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大江戸虚空記録帖  作者: 朝倉春彦
弐:掟破りの宴
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其の三十一:追撃無頼漢

 現れた二つの影。若干傾きかけた日の下で、橙色の空を背景に、連中はボクと公彦を見下ろした。


「誰だ?」

「違反者さ。直々に出向いてくれるとはね」


 公彦の問いに、ボクが答える。現れたのは、今まさに殺しに行く所だった夫婦。若い男女はボク達を見下ろすと、下衆な笑みを浮かべて辺りを見回した。


「派手にやるじゃねぇか!後でお叱りを受けても知らねぇぜ」

「余計なお世話さ。随分やってくれたもんだ。アンタら、虚空人だな」

「虚空人?あぁ、あんた達はそう言うらしいな。自由に成り切れない出来損ないは!」


 女が威勢よく叫ぶ。それにボクは苦笑い。公彦は僅かに歯を食いしばった。


「出来損ない…か。そっくりそのまま返してもらうよ。それに、良い所にやって来たもんさ。殺されに来る奴ほど、楽な相手は居ないからね!」


 そう言って、近場の塀に飛び乗るボク。二人は僅かに足を動かしたが、ボクが動かない以上、動くつもりは無いらしい。


「威勢のいい坊やだな。中身は相応の年増だってのによぉ!」


 男の方が、そう言いながら懐から何かを取り出した。それは、丸い何か…姿を見ても、ボクも公彦もピンと来ない。


「だが、手出しはさせねぇぜ。ここの連中だけで十分かと思ったが、そうじゃなかったからなぁ」

「…どういうことだ?それは…?」

「だからよ、本の僕共!俺等を見逃してもらおうかって話よ。コイツを投げれば、辺り一帯の人間が外れるぜぇ!」


 ヒョイと見せた丸い球。男の話を聞いたボクは、その球を見てハッとした。


「煙玉ってヤツか」


 ボクが何かを言う前に、公彦がポツリと正解を呟く。男女は公彦の言葉に頷くと、ボク達を嘲る様な目で見て笑い、そしてゆっくりと後退し始めた。


「これ以上邪魔されたくねぇんでなぁ!山の民直々に挨拶へ来たって訳ヨ」

「そうだ!あんた達は大人しくお帰り!あの本、やって良いこと悪いことがあるんだ!」


 二人は球を手にしながら、ボク達から離れていく。その様を見ていた公彦は、ボクに何か言いたげな様子でこちらをジッと見つめたが、ボクは何も言わず手で動きを制していた。


「好き勝手言うよ。ホントにさ」


 呆れた声で一言。ジッと見つめる男女の服の隙間。そこに、球以上のモノが入っている様子は無かった。


「公彦」


 ある程度の安全を確認したボクは、ようやく公彦に声をかける。こいつ等も、なりふり構わず人を記録から剥がすつもりは無さそうだ。


「女の方を殺れ。多少の犠牲は構うな。後で片付ければいい。ボクは男の方だ」


 短くそう告げると、ボクは目の前の屋根へと飛び乗った。さぁ、ここからは鬼ごっこだ。逃げた男女は二手に分かれ、女は地上、男は屋根の上を飛び移って離れていく。公彦は言葉も無く路地へ姿を消し、ボクは男の背を追って久しぶりの屋根上紀行へ繰り出した。


「…ついてくんなや!話聞こえなかったかぁ!?」


 ボクの追走に気付いた男が屋根のうえで叫ぶ。ボクは何も言わずに笑みを返した。男は脅しに使っていた球を投げる気配がない。分かっているのだ。それを機能させるには火が居るのだと。


「このっ…!」


 中々に身軽な動き。山の民と自称するだけはある。だが、山に生きたボクに敵う者はいない。ひょいひょいと、子供の身なりで屋根を飛び交い、徐々に男との距離を縮めていった。


「畜生が!」


 遂に焦ったか、男が振り返り、苦し紛れに球を投げてきた。火が無ければ只の球。ボクは跳んできたそれを取って懐へ。手触りから察するに、中々の煙を発する煙幕のようだ。


「良い腕だ。だが、持ち球は終わったんじゃない?」


 煽るように叫ぶボク。男との距離は、数尺という所まで縮まっていた。手にかんざしを持ち、男の背中を追いかけるボク。人気の無い通りで、男は遂に屋根から飛び降りると、狭い道のど真ん中で無様に転がった。


「ヘタクソめ」


 嘲るボクは、男の目の前に飛び込み、綺麗に着地して見せる。


「さぁ、どうする?態々顔を見せたんだ。最期の伝言位、預かっておくけど?」


 狭い路地で対峙するボクと男。男はボクより頭二つ分背が大きかったが、ボクが何者かを知っているらしく、すぐにかかっては来なかった。


「それともどうだろう。比良の国へご招待ってのも面白いかもなぁ…どちらにせよ、只殺すってのは味気ないからナシにしようと思うんだ」


 厳しい顔を浮かべて打つ手を探す男に、ボクは煽るように口撃する。得物も持たぬ男。逃げ切れる自信でもあったのだろうか、あれだけ自信ありげな登場にしては、あっけない最期だ。


「喧嘩を売ったんだ。そしてボクは買った。ちゃんと売った分の働きはしてもらわないと」


 ボクはそう言って僅かに足を進める。構えたかんざしは、これまでに吸った血の分汚れていたが、まだ殺すには十分な位、先が尖っていた。


「ダンマリなら、こっちから行こうか!」


 何かを待つような雰囲気の男。ボクはこれ以上待つのは無駄だと決めて足を踏み出した。


「!!」


 掴みかかったボクから逃れた男。ボクは気にせず更に距離を詰めて男に手を伸ばす。男は必死に藻掻くが、そこは子供の体。数手先の動きを見せて、ボクは男の懐に潜り込むと、ヒュッと男の喉元へかんざしの先端を突き立てた。


「っ!!」


 男の喉仏にかんざしが突き刺さる。ボクはニヤリとした表情を男に向けたが、男も男でボクに何か言いたげな顔を浮かべて口元をニヤリと歪めた。


「笑うしかないって?アンタが隠してる秘密の一つや二つ、知らなくたって構いやしないさ。生かしておく方が面倒だ」


 死に際の捨て台詞。男はその直後、目の光を失い力を失う。これで一丁上り…そう思ったボクの遠く背後で、派手な爆発音が鳴り響いた。


「!!!!!!」


 男を放し、嫌な感覚に貫かれ、すぐさま後ろを振り返るボク。方角からいえば、公彦が女を追った先。煙がのうのうと立ち込めており、すぐさま火事を知らせる鐘が鳴り響いた。


「火事だ!火事だァ!」


 遠くの通りを男が駆け抜けていく。辺りは一瞬の後に騒然となり、ボクはその様を見て奥歯を噛み締めた。


「八丁堀め、女相手に何してるのさ…」


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