其の四十:襲撃無頼漢
「なんだ八丁堀の旦那。こういうのは苦手か?」
「得意な方がおかしいだろ…ここ、木の上だぜ」
「ヤワだなぁ、江戸人め。そんなんじゃ、賊の相手になれないよ」
日が暮れかけた夕暮れ時。ボクは公彦を連れて虚空人の里を訪れていた。正確には、まだ中には入っておらず…何時ぞやココを見つけた時に登っていた木の上だが。
「で、まだかぁ?」
見つけてから一か月。ボクとお千代さんで、普段の仕事をこなしながら監視を続け…虚空人について色々と情報を得て、それを記録帖へ報告し続けたのだ。
「もうちょっと。まだ人が見えるからね。夜を待つのさ」
そして、機は熟した。記録帖はボク達の仕事を評価してくれ、遂に改良が加わったのだ。その内容は鳥類の監視…規則正しい習性を持つ鳥類、鴉や鷹、鳶等、一部の鳥の虚空記録をしっかりと監視するようになった。
「それまで木の上かよ…勘弁してくれ。高い所は苦手なんだ」
お千代さんによれば、今までも、動物類の記録はあったらしい。だが、その時々で心変わりが激しく、まして人間の様な制御ができない彼らの記録は、記録帖から重要視されておらず、記録が破られようが気にしていなかったそうだ。
「男じゃないなぁ、八丁堀ィ…ジッとしてりゃ何も起きないよ」
それが今回、少しだけ変わった。鳥類は、人の様な種類の自我を持たぬ分、記録を破れば怪死を遂げる事になるそうだが…鳥類の記録に正確性を求めたことで、今まで記録帖の管理が良き届かなかった山の隅々まで、監視の目が光るようになったのだ。
「あと少しで日が落ちる。ココの人間は、日が暮れりゃ寝静まるんだ。山の中で火はなるべく使いたくないんだろう」
虚空記録帖の改善。それは早速虚空人の棲み処を明らかにして見せた。今回、ボクとお千代さんが見つけた以外にも、全国各地でポツポツと、細々とした暮しを送る虚空人の現在が明らかになり、それの処理を管理人に振られるようになったのだ。
「火事にでもなりゃ…まぁ、そうなるか」
もちろん、鳥を見たからといって全国隅々まで見られるか?と言えばそうじゃないが…それでも、今までの様な、人の行き交う場所しか見ない状態とは雲泥の差。ボクなりに、この記録帖に思うところは無くないのだが…まぁ、今回の仕事をするには十分すぎるから、とりあえず良しとしてやるさ。
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ボクと公彦が木の上に登って数刻。周囲の木々に、見知った顔が次々と現れる。最初にお千代さん。お千代さんは栄さんを連れてやってきた。
「栄さんも高い所が苦手なんだ」
公彦同様木の上に慣れていない栄さんは、いつもは浮かべない顔を貼り付け、いつもはしない動きやすい着物姿だ。
「悪かったな…わっちとて…苦手なモノの一つや二つ、あるんじゃぞ…おおぅ…」
飄々とした様子のお千代さんにしがみ付く栄さん。普段なら、お千代さんにくっ付くだけで顔を蕩けさせるのに、今日は違う。顔の必死さが迫真に迫っていた。
「初音太夫のこんな姿。見られる奴ァツイてるぜ?ま、暫しの我慢だ。覚悟しな」
そう言ってボクと公彦がいる木の横に登って来たのは鶴ちゃん。何だかんだ、この男も脛に傷が入ってて修羅場潜りな奴だから、この手の事には動じない。いつも通りの豪快さを感じさせる様子で、ジッと里の方に目を向けた。
「とりあえず、オレっちの配下連中と、初音太夫親衛隊にご足労願ってる。ざっと二百を超えるぜ。今、この後ろの木々にいる連中、感じるだろ?」
鶴ちゃんの言葉を受けてチラリと背後に目を向ける。見えるのは、真っ暗闇の森だけ…だが、木々の揺らめきが、さっきよりも僅かに重い様だ。確かに誰かがいると分かる。ボクはニヤリと笑うと公彦の肩をポンと叩いた。
「上等。生憎、ボクに配下はいないからねぇ」
「そうなのか?」
「あぁ。ずっとお千代さんの落第生で良い。その手の仕事は鶴ちゃんにお任せさ」
「ほぅ…何かワケアリか」
「そんな所。さて…そろそろだろうかね?」
雑談をするうち、段々と辺りが暗くなっていく。だが、その暗さはある一定の所で留まった。頭上に輝く満月と星達が、辺りを僅かに照らし始める。ボクはお千代さんの方に顔を回し、お千代さんはボクの方に顔を向けた。
「……そろそろか」
合図は小さな拍手のみ。相手には木々のさざめきと重なって聞こえまい。パン!とお千代さんの手が鳴ると、ボクも同様にパン!と手を鳴らす。その音が森中に反響し、次々に拍手が聞こえてくると、ボク達は行動を開始した。
「さぁて。行こうか…最初は、静かに。吹っ切れる合図はボクの銃声さ」
そう言って、一気に木から飛び降りていくボク。ボクが一番槍…後ろから、ぞろぞろと皆が木から降りてくるのを感じつつ、少し先にある明かりの消えた小屋の方へと駆けていく。
「……」
手にはかんざし。ボクは敷地に入り込むと、一気に小屋の裏手側へと回って中に入っていく。月明かりが届かない家の中… 夜目がある程度効くボクなら大丈夫。真っ暗闇の中、大胆に足を踏み入れ進んでいくボク。多少の音にも反応無し…どうやら家主は寝静まったらしい。
「ほぅ…」
廊下を歩き、寝室らしき部屋に入り込むと、中には5人の男女が雑魚寝していた。ボクはそれを見てニヤリと笑うと、かんざしを手に一人ずつ確実に始末していく。
口元に手を当て、首筋を一突き。それだけで、寝ている連中は二度と目を覚まさない。ボクはあっという間に五人を消して小屋を出た。
外に出ると、ボクから遅れて木々を降りてきた皆が里に足を踏み入れた頃合い。その場の勢いで獲物を割り振り、それぞれがゆっくりとした足取りで…それでも、ある程度の勢いを保ったまま散っていく。
ボクは家々へ散り散りになった皆を背に置いて、奥へ奥へと浸透していく。あの様子なら、どの家でも、同じように寝静まってるはずだ。多少は寝付きの悪い奴がいるかもしれないけど、騒ぐ前に殺される。
ボクの目的は最奥地。お千代さんの両親が居る立派な屋敷だ。ボクに追いついてきたお千代さんは、ボクに火種を寄越すと、背中の大太刀を抜きながらこういった。
「コソコソするだけ無駄だ。皆、家々に入り込んだ。もう隠れる必要はない」
「分かったよ。ありがと」
お千代さんの言葉に、ボクはニヤニヤしながらそう返し、懐から銃を取り出した。お千代さんから受け取った火種で撃つ準備を整えつつ…駆け足を止めて歩きに返る。屋敷の扉は目の前だ。
「立派な扉だが…ハリボテなのは分かってるさ」
大きな扉。だが、江戸にあるそれと違い、薄い板なのは監視中に知った事。ボクが扉を蹴破ると、扉は派手な音を立てて砕け散り、歪な開き方をして見せた。
「!!!!」
開いた扉。奥には寝付けず、何か怪しんだ様子を見せてこちらに寄りかけていた男が一人。ボクはソイツに満面の笑みを浮かべると同時に、男の顔面に銃口を向けた。
「やぁ!夜分どうも!…早速だけど、死んでもらうよ!」




