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大江戸虚空記録帖  作者: 朝倉春彦
弐:掟破りの宴
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其の四十一:仕掛無頼漢

 月夜の下で、ボクの銃が火を噴いた。派手な銃声…砕け散る男の頭…静寂に包まれていた里が、一瞬のうちに沸騰する。


「死なねぇのは分かってる!手を緩めるな!」


 襲撃の狼煙を上げた刹那。横にいたお千代さんに火が付いた。そう叫ぶと、手にした大太刀を持って屋敷の中へと突っ込んでいく。ボクは素早く次弾を装填して、復活しかけた男に再び銃口を向けた。


「囮も大変だね。殺しても殺しても終わらないんじゃ、その内イヤになっちゃうよ」


 驚愕の色に染めた顔で復活した男にもう一発。銃弾をくれてやる。再び里に銃声が鳴り響き、騒めきは徐々に大きくなっていった。


「手駒を消すまで、君達の遊び相手はボクさ!」


 波が高くなるが如く。里を渦巻く騒めきは徐々に盛り上がりを見せ…各所で怒声や悲鳴が聞こえるようになる。皆、順調に血祭りにあげているらしい。それでいい…目的は人手の削減だ。ボクが相手している元管理人は、消す対象に入っていない。


「そらそら、どうした?ボクをどうにかしない限り…君達の集めた人手は消えてくよ?」


 次弾を装填しつつ、復活した男の耳元でそう囁いて屋敷の奥へ入っていくボク。大きな屋敷…寺の様な造りをした屋敷の中に入ると、数名の怒声とお千代さんの声が聞こえてきた。


「久しぶりだなぁ、クソ親父ィ!テメェの邪魔しに来てやったぜ!」


 品の悪い啖呵だこと。ボクは苦笑いを浮かべつつ、姿を見せた物に銃口を合わせて引き金を引く。屋敷内に火薬の香り…硝煙の匂いに目を細めている間に、目の前を通り過ぎた人影はバタっと倒れた。


 今はまだこちらが優勢だ。寝込みを襲ったんだ。得物もなければ、ボクとお千代さんでも一方的にやれる。だが、それもいつまで持つか…相手は不死身の元管理人…一騎当千の戦人。この先、痛い目に遭うのは確実だが、それもどうなることやら…


「毒を回せればもっと楽だったってのに」


 ブツブツと呟きながら屋敷を回る。相手は八人…こっちは二人。少数の争いにとって、この大きな屋敷は贅沢だ。ボクは広い部屋に入り、辺りを見回しながら、当ても無く先へ進む。


 扉を開ければ、また同じような畳敷きの部屋。家具もない、ただ畳が敷かれ、周囲の壁や襖に書かれた見事な絵だけが特徴を作っている広い部屋。夜に見れば、絵に描かれた虎が嫌に現実の物の様に見えて不気味だ。


「おっと、止まってくれるかな?」


 襖を開け、中に居た女を一撃。これで本日四発目の銃撃。脇差の様な長さの刀を手にした女は、ボクを見て驚く間もなく顔を破裂させた。


「三人…二人はお千代さんの親としても、後三人…騒ぎを考えれば、お千代さんの方か」


 ボクはバタリと倒れた女の横を通り過ぎ、さらに屋敷の奥へ進む。お千代さんの声が聞こえる方へ…余り離れても面倒だし、何よりボクはまだ三人の面しか拝めていない。今日殺しきれないにしても、全員の顔は確実に脳裏に刻み込んでおきたい所…


 幾つもの襖を開け、突き当たった縁側の廊下を適当に右へ曲がり…声と刀の混じる音がなる方へ。距離は確実に近づいている…ボクは次弾を装填して撃てる準備を整えつつ、目の前に見えた、半開きの襖に手を掛けた。


「!!」

「死ねぇぇぇぇぇぇ!!」


 手を掛け、聞こえてきた絶叫。咄嗟に体を後ろに飛ばすが、開いた襖の奥に見えた人影の勢いは衰えない。


 しくじった。ボクは目を見開きつつ、ボクを斬ろうとしている人物を睨みつける。その人物…開いた襖から見えた影、大太刀を手にした姿勢は、お千代さんそのものだった。


(えっ?…)


 薄く引き伸ばされた時間。見えたのは、低い姿勢から大太刀を薙ぎ払わんとしている女の姿。白い鬢そぎ髪をした女の姿。お千代さんの一歩上を行く速度で迫って来たその姿。それがお千代さんじゃないと気付いたのは刀が目の前に迫る刹那。


 赤に近い紫色の瞳がボクを捉えた時。真っ白い寝間着に身を包んだ姿が違うとボクに知らせてくる。だが、それに反応する時間など、ボクには与えられなかった。


「!!」


 一閃。胸の下から真っ二つに斬り裂かれたボクの体。フワリと嫌な浮遊感を感じた直後。ボクの意識は暗闇に沈み、すぐさまこちら側へと戻ってくる。


「おっとぉ…随分と戻りが早ェ奴だなぁ…坊や。テメェ、八千代の僕だな?」


 復活してすぐ、大太刀の距離から離れたボクに、お千代さんの母親はそう尋ねてきた。


「あぁ、そうさ。悪いけど、君達がシコシコと集めてきた手駒達を処理させてもらうよ」


 ボクは銃を構えてニヤリと笑う。対峙している姿、雰囲気はお千代さんそのまんま…だが、感じる圧はお千代さん以上…ボクは背中に嫌な汗を流しながら、その時を待った。


「言ってくれるぜ。あの程度の雑魚連中…幾らでもくれてやらぁ。いつでも似た様なのが集められるんだ」

「それがもうじき出来なくなるんだ。アンタも管理人だったなら知ってるだろ?この辺の山々が記録帖に見られてなかったことを」

「あぁ。ココは捨てる事になるだろうがなぁ…予備など幾らでもあるんだぜ?それがどうかしたか?」

「最近ね、鳥の記録を追えるようになったのさ。この意味、アンタなら分かるだろう?」


 煽るように、勝ち誇ったように言う。この母親、お千代さんそっくりだ。煽れば煽るだけ燃え上がるのも変わらない。ボクの言葉を受け、母親は少し動揺したように見えた。


「そうかぃそうかぁ…あぁ、通じる。その意味はハッキリとなぁ…」


 目を泳がせ、動揺したような口調。きっと、こうなってしまえば手足が出ない事を理解したのだろう。そして、彼女の様な単細胞では、今すぐに何が出来るわけでも無いと言う事を…理解していながらも、理解したくないのだろうと言う事が良く分かった。


 ボクはニヤリとした顔を向けて銃口を彼女に合わせる。ここで殺せる気はしない以上、やっても無駄だが…真っ二つにされたお返しはしてもいいだろうさ。


「詰みだね。何考えてるかは、お千代さんが全て知ってる。暫し江戸は泰平の世を謳歌する事になる。今は君達を殺せなくても…徐々に追い詰めて殺してあげよう」


 そう言って、口を閉ざした女の額に銃口を合わせたボクは、ゆっくりと人差し指に力を込めた。


「あぁ、これは…さっきのお返しさ!」


 その一言と共に引き金を絞る。今日五度目の銃声が屋敷内に響き渡った。


「畜生がァ!!」


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