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大江戸虚空記録帖  作者: 朝倉春彦
弐:掟破りの宴
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其の三十九:偵察無頼漢

「この辺りだよなぁ?多分…」


 日が僅かに傾きかけた頃。ボクとお千代さんは中山道から大きく外れた山の中を彷徨っていた。


「多分ね。正確には分からないけどさ」


 昼前に見た、二匹の鷹が飛んでいた辺り…街道を外れて、獣が通ったような後を辿って林の中を彷徨い歩き、兎に角奥へ奥へと進んだ先。山の斜面が緩やかになった先。僅かに草原が広がる場所があった。


 人が居て、見晴らしがよく、鷹をどうこうできるとすれば、この辺りだろう。ボクとお千代さんは、草原の隅っこ…木々に紛れる様に立ち尽くすと、互いに声色を小さくして辺りをゆっくり見て回る。


 欲しいのは人の跡遠くを見回さず、ゆっくりと草原の周囲を囲う様に歩きながら、下に目線を集中させた。これまで来た道には足跡など付いていなかったが、ココから先、何処かに人の足跡が見つかるかもしれない。


「……何かあったか?」

「まだ何も」


 周囲をグルリと回れば、六町位はあるだろうか。それ位の草原…グルリと周囲を回り、丁度最初の場所から反対側に来た時。前を行くお千代さんの足がピタリと止まり、ボクの腕を掴んで木々の間に体をねじ込ませた。


「!?」


 驚くボク。口に人差し指を立てるお千代さん。木々に紛れて身を縮め、お千代さんが指した方に顔を向けると、ここから1町ほど進んだ先の外周に居るはずもない存在がそーっとした足取りで現れた。


「……」

「……」


 ゴクリと生唾を飲み込む。その影は、何てことの無い雑魚虚空人。奴らはボク達に気付くことなく、ボク達が入って来た獣道の方へと進んでいくと、森の中へと姿を消した。


「…あそこ、出入り口なんだな。足跡あったっけか?」

「無かった気がするけど、もしかしたら端の方を歩いてたのかも。歩けなくは無いし」

「危機管理、随分と行き届いてやがるな」

「賊の基本だよ。この手の山じゃ、ねぇ」


 ボクはそう言うと、お千代さんに足を見せた。ボクが履いている足袋は、大きな獣の足跡に偽装できるようになっている。見る人が見れば人だと分かるが、このような簡易的な誤魔化しは、ボクが賊だった時代、追手を眩ますのによく使った手なのだ。


「別にしなくていいから気にしてないけど。こういう足袋で誤魔化すんだ。足跡は重要な手掛かりだからねぇ…」

「なるほど。流石だ。とりあえず…向こうだな」


 僅かな会話の後、ボク達は茂みから姿を見せて先に進む。虚空人が姿を表わした方へ、ゆっくりと進んでいくと、そこには人一人が通れるくらいの獣道が、木々に隠されるように存在していた。


「御伽話じゃ、この先は別世界に繋がってるやつだぜ」


 軽い冗談を一つ。お千代さんの茶目っ気にボクはニヤリと笑うと、先に進もうとしたお千代さんの手を止めた。


「どうした?」

「行かない方がいい。下を見てよ」

「……?」


 何かを感じ取ってお千代さんを止めたボク。行こうとした獣道には、足跡が無かったからだ。


「足跡が無い。罠を仕掛けてる…わけも無いと思うけど、コッチを通ろう」


 そう言って近場の木を掴むと、軽々と上まで登っていく。ココから先、生える木々の樹齢はどれもこれも高そうで、木の上を行くには十分な丈夫さがあった。


「なるほど、乗った」


 お千代さんは地面の状況を見てから、ボクの案に乗ってくる。この手の山だと、きっとお千代さんよりボクの方が向いているのだろう。ボクは木に慣れないお千代さんの手を取りつつ、獣道の上を沿うように木の上を進み始めた。


「ヤケに積極的だな。近いのか?」

「さぁ、どうだか。でも、何か予感はあるんだ」

「流石。虚空人見てぇな生活してただけあるわなぁ…」

「確かに、言えてる」


 木の上を渡り、森の奥へ奥へ。木々に覆われた獣道がややしばらく続き、やがて現れた斜面は登り勾配を示す。山の山頂へ向かう道…だろうか。ボクは葉っぱに隠れた先の光景を意識して見つつ、何かが現れるのを期待していた。


 さっき現れた虚空人。そこまで服は乱れておらず、呼吸も普通だった。となれば、こんな面倒な手を使ったかは知らないが…足跡を付けぬように辿って来たとして、そんなに長い距離を来たわけでは無さそうだった。


 それが示すものは…


「おっと…」


 ボクは木々の向こう側に見えた光景を見て足を止め、僅かに姿勢を崩したお千代さんを引っ張り上げる。そして、お千代さんの手を引いてこちら側に身を寄せると、ボクは遠くの光景に向けて指を指した。


「ほぅ…」


 その光景を見たお千代さんは、思わずといった形で口から声が漏れ出て来る。こんな人気のない山の中…木々が僅かに開いた山の斜面に見えたのは、鮮やかな色を持った棚田と、集落と呼ぶには大きな町の姿だった。


 作物が植えられた棚田は、パッと見る限り数十段にも及んでいる。その一部には、どこかに水源でもあるのだろうか…水が張られていた。そして、棚田の周囲、僅かな平地に建てられた家々には、人が住む気配が色濃く残っている。ボクとお千代さんはそれらを遠くから眺めると、顔を見合わせた。


「スゲェな。問題はこれがお目当ての虚空人集落かどうかだけど」

「あぁ、心配すんな。もう分かったからよ」


 問題は、ボクが言った通り、これが雑魚の集落か元管理人の集落か…だったのだけど、お千代さんには既に確信があるらしい。ボクが怪訝な顔をしてお千代さんに顔を向けると、お千代さんはボクを肩で抱いてある場所を指さした。


「うわっと…おぉ…ははぁ~ん。確かに、そうだ。間違いない」


 言葉も無く示された場所。そこを眺めたボクは、すぐに納得して頷いて見せる。


 遠くに見えた光景。中でも一際大きな屋敷。そこに出入りする者の姿は…あの日の夜に見た、白い髪の男女の姿…


「ここに居やがったかぁ…思ったよりも近くだったなぁ…」


 殺意の籠ったお千代さんの唸るような声が耳元に聞こえてくる。


「見な、あの建物の門にある家紋。あれはな、元々ウチが従ってた奴の家紋さ」

「へぇ…見た事ないや」

「当然。片手間程度の合戦で滅ぼされた弱小だからなぁ…」


 お千代さんはそう言うと、ボクを離して顔を歪める。見ていると、あの屋敷に出入りするのはある程度の手練らしく、お千代さんが言う八人の元管理人はあの屋敷に居る可能性が高そうだ。


 なにはともあれ、今は手出し無用。ボクはお千代さんの方を振り返り、戻ろうか?と合図を出すと、お千代さんはコクリと頷き、口を開いた。


「外界から切り離された集落…厄介だなぁ。これ程の町を消すにはチト、頭を使わねぇと。時間も無さそうだが、まぁ良い。螢、一旦引くぞ。次に来る時にゃ、存分に暴れさせてやるよ」


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