其の二十八:剣客無頼漢
無口な男を連れての仕事。女一人を始末したボク達は、次なる標的の元へ足を進める。どうやら、次の標的は公彦が知ってる顔らしい。案内を任せてみると、公彦は迷いない足取りで江戸の街を歩いて行った。
「奴ァ出不精なんだ。八丁堀が騒がしくないなら、黙って家に居る」
「へぇ…こんなに面白そうな街なのにね。あ、今度あそこの茶屋にでも入ってみよっかな」
「金が無けりゃ何も出来ねぇよ」
「あぁそっか。しっかしホント、不思議だよね。そんなに金集めて何になるんだか」
「さぁな。んなもんに価値なんざねぇよって言っても始まらねぇだろ」
さっきよりはある程度反応が返ってくる。この手の話題には一言あるのだろうか。ボクは周囲を見回しながら公彦の横を歩いていく。こういう時、子供の姿というのは楽なものだ。変な顔をしたまま周囲を見回そうが、少し騒がしかろうが違和感が無いのだから。
「そうそう。次の男も八丁堀に任せようと思ってたんだけど」
「分かった。で、次の野郎はどうやりゃいい?」
「さぁ…普段は飾りを作る職人なんだろ?さっきみたいに押し込み強盗ってのもなぁ…」
「何か、脛に傷でも入ってねぇのか?」
「ちょいと待ち」
物騒な会話。ボクは懐から記録帖の一部を取り出すと、これから始末しに行く男の情報を求め目を泳がせた。ここに来る前に見た限りだと、そんなに黒い人間ではなかった様に思えるけど…
「あー、まぁ。平均的な岡っ引きなんじゃない?」
「どういう意味だ」
「こう、ちょっと行き過ぎた取り調べをするとか…そういう感じの」
「あぁ。それで死んだ人間の一匹でもいりゃ、叩き斬ってもおかしくねぇか」
「うーん…そこまでは酷く無いなぁ。せいぜい、失明位かな」
「十分さ」
公彦はそう言うと、刀を見せてくる。ボクは記録帖を懐に仕舞うと、両手を広げて肩を竦めた。
「たまにあるんだよな。恨みを買ってる連中が殺される事が」
「へぇ…因果応報って奴じゃない」
「それも、管理人の仕業だったとはな」
「どうだろう。全部が全部、そうとは限らないと思うけどね」
ボクは含み笑いを公彦に向けると、公彦は表情一つ変えずに受け流す。
「で、そんな岡っ引きの家はもうそろそろ?」
「あぁ。見えてきた。あそこだ」
酒屋から歩いてほんの少し。入り組んだ路地の一角。町家がズラリと並んだ一角にある、少し古い建物の前で公彦は足を止めた。
「じゃ、任せたよ」
公彦にそう言うと、公彦はコクリと頷き中へ入っていく。ボクも後から付いていくが、特に何もする気は無かった。
「邪魔するぜ」
白昼堂々、真正面から乗り込んでいく公彦。一言、ドスが効いた声を張り上げて中の住民に来訪を知らせると、奥からドタバタとした音が聞こえてきた。
「な、誰だ!?」
当然と言えば当然の反応が返ってくる。これが見知った顔だというのなら、そんな反応は返ってこないと思うのだけど…まだ公彦は同心気分が抜けていないのだろう。公彦の横顔を覗き込むと、少し意表を付かれたような顔を浮かべていた。
「おいおい、もう、同心じゃないんだよ?」
呆れ声で告げると、ハッとした顔を浮かべる公彦。どうやら、まだ知り合いの気分でいたらしい。そんな関係など、管理人になった瞬間に…いや、記録を犯した時に終わっているというのに。
「そうだった」
バツが悪そうにボソッと一言。だが、すぐに表情を引き締めると、奥から近づいてくる足音を聞いて刀に手をかける。
「はいはい!どちらさ…」
ガラッと開かれた障子。現れたのはとっぽい男。公彦は、男の言葉が終わる前に抜刀し、一閃。真正面から男を斬り捨てた。
「えっ?…あ…っ」
「悪く思うなよ。ちっとばかり、死んでもらう用が出来ただけさ」
電光石火の一閃。瞬きをした瞬間には、鋭い太刀筋が男の体を貫き、一筋の傷がジワリと血を滲ませる。ボクはそれを見て驚き少々…呆れ少々といった顔を浮かべるが、ボクが何かをいう前に、男は悲鳴を上げる間もなく畳の上に崩れ落ちた。
「お見事」
ドサッと崩れ落ちた後、僅かに流れた静寂をボクの声が断ち切る。公彦は刀についた血をヒュッと拭うと、倒れた男の着物で刀を拭う。
「次だ」
公彦は倒れた男を一瞥すると、そう言って家の外に足を向けた。余韻など、この男には要らないらしい。ボクは苦笑いを浮かべると、懐に隠したかんざしを弄んでから、公彦の後について外に出る。
「今日は、あと三人。まず一人はここから一町離れた町家に住んでる男。残り二人はそこから更に二町離れてる。江戸の外れにある宿を営む夫婦だ」
「ちょっと歩くな。良いのか?時間が経っちまうが」
「多少は仕方がないよ。ボク達に振られたってことは、他に出せる人手も無いんだろうし」
「そんなものか」
「今、比良は抜け殻の国だからね。皆、全国各地に出払ってるのさ」
ボクはそう言いながら、さっき弄ったかんざしを取り出し手で弄ぶ。公彦はかんざしに目を向けてから、怪訝な顔をこちらに向けた。
「あと三人。全員江戸の街中だ。どこでも銃を撃ってられないからね」
「それで…それか?なんだそれ?かんざしって」
「実体験してみる?この間もやってやったんだけどね。酔った八丁堀に」
「……」
公彦はボクの言葉に、僅かに顔を顰めた。それを見たボクは軽く笑うとかんざしを懐に仕舞いこみ、今度は公彦よりも前を歩いて先に進む。これまでの仕事は初心者向けの内容だったが、ココから先の三人はそうじゃない。どうにもおかしな点が目立つのだ。
「さて、お遊びはこの位にしておこう」
ボクはさっきまでよりも声を一段潜めて落ち着いた声色で話す。それは、明らかに子供が出す質の声では無かった。感じている違和感…それは、虚空記録帖では有り得ない不明慮さが醸すもの。ボクは公彦の方に顔を向けると、笑みを消した顔でこういった。
「最初の試練かもしれない。こっからは、冗談ナシで行くよ」




