其の三十八:仕事無頼漢
「この辺に居るんじゃ、こうなるのも仕方がねぇわなぁ…ツキが無かった」
「そうだね。運が足りなかった。それ以外にも思慮不足だったな」
まだ明るい時間帯。中山道沿いの茶屋の中。お千代さんの苦無で動きを止めた男に、僕は銃口を向けた。
「ダメだよ。権利がないなら、質素に生きなきゃ。身の丈に合った暮らしをね」
裏で色々とやらかしていた男。それが無ければ、こんな辺鄙な場所の違反者…それも、今回のゴタゴタで違反させられた様なものなのだから、見逃すという選択肢もあったのだが…残念だ。こんな腹黒い人間、違反させたまま生かしておく訳にはいかない。
「それじゃぁ、続きは向こうでね。出来るかは、分からないけど」
最後の一言を男にぶつけると、ボクはゆっくりと引き金を絞る。辺鄙な土地に轟音が一つ…男の額が弾け飛び、男は背後に血と脳漿をぶちまけて倒れて行った。
「ボク達とて、何でもかんでも支持してる訳じゃないんだけどねぇ」
煙が漂う銃口…煙をフッと消して呟く。ボクとて、あの将軍様に思う事が無いわけでは無い。だが、連中の支配が続けば少なくともこの国は消えない。
「しっかし、やはりというか何と言うか…多いね。次から次に違反者だ」
「コイツで一段落だがなぁ。とりあえずは…一度理が絡まっちまえば、何処までも影響が出やがる」
「記録帖の改変も、まだ間に合って無さそうだね。もう一月経つ頃なのにさ」
「そんだけ規模がデカかったんだ。元々、違反者も多かったろぅ?なら、しでかす前から何か予兆はあったんだろうさ」
「今となっては、それが何なのか分からず仕舞いだろうね」
「あぁ、何時から連中が江戸に出向いてたかは知らねぇが、確実に奴らは動き始めてただろうよ。この辺に隠れてたとはなぁ…」
男の亡骸が床にあり、硝煙が漂う茶屋の中で語らうボクとお千代さん。外は長閑な晴れ模様。誰かが不意に通りかかるなんてことは暫くない。お千代さんは周囲を見回して何かを見つけると、ボクにそれを指して何かを伝えてきた。
「いいね」
お千代さんが指した先。あるのは茶と団子…きっと、この男が朝にこしらえたモノだろう。ボクとお千代さんはそれらを拝借すると、手際よく茶を入れ皿に団子を載せ、軒先へと出て行った。
「贅沢な休憩になったな」
ニヤリと笑うお千代さん。ここ数日、時には飲まず食わず眠らずといった状態で後始末を続けていたから、久しぶりの休息だ。
「ようやく探し事が出来そうだな」
「うん。それも、きっと、この辺だろうねぇ…」
茶を飲み団子を食べつつ軽い会話。茶屋の前は整備されていると言い難い獣道…その先は草の生えた下り斜面…さらにその先には別の獣道と林が見えた。ここから見れば、小高い丘の上とも言えるが…茶屋の背後にはさらに高い丘がそびえ、鬱蒼とした木々が生い茂っている。
「下るか上るか、二つに一つ?」
「右か左かってのもあるな。どっちに行っても宿場に着くが」
「右から来たから、行くなら左か。そっち側に違反者は出てたっけ?」
「いや。出てない。この辺りが熱気の最北端だな」
「なら、左はナシだね。ちゃんとした道に出て川を渡る必要も無いか」
茶屋の軒先で呑気に会話を交わすボク達。この辺りの違反者は一通り駆除し終えた。あとは、この辺の捜索だ。虚空人が居るのはこの辺り…なのだろうか。それは分からないが、兎に角、思いつくままに山を探して回るしか手立ては無い。
「違反者を片付けるのに一月、虚空人を探すのにどれだけかかるかな」
「そんなにかからねぇだろ。ワタシ達がハズレ引いても、鶴松達がアタリを引くさぁ。なんせ、中山道の辺りなんざ、それらしい場所は限られてっからなぁ」
お千代さんの言う通り、ここ中山道は探す場所が少ない街道と言えた。この道は、先を行けば険しい峠が続くが、違反者が江戸の近くだけに留まっているとなれば…浦和まで行く必要はない。峠越えをしなくていいのだ。
ともなれば、探す場所など大分狭く絞り込める。まだ微かに江戸らしい面影が残る板橋から、戸田川を渡って蕨まで。その範囲の何処かに虚空人の里があると睨んでいるのだが…
今いるのは戸田川のちょっと手前。川を渡るとなれば船が要る。違反者が川の奥に居ないと言う事は、丁度この辺がギリギリの場所…この辺の山々の何処かにあると思うのが自然だろう。
「じゃ、ちょっくら山に入るかぁ…上か下。どっちに賭ける?」
茶も団子も無くなった頃。お千代さんはそう言って立ち上がった。ボクもそれに続いて立ち上がり、上と下の光景を見て首を傾げる。どちらを選んでも茨の道だ。
「せめて、獣道が見つかるまでは中山道に居たいな」
そう言いながら辺りを見回していた時。ボクはさっきから変わらない様に見える、何気ない光景の一部に目を奪われた。
「あー、お千代さん。ボク、あの辺を調べたいかも」
目を奪われたのは、空の一部。下の方向…その上空。ボクの目に映ったのは、鷹だった。
「下か。何か見つけたみたいだが、何がある?」
「鷹だよ。お千代さん、上見て上」
「あー…小さく見えっけど、確かに鷹だ。それも二匹。大分遠いぜ、あそこ」
「さっきから何か飛んでるなぁ~って眺めてたけどさ、鷹なんだよね、アレ」
ボクはそう言いながら、坂の下の方を指さした。これから先の行き先は、もう決まったようなものだ。
「あそこまでどれだけあるか分からないけどさ、行くならああいう所だよね」




