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大江戸虚空記録帖  作者: 朝倉春彦
弐:掟破りの宴
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其の四十三:驚愕無頼漢

 お千代さんの口調と全く同じ…違うのは男の声であると言う事だけ。満月が照らす庭での鍔迫り合いに待ったをかけたのは、白髪の侍だった。


「…噂をすれば何とやらだ」


 小さく呟く。辺りは敵味方関係無しに、全員が屋敷の屋根に居る男の方に目を向けていた。見えるのは、男と、一人分の黒い人影。ボクとお千代さんはその影を見て目を細める。


「どうやらこの里は今日までらしいなぁ。八千代。つまらん仕打ちをしてくれおって」

「はっ、背いて世を惑わそうとしてる方がどうかしてるぜ。耄碌すんのもこれまでさ」


 父上の言葉に即座に反抗するお千代さん。男は自らの傍に置いた人物の首をグイっと掴むと、それを見せしめの様にこちらへ向けた。


「管理人!テメェらが最も恐れてんのは何か!それをオレ等は知ってるぜ!」


 その言葉と共に向けられた人間。それは栄さん…ボクとお千代さんはぐったりとした栄さんを見て目を見開く。


「それはなぁ!抜け殻になることさぁ!どうだ!八千代。テメェの僕一匹、今回のお返しに抜け殻にしてやらぁ!」

「て…テメェ!」


 いつの間に捕らえたのだろうか…というのは置いておくとして、父上は随分な事を言い切ってくれた。抜け殻にしてやる…誰かが誰かを、抜け殻にするなんて…普通、記録帖ナシに出来る事じゃない。それを、自信ありげに言い切ったのだ。


 見る限り、まだ、栄さんは抜け殻になってない。これから何をするのだろうか?…ボクは焦らず決め手を探す為に辺りを見回した。屋根までの距離は僅かに少し…庭の真ん中にボクとお千代さん、その周囲には七人の虚空人。


「出来ねぇと思ったかぁ!?テメェらが鳥畜生共を監視に加えたのと同じよぉ!オレ等とて、黙ったままじゃいねぇのさ!おいテメェ等!このガキ二匹に言ってやれ!」


 栄さんを捕らえたまま、屋根の上で喚くお千代さんの父上。その声に呼応するかのように、周囲の面々が一斉に口を開いた。


「「「「「「「おう!」」」」」」」

「我等は何者だぁ?」

「「「「「「「この世に生ける全畜生の上に立つ者也!」」」」」」」


「我らの目的は何だぁ?」

「「「「「「「虚空記録の呪縛から全てを解き放つ事也!」」」」」」」


「この里は何のために作られたぁ?」

「「「「「「「虚空記録の癌を消し去る為也!」」」」」」」


 屋根上の男の号令に合わせて七人が喚きたつ。異様な光景の中で、ボクはお千代さんに顔を寄せた。


「まだ終わっちゃいない」

「あぁ、分かってる。まだ抜け殻じゃねぇ」

「あそこまでは一本道だ」


 小さく素早い言葉の応酬。その最中も、自らに酔っている様な男の叫び声は続いていた。


「虚空記録とは何だぁ?」

「「「「「「「人々を縛りつける忌深き呪縛也!」」」」」」」


 ボクは男をジッと睨みつけ間を謀る。男の目は、狂乱しながらもしっかりとこちらの動きを捉えていた。だが、それも長くは続くまい。


「俺達、死なねぇ者の役目はなんだぁ!」

「「「「「「「自由人を正しい道へ通す事也!」」」」」」」


「奴等、死ぬ者の役目はなんだぁ!」

「「「「「「「自由人を増やし、自由を広める事也!」」」」」」」


 僅かに男の視線がボクから外れる。刹那、ボクの腕はお千代さんをちょいと突いた。


「テメェ等ァ!!ならば、管理人にしてやれる手向けは一体、なんだぁ!?」


 その叫びと共に、ボクとお千代さんは動き出す。体を僅かに動かせば、その刹那…時の刻みはいつも以上に薄く引き伸ばされた。


「「「「「「「「!!!!」」」」」」」」

「そら!」


 ぴょんと跳んでお千代さんの腰の辺り…子供の体をしたボクの、細く脆い足先が、お千代さんの手にした大太刀の刃に乗っかかる。


「いくぜ!」


 反撃開始だ。ボクは手にした銃に弾を込めつつ姿勢を取り、しなりを見せる細い刀の上で僅かに膝を屈めた。


「今だ!!」


 絶妙な間柄。ボクの言葉に呼応するかのように、お千代さんは腕を薙ぎ払う。同時に、ボクの体は生身では不可能な程に打ちあがった。


 空中…屋根の上に登った男と高さが合う。ここは、刀が届く範囲じゃない。そして、男は栄さんを手にしている限り刀は振るえない。ボクは満面のニヤケ顔を男に向けると、丁度装填し終えた銃を男に向けた。


「抜け殻は救いじゃない…」


 ボソッと一言呟くと同時に、引き金を絞る。邪魔は居ない…刀で弾が斬り裂かれる間はもうない。薄く引き伸ばされた時の中。ボクが放った弾丸は、吸い込まれる様に男の首筋を貫いた。


「っとぉ!」


 弾着から僅かに遅れて屋根に着地。勢いのまま銃撃を受けた白髪男を蹴飛ばして、栄さんを抱え込む。男は信じられないという表情を浮かべると、力を失い何も出来ず、無様に屋根を転げ落ちて行った。


「上手く行ったな」

「あぁ、ありがと」


 地上に残ったお千代さんが、気付けば真横までやってきている。地上を見れば、数名の虚空人が血を噴き出していた。


「さぁて、形勢逆転ってとこだ。生憎、ボク達にお前さん方を殺す手立てはないからね、今回は見逃してあげるしかないんだけどさ!」


 ボク達を見上げた連中に、嘲るような声で言うと、ボクの腕の中に抱かれた栄さんがのそっと顔を向けた。


「早く…」

「……?」


 何かを言いかけた栄さん。庭の方では、ボク達を見上げたまま何もしない虚空人が騒めきたち、屋敷の塀の外からは鶴ちゃんの声が聞こえてくる。


「何してる!終わったぞ!戻ってこい!」


 お千代さんは下の連中に睨みを効かせつつ、ボクの方に身を寄せた。鶴ちゃんの声の限り、外の連中は上手くやったらしい。だが、ボクは苦しそうな顔を浮かべて何かを言いかけた栄さんに耳を傾け動けない。


「どうしたの?」


 ボクの声に、力を失いかけた栄さんは何かを言いかけ口を動かす。やがて掠れたような声が聞こえ、それはボクとお千代さんの顔を驚愕に染めた。


「早くしないと…抜け殻に…嘘ではないぞ…早く…!」

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