其の四十二:死闘無頼漢
女が叫び、銃弾が跳ぶ。ボクは目の前で起きた光景を理解できなかった。
「なっ…!!!」
短な金属音。刹那、火花が飛んで、女の着物に二つの風穴が開く。その風穴は体を通らず、ヒラヒラとした何でもない部分を抜けていた。
パッと後ろに飛び出すボク。その軌道を見抜き、正確な斬撃を放つ女。今日二度目のしくじりは、ボクを首の辺りで真っ二つに斬り裂く結果を招いてしまった。
「余計な事しやがってぇ…めんどくせぇ…ならばすぐにでも事を起こすサァ!!」
即座に復活。暴れる女を見て冷や汗を流し、ボクは別の部屋へと飛び込む。己の状況を理解しつつ…それを拒む女の姿は、とてもじゃないが止められそうにない。ボクは命からがら逃げ出すと、僅かに距離が開いた辺りで銃に次弾を装填する。
「ヒュー…コイツはスゲェや。嘘だろ…」
青褪めた顔で軽口一つ。余裕なんて全然ない。どちらも死なないというのに、終わりはないというのに、この緊張感。振り返らなくても分かる。女は発狂しながら大太刀を振り回して付いてきてる…!
ボクは襖を開けて先を目指す。その内、ボクが最初の方に一度殺した三人の男女と会敵し、ボクを追うものは一気に四人へ増えてしまった。
「これで半分。お千代さんに半分任せてりゃ、これでも良いだろうけどさ!」
得物を手にした三人の男女。大太刀ではなく打刀だったが…それでも、四本の刀に狙われるというのは厄介だ。ボクは廊下に飛び出し逃げを謀る。そうすれば、自ずと追っ手は一列になるだろう。暫し廊下を疾走した後、クルリと後を振り返ると、思った通り殺気立った四人の男女が列をなしてボクの後ろに付いてきていた。
「流石は戦人…狙った獲物は逃がさない気だなぁ…」
再び前を振り向き奥まで疾走。この奥に何があるかは分からない。最早、何処が出口の方かも分からない中で進んでいく。暗闇の向こう側に何があるだろうか…?ボクはそれを気にせず足を動かした。
足を止めれば殺される。生き返れば、また別の刀に斬られる。別にそれでもかまわないが…痛いのはゴメンだ。果ての無い争い…終わるとすれば、里の虚空人を殺して回ってる連中が上げる狼煙を確認した時。だが、それまでにはまだまだ時間が掛るだろう。
追いかけてきているのは四人。先人はお千代さんの母上…構えた大太刀、銃弾をも弾く腕…ボクはこの先の展開をどうするか、頭を巡らせつつ廊下を駆けていく。長い廊下だ…この大きな屋敷を横断出来る程の廊下だろう。
「!!」
やがて、廊下の突き当りが見えた。見えたのは、丸い窓が付いた薄い壁…直角の右角…壁の奥は庭園だ。人影の様なものも数名見える。目立って見えたのは、白髪の男女…ボクはニヤリと顔を歪めた。
「乗った…!」
この屋敷に入った時点で、ボクにもお千代さんにも策はない。ただ、皆が里で暴れる時間を稼ぐだけ…それが目的。この屋敷の中に居る人間共に仕事をさせないのが目的なら、どんな手だって使ってやる。
ボクは腹を括って足に力を込めた。トンと廊下を蹴飛ばし宙を舞う。低く長く…そうなるように飛び立ったボク…目の前に迫るは円窓だ。
「!!」
廊下にあるには不自然な窓。円窓を突き破る瞬間。ボクは宙でクルリと一回転。追手側に体を向けると、そのまま銃口を白髪の女に突きつけた。
「さぁ!付いてきな!」
捨て台詞と共に引き金を絞る。轟音一発。追手の足が僅かに緩み、その隙にボクは窓を突き破って外に出た。
「っとぉ!!」
宙で上手く姿勢を正して庭に着地する。ザーっと小石の上を滑り、止まるとボクの背中に誰かの背中がくっ付いた。
「おっと、お千代さん。お庭、滅茶苦茶にしちゃったねぇ」
「んなもん後でどうとでもならぁ…で、首尾ははどうよ?」
「お母様は人じゃないね。銃弾叩き切っちゃったよ」
「ほぉ〜…その程度、ワタシにだって出来るってぇの。まだまだ序の口だぜ」
「ヒュー…」
庭のド真ん中。ボクの目の前には、銃弾を斬り裂いてやってきた追手四人。お千代さんの方をチラリと見やれば、お千代さんの方には三人しかいなかった。
「あと一人、足りないな。何処行った?」
「さぁな。ソッチに居なけりゃ、事だぜ」
「あぁ、困ったな。事だ。一人足りない」
言葉を交わすボク達。追手達と先手の読み合い睨み合い。この間、僅かに時が止まっていた。
「さて、どう動こうか」
「このまま黙ってても良いんだぜ」
お千代さんが手にした大太刀についた血が消えていく。その血はヒュッと空を舞い、お千代さんと対峙している男の体へ吸い込まれた。
「それも良いか」
白髪のお母様を始め…残り六人は皆、特異な特徴を持っている。
一人は壮年の男で、隻眼の剣客…
一人は中年の男で、力士の様な大男…
一人は若い女で、一般人の身なりに見え隠れする圧は隠密のそれだ。
ここまで生き延びてきた虚空人。雰囲気からしてわかる。タダものではない。
一人は中年の女で、元は尼だろうか?
一人は若い男で、ボクや鶴ちゃんと気が合いそうな元賊といった所…
一人は老齢の男で、立ち姿はまるで妖怪そのものだ。
「そろそろだろうかね」
「そろそろだろうな。終わりまでは…」
睨み合い。動きを見せた方が死ぬ。動けないでいるボク達…そして敵さん達。静寂は訪れず、遠くから聞こえてくる虚空人の断末魔が、時折誰かの肩をビク付かせていた。
「しかし、お父上が見えないけど。何処へ消えた?」
「今さっきまで斬り合ってたんだがなぁ…」
視線のつばぜり合い。その最中、皆の顔を脳裏に叩き込んだボクは、先程窓からは見えていた男の姿がない事に気づく。お千代さんもそれに気付いたようで、僅かに顔を顰めた。
「嫌な予感がするね」
ボソッとしたボクの呟き。その予感は、そのすぐ直後に的中する。それは、屋敷の屋根の方からもたらされた。
「役者は揃ったみてぇだなぁ!ちったぁ手を使う事を覚えたらしいが、オレ達とて、何も手がネェ訳じゃ、ねぇんだぜ!」




