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大江戸虚空記録帖  作者: 朝倉春彦
弐:掟破りの宴
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其の二十九:疑念無頼漢

 今日の仕事、残すところあと三人。だが、残った三人というのが、ちょっと普段と違う雰囲気なのだ。ボクの態度の急変を見て、横を歩く公彦は僅かに背筋を正した。


「何がどう違うんだ?」


 尋ねる声は、相変わらずのぶっきらぼう。ボクは何かを答える前に、最後に回した夫婦の記録を写し出した記録帖の一部を公彦に押し付ける。


「不明瞭なんだ。過去がちゃんと出てこない」


 記録帖の一部を押し付け、理由を告げると、公彦は分かり易く首を傾げた。気持ちは聞かずとも分かる。虚空記録帖は、現在過去未来全てを知り尽くしていて、管理人が尋ねれば隠すことなく返してくれるもの。それが不明瞭だなんて、どういう意味だ?とでも思ってるのだろう。


「たまにあるのさ。こういうことが」

「この本が、そんなに不正確とはな」

「ちょっと、ワケアリでさ。丁度良い…いや、悪いけど。教えておこう」


 不思議がる公彦。当然だ。ボクは横を歩く公彦をジッと睨むと、一息ついてから話し始めた。


「虚空人ってヤツさ」

「虚空人…?」


 それは、ボク達管理人を只の暇人じゃなくしてくれる有難迷惑な存在。管理人からしてみれば、なによりも優先して滅さなければならない存在。


「あぁ、考えてもみなよ。こういうやり方だと、違反者を必ず消せるとは限らないよね?」

「あぁ、そうだな。それは…そうだ。ちょっと思うところがあったな」

「でしょ?虚空人は管理人の手から逃れた存在。違反した後、姿をくらます存在の事さ」


 虚空人の定義を簡単に伝えると、公彦の表情は更に怪訝なものへと変わった。


「居るはずがないと思うだろ?ま、そうだな。大抵は、記録帖に尋ねれば位置を教えてくれるから。そう思うのも無理はない」

「位置を尋ねても出てこないのか?」

「あぁ。出てこない。そういう奴が実際に居る」

「だが、今回はそうじゃない様だが…」


 公彦は渡した記録帖の一部を見ながら呟くように言った。確かに言う通りだ。今回はそういう時じゃない。もっと厄介なのだ。


「あぁ。そうやって姿を眩ませた連中が、ノコノコと日常生活を営んでる所を記録帖に見つかったってヤツだ」

「そんなことがあるのか?なら、違反者と接した者まで…」

「あぁ、違反だよ。だから大抵、虚空人は人目の付かぬところで細々と暮らすんだ。何故かそういう習性になっちまったからね」


 ボクはそう言いながら、手にしていた方の記録帖を顔の前に上げる。


「今回で言えば、旦那に渡した夫婦が虚空人だったんだろう。江戸の外れにある宿…位置を調べてみれば、まず人が通らない場所にあったからね」


 公彦は、ゴクリと唾を飲み込んだ。


「そして、その宿に泊まってしまったのがこの男って所か。虚空人が只の人に関わってしまえば、ソイツの記録までグチャグチャに壊してしまう。そのせいで、この男の記録は歯抜けなんだ」

「こっちの記録がヤケに薄いのは虚空人だからか」

「あぁ。一般人と接点が出来てしまったから、記録帖が再び認知するようになって…ってヤツだよ」


 ボクの言葉を聞いて頷く公彦。だが、その顔にはまだ怪訝さが拭えていなかった。


「だが、それが何故試練なのだ?」


 そして出てきた最後の疑念。ボクは何も言わず公彦の方に顔を向けると、公彦も口を開かずボクの顔を見返してきた。


「何かのっぴきならねぇ事情を生むようには思えないな」


 そして一言。ボクは僅かに口元を綻ばせると、公彦が手にしている記録帖の一部をひったくる。


「それがあるのさ。どうして虚空人って呼ばれてると思う?」

「さぁ?」

「連中はいわば管理人の成り損ないだ。中途半端に虚空記録帖の存在を知ってる」


 そう言うと、公彦の表情が僅かに変わった。筋がいいのか悪いのか…ボクはあと一押しをするために話を続ける。


「そんな奴等がこの世界でのうのうと暮らしている。それがどれだけ危うい事か、想像つくだろ?」


 ボクの言葉に頷く公彦。その表情は、さっきよりも真剣味が増していた。


「ちと、間違えば…俺等が抜け殻になる程…か」

「正解だよ。ボク達の仕事は虚空記録帖の通りに世を進める事だ。そんな世界に、どういう気があるにせよ自由に動ける連中は要らないのさ」


 そう言うと、周囲の景色を見回してみる。そろそろ消さねばならない男が住む町家に近づいてきた。ボクは記録帖の一部を懐に仕舞いこむと、代わりにかんざしを取り出す。


「今度はボクがやる。刀は抜いておいてよ?」


 高まる緊張感。ボクの言葉に頷いた公彦は、腰に差した刀に手を当てた。目的の町家はもう後少し…そろそろ、その姿が見える頃。


 只の仕事になってくれればいいと、ボクは頭の中で願うのだが…虚空人が絡むと、面倒な事に発展しがちだ。出向いた先で何が起きるか分からない。さっきまでの様な、アホ面晒した連中を殺すような簡単な仕事にならないと…覚悟しておかないと、コッチがやられてしまう。


「さて、見えてきた」


 もう少し歩いて、ようやく見えてきた目的地。その町家は、パッと見何の変哲もないただの町家だ。ボクは公彦の前に出ると、僅かに歩みを遅くして、物音を立てぬよう気を使う。


「……シー」


 公彦の方を向いて静かにさせると、ボクは町家の裏手側へと回っていった。正面から堂々と入りたくはない。出来れば、不意打ち一発…それが一番さ。


「……」

「……」


 音を立てずに裏手に回り、そっと裏口を開けて中に入る。ここまで、誰にも見られていない。ボクは周囲への警戒を続けながら、ゆっくりと家の中を目指して足を進めていく。


「……」

「……」


 裏手にある小さな庭から軒先へ歩いて縁側へ…そっと縁側に上ると、足を慎重に動かして木々が音を立てないか確かめる。大丈夫なのかを確認してから、家探し開始だ。


 縁側から部屋を跨いで廊下に出た。この辺り、人の気配は薄く、静まり返っている。ボクと公彦は周囲を見つつ、物陰に隠れながら、少しずつ進んでいた。廊下を歩いて家の中心へ…気配はしないが、確実に誰かは居る。


 そんな中、三つめの部屋の前を通り過ぎた時。何か大きな音が聞こえ、ボク達は即座に足を止めた。


「?」


 何かが落ちた音。ボクと公彦は目を合わせ、何が起きたのだろうかと考えだす。その答えは、考えるよりも早く、何者かの声によって伝えられた。


「来やがったな。居るのは分かってんだ!姿を表わしなァ!さもねぇとコイツをぶっ放すぜ!」


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