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大江戸虚空記録帖  作者: 朝倉春彦
弐:掟破りの宴
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其の三十六:事務無頼漢

「お千代さん、ちょっと雑談がてら整理させてよ」


 昼前。中心街から移動して、やって来たのはお千代さんの家。そこで机に向かうボク。目の前に座り、ボクと同じ様に記録帖へ筆を走らせるお千代さんにそう言うと、お千代さんは手を止めてこちらに目を向けた。


「何の整理だ?」

「虚空人についてだよ」


 事務作業をやりながら出来る事だ。ボク達がやっているのは、これまでの顛末を記録帖へ書き込む事…つい数日のことなど、目を瞑っていても書けるんだ。それならば、作業ついでに頭の中を整理したかった。


「虚空人ってさ、ボクもそうだけど…皆違反者しかならないって思ってたでしょう?」

「そうだな。その認識であってる。いや、あっていた…か」


 ボクが話し始めると、お千代さんはすぐに意図を汲んでくれる。僅かに眉を動かすと、目を記録帖に戻しつつ、雑談に応じてくれた。


「でも、実際には違うわけだ。二種類あるわけだよね?」

「あぁ。違反してからなる場合と、管理人を経てなる場合だな」

「違反してからなら、殺せるんだよね?管理人を経たら殺せない訳だ」

「そうだな」

「で、管理人を経て虚空人になった者は今まで八人だけ…と」

「ワタシが知ってる分で、だぞ?」

「うん…分かってる。だけど、それならさ、ボク達も随分曖昧な中に生きてるもんだね」


 ボクは記録帖に筆を走らせつつ言った。ボク達本来の役目は虚空記録帖に記された通りに動かなかった者を消すことだ。それが、虚空記録帖の曖昧さが生んだ虚空人なる存在の対処もやる羽目になってしまっている。


「曖昧だからこそ、しくじってもお咎めが軽いんだろうよ」

「この本に人間らしさを感じちゃうね。その内、違反者の対処がオマケになりそうだ」

「もうなってるだろう。違反者なんざどんな奴でも可愛いもんよ。すぐに殺せんだから」


 お千代さんはそう言うと僅かに頬を綻ばせた。


「虚空人もさ、生きるだけが目的だと思ってたよ。成り立ちが成り立ちだから、人と接する事はしたくない。だから秘境に籠って仙人みたいな生活をしてるのが殆どだろ?」

「あぁ。江戸に流れてるその手の噂は殆ど、虚空人が犯人だろうよ」

「だけど、そうじゃないのも居るわけだ。ボク達の様な管理人に余計な自我が芽生えちまえば、あっという間にこの世に混沌に落とし込める。いやはや、ボク達もとんだ危険人物だな」


 そう言って笑うと、お千代さんも釣られて小さく笑う。だが、その笑みは黒い笑み…すぐに真顔に戻ると、ボクとお千代さんは顔を見合わせた。


「今回の騒ぎであっち側に引きずり込まれた奴が居なけりゃいいが」


 僅かに低い声色で告げられた言葉。お千代さんの言葉に頷くと、ボクの背筋は薄ら寒くなる。夜中、人が外に出るような時間じゃないとはいえ、江戸に現れたのだ。今回の様な異常事態に乗じて管理人と接触してしまう事だって大いにありうる。


「管理人の管理すらボク達の仕事か。参ったな」

「入ったばっかで言いたかぁねぇが。公彦何て良いカモだろ?」

「確かにそうだ。八丁堀、まだ気持ちは向こうにありそうだもんな。ま、お千代さんの親御さんとはソリが合わなさそうだが」

「あぁ。だが、なり方が分かればどうなると思う?」

「どうだろうねぇ…そんなこと考えてたらキリが無い。虚空人も群雄割拠ってか。そんな時代が来れば、ボク達管理人は皆抜け殻に…江戸は消え失せどうなることやらって…」


 そう言うと、一度筆を置いて文字を記録帖に読み込ませる。特に何かを尋ねたわけでは無いから、記録帖から文字が返ってくる訳ではない。


 一見、全知全能感のある記録帖だが、時折管理人の手で見たまま感じたままに書かねば、結果だけであれこれ判断されるハメになるのだ。それが悪い結果であれば、最悪抜け殻一直線…今やっていることは、いわば自己弁護と言った所か。


「で、だ。とりあえず…お千代さんの親御さんを止めるのがボク達の仕事になった訳だけど。手駒みたいな虚空人を消すのは良いとしてさ、親御さんをどうにかする手は無いの?」


 手は一旦休めるが、口は休めない。ボクが尋ねてみると、お千代さんも筆を置いてボクの方へ顔を向けた。


「無くはない」

「あらま、そうなの?不老不死、打つ手は無いと思ってたんだけど」

「連中を比良に連れてこれればの話だがな」

「へぇ…?」


 ボクは僅かに希望を感じる。だがすぐに、お千代さんの顔色を見て、良い未来は想像できなくなった。


「八人。元は十人だったんだが、まぁ…その八人が厄介でな。今の管理人の様なヤワな連中じゃ打つ手はねぇだろうよ。戦ばっかの時代に、戦を幾度と無く潜り抜けてきた古強者だ」

「そういう事か…お千代さんの親御さんも?」

「あぁ。ワタシなんか片手でやられちまう」

「なるほど、ソイツは…こう、あれだね。無理だ」


 ボクは乾いた笑みを浮かべると、頭の中に思い描いた幕引き案は、自ずと先程お千代さんが言った通りに収束する。


「だから、その八人を狙わず周囲をやるってなるわけだ」

「あぁ。連中の狙いは、戦をすることにあるからな。まだ恋焦がれてるのさ、戦場に」

「直情的で分かり易いこって。下手な思想家じゃなくて良かったと思うべきかな」

「単純脳だからな。狙いは…心配するな。ワタシが遠い昔に問い詰めたからな」


 お千代さんはそう言うと再び筆を手にして墨を付ける。ボクもそれに倣って筆を取った。


「江戸に出て来たって事は、もうじき準備万端整うはずだ。その前に、連中には山にお帰り願おうじゃないか。今回は、それが精一杯だろうよ」


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