言うと、男は驚いた顔を浮かべた後にニヤリとしてみせた。手を動かすのは男じゃないと思うのだが、こういう改造は心が躍るものだろう。ボクは椅子から降りて男の前に立つと、番台に置かれた銃を手にしてそれを見回した。


「余計な装飾は付けなくていい。銃身も一つのままでね。ボク、子供だから」


 冗談めかしの口調に、男は思わず苦笑い。


「そうだ、聞いてなかった。旦那、名前は何て言うの?」

「へい、倉蔵といいやす」

「倉蔵…そう、覚えたよ。それじゃ、頼んだ」


 名前を聞いて脳裏に刻み込み、ボクは踵を返す。そして店を出かけた時、ふと思い出したことがあって足を止め、倉蔵の方へと体を向けた。


「そうそう。面白そうな南蛮モノを見つけたら知らせてくれる?ボクがいつも何処にいるかは…知ってるだろう?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ