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大江戸虚空記録帖  作者: 朝倉春彦
弐:掟破りの宴
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其の四十五:報告無頼漢

「しっかし、相変わらずだな。この部屋は」


 虚空人の里を潰して二日後の早朝。鶴ちゃんをボクの家に上げて、これから記録帖への書き込み作業。鶴ちゃんは久しぶりに見たボクの部屋を見回してポツリと言った。


「前に来たの何時だったっけ」

「覚えちゃいねぇよ。年単位で来てねぇかもな」

「なら、こういうのは初めて見るかもね」


 ボクの家は、他の人とは違う家。見た目は江戸の家と大差無いが、中は外国風。ボクは奥から最近買ったモノを持ってきて見せた。それは南蛮モノのローソク台。鶴ちゃんはそれを見るなり呆れた顔を浮かべる。


「何に使うんだんなもん」

「分かって無いなぁ、雰囲気作りの為だよ」

「こういうとこの贅沢品、どこから仕入れんだ?」

「記録帖に言えばいい。何も、監視してるのはこの国だけじゃないんだよ?」


 そう言いながら得意気な顔を浮かべたボクは、自分の記録帖を机に置き、椅子に座る。鶴ちゃんはボクの向かい側に座ると、少々居心地に違和感でもあるのだろうか、周囲を見回して苦笑いを浮かべた。


「畳にコレだもの」

「長崎のある所じゃ、コレなんだ」

「長崎?…んなとこまで行ったことあんのか」

「まぁね。良い所だよ。外国人が見られるし」


 鶴ちゃんは呆れ顔のままボクを見やると、鶴ちゃんも記録帖を机に上げる。既に筆の準備は出来ていた。さて、ここからは苦手な仕事の時間だ。


「さて…仕事仕事」


 雑談もそこそこに、ボクは筆を取って記録帖を適当に開く。ここ最近は、開けばすぐに指令が浮かび上がってきた記録帖だが、今日は開いても真っ新な紙のままだった。


「そうそう、鶴ちゃんに繋いでもらったお弟子さん。さっきウチに来たんだ」

「ほぉ」


 記録帖にこれまでの事をボクの言葉で書き記し始めると、ボクはふと思い出したさっきの出来事を鶴ちゃんに話す。


「成分はまだ幾つか謎のままだけど、効能は分かったってさ」

「優秀じゃないか」

「思った以上にね。ほぼ栄さんの言うとおりだった。満月の夜にしか効能を発揮しないらしい。そしたら新月の夜になるまでジワジワと弱らせていき…やがて管理人を抜け殻に変えるんだってさ」


 話題は、栄さんが飲まされた薬の話。まるで御伽噺に出て来る術みたいな効能だが…分析してくれたお弟子さん曰く、どうやらその手の技術が使われているらしい。現実も案外、御伽噺みたいなものなのだろう。


「オレにゃさっぱりだな。んな呪いみたいな真似、出来るのかね」

「ボクにもサッパリさ。でも、実際にあるんだから受け入れるしかない」

「参ったな。あの連中はんなもんまで持ってんのかよ」

「ねぇ…弱らせるったって、飲み始めの時点で大分栄さんはキテたからね。その成分は、マネできるらしいけど。神経毒だかってやつで」

「へぇ…怖い怖い」


 記録帖に筆を走らせつつの会話。鶴ちゃんの表情は、僅かに青くなっていた。毒の成分も怖ければ、それを持っているのがよりによってあの八人衆なのだ。ボク達の様なお千代さんに近い管理人は、存在を知ってれば躱せるだろうけど、只の管理人は成すすべなくやられることだろう。


「で、毒の事は知らせて回るのか?」

「そう思ったんだけどね。一旦止めたよ」


 その毒の情報は、すぐにでも管理人に周知したいところだったけど…ボクには少し別件があってそれを拒んだ。恐ろしい毒だが、持っているのはあの八人。虚空人に流れている様子も無い…何れは知らせなければならない代物だろうけど、一旦知らせずとも被害は出ないだろう。


 今回、虚空人絡みで厄介な事実を知ってしまったが…管理人は管理人で嫌な現実があるのだ。お千代さんがそれを知ってるかも分からない。多分、気にして見ているのはボク位なモノだろう…ボクの見た目は子供だ。裏を知らない者からすれば、舐めてかかれる童。そんな存在にしか見せられない一面を持っている管理人は、それなりに多い。


「まぁ…ボクの考えが杞憂なら。早いうちに周知したいけど」

「何だ。隠し事はいけねぇな」

「まだ飲み込めてないんだ。そんなうちから言ったら間違ってた時に厄介でしょ」

「確かにそうだが…」

「鶴ちゃんは入ってないから安心してよ。一兵卒程度の管理人に関してだから」


 そう言いつつ、記録帖に走らせる筆の動きは止めない。今回の顛末、最初は派手な失態から始まったが…最後はまぁ、失態分を取り返す位の貢献は出来た事だろう。ボクは勝手に渦巻く面倒事を思い浮かべて呆れ顔を浮かべると、小さな溜息を一つ付いた。


「管理人になっても、面倒事とは縁が切れないものだねぇ」


 そして愚痴を一つ。鶴ちゃんはそれを聞くなりフッと笑う。


「んなもんだろ。所詮、動くのは人だぜ。のめり込みやがったら最後よ」

「そんなものか。それでも、あっち側で記録帖のいう通り動く連中よりかはマシってものかな」

「だろうよ。最低限やっとけば、好き勝手動けんだから。まだマシってやつさ」


 筆を走らせつつ、鶴ちゃんが言う。ボクはそれに頷くと、それ以降、暫し口を閉じた。


「なぁ、螢」


 口を閉じて少しの間の後。鶴ちゃんの呼びかけに顔を上げる。


「これ、何処まで書いたら終わりにするよ?」


 湿っぽい空気が嫌いな男は、これまでの会話を断ち切る様な声色でそう尋ねてきた。ボクは記録帖に書かれた文を見下ろすと、苦い顔を浮かべて鶴ちゃんの方を見返す。


「ボクはまだ序盤だな。ここ数日…数週間の事を書かなきゃいけないんだ。最後はアレだし。まだまだ時間がかかる。ま、数日に分ければ良いだろうけどさ、後に回せば記憶が薄れるってやつでね」


 そう答えつつ、その答えとは裏腹に筆を置くボク。先が長すぎると気付いた今、急に筆を動かす気力が無くなった。気付けば、外はもう昼の日差しだ。


「だから…まぁ」


 ボクは外を見ながら続きを紡ぐ。また永く続く日常に戻ったんだ。根詰めず、適度に休みながらってんなら…まぁ、良いだろう。これくらい。


「続きは昼を食べてからにしようか。街まで出よう。時間を贅沢に使ってさ」


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