其の三十:銃劇無頼漢
叫び声に誘われて、ボク達は隠れるのも止めて声の元へ。広い部屋の障子を開けて中へ飛び込むと、長い銃を手にした男がボク達を待ち構えていた。
「…!」
「…!」
既に火が付いた銃。ボクは多少の叱責覚悟で男の懐へ飛び込んでいく。何がどうしてこうなったかを考えるのは、この後で十分だ。
「止めろ!」
公彦の叫び声がボクの横を通り過ぎ、目の前でボクに銃口を向ける男に突き刺さった。室内で扱うには長すぎる銃。ボクは身を素早く捩って銃口から逃れると、素早く男の懐に入り込む。
「!!」
刹那。耳元で銃声。ボクの聴覚は一瞬の後に消え失せた。
同時に、辺り一帯の人間が壊された感覚が体を貫いていく。
(やられたッ…!)
見開かれた目は男の顔を捉え、勢いのまま男の首元に手を伸ばす。銃の反動を受けた男の揺らぎに乗じてクルリと一回転。まんまと男の背後に張り付いたボクは、手にしたかんざしを男の首筋に突き立てた。
「!!」
言葉を発しようにも、耳が聞こえなければ何も出来ない。夢中になって男を始末したボクは、力を失った男の背中を押して畳みに放り込むと、男の向こう側で驚いて固まっている公彦に目を向けた。
(斬ってくれ)
仕草でそう伝えるが、公彦には意味が伝わっているのやら。首を傾げ、ハッとした顔を浮かべたかと思えば手にした刀を中途半端に構えるだけ。
(畜生)
ボクは声に出さず毒づくと、公彦の元へ駆け寄って、刀を手で掴むと躊躇なく首を斬り裂いた。
「!!」
驚く公彦。呆れ顔で生気を失っていくボク。勢いよく噴き出た血の温さを感じつつ、フッと体から力が抜けて、すぐに力が戻ってくる。フラリと崩れた姿勢を正すと、公彦の刀に付いたはずの血は綺麗サッパリ、ボクの体に戻っていた。
「迷うなよ!どうせ死んでも死にきれないんだからさ!」
公彦に強めの口調で言ったボクは、すぐに懐から銃を取り出し辺りを見回す。さっきの銃声で、周囲の人間の記録が破られたのだ。
「畜生、公彦!記録帖持ってっか?」
「持つわけないだろ!」
「ならば、感覚は鋭いか?」
「この気味の悪い感覚の事を言ってんのか?」
「そうだ!今ので辺りの人間が壊れやがった!動きが崩れた連中を斬って周れ!」
ボクの怒声に呼応するかのように、この家の扉が開かれ、何事かと見に来る住民たち。倒れた男、硝煙の香り、得物を持って立ち尽くすボク達を見た連中は、皆一様に悲鳴を上げた。
「人殺しだ!誰か!」
先頭を切って来た男が絶叫する。
「クソ!見られた!生きて返すな!」
ボクの言葉に弾かれる様に公彦が飛び出した。刹那、真正面に居た男達3人が斬り捨てられる。そのせいで、更に悲鳴が上がったが、体を貫く感覚は無い。
「おい八丁堀ィ!この辺の人間を一人も生かすな!全員殺せ!」
「おい今八丁堀って言ったか?!嘘だろ!!…やめろ…うわぁぁぁぁ!!!」
「役人が人斬りだ!誰か!誰かぁ…あああああああああ!!!」
ボクの叫び声、住民の悲鳴。それを受け真顔で仕事を続ける公彦。ボクは一度抜いた銃を懐に仕舞うと、再びかんざしを取り出して家の外へ飛び出した。
「畜生畜生畜生!何処までやられたんだ!?」
軒先の塀の上に飛び乗り、そこから更に屋根の上へ。この家の周りには10人弱程度が集まっていて、それらは皆、蜘蛛の子を散らすように逃げてる最中。公彦が次々に斬り伏せているものの、その手が追いつかないのは見ても明らかだった。
「クソ!」
毒づきながら、一番遠くまで逃げている女を追いかける。幸い、狭い路地で逃げる方向は二つに一つ。ボクが向かった先を公彦が見ている事を祈りつつ、ボクは被害が拡大しない様に女の背中に飛び掛かった。
「キャ!止めて!殺さないで!」
金切り声の様な絶叫。女の叫び声程苦手なものはない。ボクは女の背後に飛び掛かると、すぐにかんざしを首筋に突き刺した。
「がっ…!」
いつもと違って急ぎなものだから、痛みが女に伝わり、短な断末魔が上がる。だが、確実に命を刈り取った後に振り返ると、こちら側に逃げてきた数人の男女が顔を真っ青にして踵を返す様が見えた。
「来た!に、逃げろ!」
「あっちは同心だぞ!」
「そうだ!こっちはガキ一人だ!無理にでも通っちまえ!」
発狂する人間達。ボクは目を血走らせて足に力を込めると、一気にそいつらの元へ駆け出す。威勢の良い事を言っていた連中も、ボクの様子を見るなりすぐさま逃げ出した。
「八丁堀!逃がすなよ!」
向こうに舞い散る血飛沫。ボクの叫び声を聞いた公彦は、こちらを振り返るとすぐに刀を構える。
「!!」
挟み撃ちの格好。追い詰められた三人の男女は、一瞬のうちに斬り捨てられ、無様に路へ倒れ込んだ。
「……」
「……」
すぐに静寂が辺りを包み込む。銃声から出た一連の騒ぎ。体を貫く感覚は、これ以上の違反者を感知していない様だが、ここまで殺してしまうと、この先間違いなく違反者は増える事だろう。
「誤魔化し程度にはなったろうね。この先の面倒事は、悪いけど誰かに被ってもらおう」
刀の血を拭う公彦にそう言うと、辺りを見回して溜息を付く。ひとまずこのままにして記録を都合よく改変された役人たちに後を任すしかない。ボクはこの後の面倒を想像すると、僅かに目を細め顔を歪めた。
「虚空人…か」
ボソッとそう呟いたボクの前に、何者かの影が現れる。
「!!」
隙を突かれ、ハッとして振り向いた先…いや、上。身軽そうな男女がボク達を見下ろしていた。
「なんだ初瀬鬼人の手先かよ。通りで鈍い成果なハズだぜ…ったくよぉ」




