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大江戸虚空記録帖  作者: 朝倉春彦
弐:掟破りの宴
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其の三十七:準備無頼漢

 虚空記録帖への言い訳大会が終わった後。お千代さんは仕事から帰って来た鶴ちゃん達を馴染みの居酒屋に呼び出した。


「今日は酒もナシだ。分かってるよな?」


 数日越しに集まった五人。鶴ちゃん、栄さん、八丁堀…そしてお千代さんとボク。夜らしくない明かりに照らされた店内…普段であれば、一言二言の後には酒を飲んで盛り上がるのだが…今回は状況が状況なだけに、皆何とも言えない表情を浮かべていた。


「まぁ、わっち達も馬鹿ではないからの。昼間には記録帖越しの指示があったし。何かがあったんじゃろう?」


 茶とお通しだけで始まったボク達の会議。栄さんの疑問に、お千代さんは小さく頷くと、珍しく持ち歩いてきた記録帖を机の上に載せた。


「あぁ、虚空人を見つけたら棲み処を探すだけに留めろと言ったな。アレからどうだ?虚空人、見つけた者は居るか?」


 お千代さんの言葉に、ボク以外の三人は首を横に振る。お千代さんはそれを見ると、記録帖を開いた。そこにはいつも通り真っ新…ではなく、何か地図が書き込まれている。


「見つけられてないなら吉報だ。ちと、ワケアリでなぁ。今回ばかりは、見つけた殺したじゃ終わらねぇのよ。そこでだ。暫く時間をかけていい。虚空人の棲み処を洗い出したい」


 お千代さんはそう言って、地図を指す。見る限り、その地図は江戸の北側…この間、ボクと八丁堀がしくじった神田の辺りから北を表わしている様だ。


「この辺。中山道の周りにある山だな。重点的に探すのはこの辺だ。手分けするなり、各々後輩連中を使っても良い。虚空人が里を作って無いか調べてくれ。そして、見つけたら手を出さず…記録帖へ書き込んで知らせろ」


 指示を受けて頷くボク達。ボクを除く三人は、僅かにピンと来ていない様だが、それは普通の虚空人しか知らないから…それを話すにも、八丁堀が厄介だ。悪いが、多少の疑念は残したまま仕事にかかることになるだろう。


「構わないが、何故じゃ?虚空人如き、すぐにでも消すのがこれまでじゃったろう?」

「あぁ。それを放置するってなぁ、ちと不思議だな」


 当然の疑問が沸き起こる。栄さんと鶴ちゃんの言葉を受けたお千代さんは、二人をジロリと見つめると、目を泳がせることなく口を開いた。


「言ったろう。ワケアリだとな…今回は、ちょっとした騒ぎのせいでタダでさえ多かったってのに、更に大勢の違反者が出ちまったよなぁ?」


 お千代さんが言い始めたのは、本当の理由…ではなく、誤魔化し為に作った偽りの理由。


「ま、虚空人もそのせいで大量に出て来ちまってる。それはもう仕方がネェ。生かしておくつもりもねぇんだがな?ちと、有効活用したいわけよ」


 お千代さんの言葉に耳を傾ける三人。何も知らねばそれらしく聞こえるのだから性質が悪い。ボクは表情を変えず、お千代さんの横で何も言わずに聞き入っていた。


「虚空人ってなぁ、人目のつかねぇ所で暮らすしかない。何処へ逃げ仰せて、どう生活を営むか…それを調べたくってな。それが分かれば、ちったぁ記録帖も人のいない土地を見るようになるかもしれないだろ?」


 理由を知ってると、僅かに苦しく感じるが…それでも、三人を納得させるには十分だったようだ。まぁ、お千代さんの言葉にも一理はある。いつも気付けば里が出来てるのだから、仕組みを調べて記録帖に報告できれば…記録帖の監視範囲が改善されるかもしれない。


「記録帖ってのは、人しか見ないからのぅ…効果はあるか分からんが、まぁ分かった」

「モノは試しってヤツだろ?ま、あの本がちゃんと人を見てるのかも怪しいもんだからな」

「……そういうものなのか」


 三様の反応。ボクはお千代さんの方を見て僅かに苦笑いを見せると、お千代さんは表情一つ変えずに肩を竦めた。


「で、だ。明日から取り掛かってもらいたい。まぁ、膨れ上がった違反者どもを消しながらだから、時間がかかると思うが、最初に言った通り時間はかかっても構わんからな」


 そう〆ると、お千代さんは記録帖を捲って真っ新な紙を空気に晒す。


「おい、筆持ってきてくれ」


 近くにいた抜け殻に言って筆を貸してもらったお千代さんは、記録帖にボク達の名前を書き始めた。


「……暫くは、この辺りの担当になれるようにしとかねぇとな。大阪に行けとか言われちゃかなわねぇ」


 そう言って筆を走らせるお千代さん。八丁堀の名を書いた時点でピタリと筆が止まった。


「お前さん方…本名、なんで入れてるっけか?」


 ボク達三人を見回してそう言ったお千代さん。ボク達はポカンとした顔を浮かべると、すぐに「あぁ」と合点が言った。滅多に苗字まで名乗らないから、忘れるのだ。


「花戸栄じゃ」

「白糸鶴松だ」

「敷町螢だよ。っていうか、別に普段通りの呼び名で良かったんじゃない?ボクのなら、鶴ちゃんって書いても読んでくれたよ?」

「…あぁ、そっか。公彦のを全部書いたせいで何か全部書かねぇとって思っちまった」


 お千代さんはそう言いながら、筆を走らせ…書いた文字が記録帖へ吸い込まれていく。文字が消えると、記録帖からは、ズラリと文章が返って来た。


「……まさか、もう仕事があるとか言わぬよな?」


 栄さんの言葉は、嫌な予感がピタリと的中。その文章は、その界隈にいる違反者を始末するようにという、記録帖からの指示。ボクは栄さんの方を見てニコッと笑うと、栄さんは唖然と口を開いた。


「この間のしくじりがデカかったね。八丁堀?」

「らしいな。…手間、かけちまってる」

「これはこれは…暫く休む間も無さそうじゃのぅ…」

「行った先々で何か貰えば良いだろうよ。こんだけあるんじゃ、寝る間もねぇがな」


 机の上に置かれた記録帖を見ての反応…ボク達は全員顔を見合わせると、最後にお千代さんの方へ顔を向けた。


「状況はこの通りさ。最優先は記録帖に従え。暫くは比良に戻れねぇからな、各々準備を整えてかかれよ?」


 そう言った後、お千代さんは記録帖を閉じて仕舞いこむ。


「単独行動はするな。ワタシは螢に用があるから…丁度こっちとそっちで二と三に分けるとすっか」


 その流れのまま人を分けると、お千代さんはボクに目配せをして立ち上がった。


「じゃ、どれだけかかるか分からないけど…動いてきましょっか」


 ボクは何も言わず、自然なままお千代さんの後に付いていく。お千代さんは店から出る間際、残った三人の方へと振り向くと、色の無い顔を向けて最後の忠告を出した。


「虚空人の件、くれぐれも深追いはするなよ?それだけは守ってくれ。暴れる時は後から幾らでも作ってやる」

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