其の二十七:日中無頼漢
「今日は八丁堀の旦那が付いてるんだ。迷う心配はないよね」
明くる日。ボクは守月公彦とかいう、最近管理人になった男を連れて活気あふれる江戸へやってきていた。気に食わない男だが、元南町奉行所同心…年寄りばかりのお千代さん近辺では真新しい男。日夜様変わりしていく江戸を知り尽くしている筈の男だ。仕事で役に立たない…何てことは無いだろう。
比良の国から出てきてまだ少し、人気の無い小路を歩いている最中。ボクは他愛の無い雑談を隣の男に振ってみる。
「最近、多いよねぇ…違反者がさ。お陰で絵も書いてられない」
「絵描きが、趣味なのか?」
「まぁね。そういう八丁堀はどうなのさ?何か趣味の一つや二つ、出来たんじゃない?」
「全く。暇があれば素振り位」
「つまんないね…お千代さんでもそんなことしないよ」
話が盛り上がらない寡黙な男だ。ボクは愛想笑いを貼り付けつつ、内心では呆れてモノが言えない。今回の仕事…偶々ボクにお鉢が回って来た時、近くにこの男がいたものだから、何となく誘ってしまったのだ。
「……」
「仕事が終わったら甘味食べてこっか?それ位の事なら、バチは当たらないし」
「店があればな」
「なんか、好きな物無いのかい?酒は…この間ので酷い目に遭わされたからナシだけど」
「……あー」
「あ、鰻以外でね。お千代さんから聞いたんだ。鰻には目が無いって」
「なら、無いな」
「そう…そうか…」
新人のうちは点数稼ぎがしにくいのだからと、変に親切心など出すんじゃ無かった。後悔してももう遅いから、この男にはキリキリ働いてもらう事にするけど…間が持たない。ボクは反応の悪い男の方をジトっとした目で見つめると、男は怪訝な顔を浮かべて首を傾げた。
それを見て、ボクは小さくため息をつくと、頭を切り替える。仕事の話をしよう。そう決めて懐から取り出した記録帖の一部を取り出して開くと、隣を歩く男に尋ねた。
「…はぁ、今日の対象は五人だけど。知ってる顔だったりしない?」
「二人は知ってるな。どちらも顔見知り程度だが、一人はこの先の大通りに面してる酒屋の娘。もう一人は…あぁ、同僚の小間使いだな」
「小間使い…岡っ引きってこと?」
「そうだ。何も無い日は長屋で女物の飾りを作ってたっけかな」
「へぇ…」
ボクは男の素性を聞いて、記録帖にある文章に目を落とす。とてもじゃないが、女物の飾りを作るような性格はしていなさそうだが…この間の男といい、見た目と中身が合わない奴が増えてきた気がする。
「あとの三人は知らねぇ。こっから遠いしな」
「なるほど。分かった。なら、今からやる二人は譲ってやろう。点数稼ぎして、ちょっと良い暮らし出来れば、何か趣味でも出来るかもしれないよ?」
「どうだかな」
「……」
続かない会話。鶴ちゃんならそんな事は無いのだけど…ボクは苦笑いを浮かべて肩を竦めると、路の奥に見えてきた目立つ屋敷を指さした。
「あの屋敷の所を曲がれば大通りだっけ」
「あぁ。そこを右に曲がれば、女が働く酒屋が見える。すぐだ」
何となく物足りない気持ちのまま、小路から大通りへ。丁字路となっている突き当りを右に曲がり、少し進むと、酒屋が見えてきた。
「どうやればいい?」
「女の場所にもよるかな。とりあえず、入ってみよう」
ようやく自発的に話したと思えば、それは仕事の内容について。ボクは公彦の前に出て酒屋の中へと入っていく。中はそれなりに栄えていて、客の姿がチラホラと見えた。
「いないな…」
周りを見回すが、目的の女が見当たらない。ボクは公彦を手招いて、人の目を盗んで酒屋の奥へ入り込む。元々注目を浴びないボク達管理人だけど、流石におかしな行動をすれば誰か彼かが怪しんでしまう。だから、こうして賊紛いの行動をするわけだけど…
「……」
この間まで役人様だった公彦には荷が重いようだ。公彦の顔を見れば、少し気まずそうな顔をして付いてきている。それを見て、ボクは口元を僅かに歪ますと、すぐに顔を引き締めた。
「いたいた」
酒屋に上がり込み、店を抜けた裏手側。酒蔵になっているであろう蔵の前で暇を持て余している女の姿が目に映り込む。ボクは足を止めて、公彦の気を引くと、女の方を指さしてこういった。
「辺りに誰もいないよね?なら、軽く首を掻き切ってやれ。賊の仕業に見せかけるんだ」
潜めた声でそう言うと、公彦は腰に差した脇差に手をかけ小さく頷いた。そして、女の視線がこちら側から外れた時、公彦はそっと動き出す。ボクはその後ろに付いていった。
「おい」
低く唸るような声。女の背に張り付くようにして立ち止まった公彦が出した声。それに大して、女がハッとした反応を見せた刹那。公彦は素早く女の口元を塞いで脇差を首元に当てた。
「すまねぇ。これも仕事なのさ」
斬り際の一言を聞きながら、ボクは素早く女の脇を通り抜けて酒蔵の中へと入っていく。そこで、荷物になら無さそうな大きさの、手頃な酒を2本奪うと、仕事を終えた公彦の元へ戻っていった。
「よーし、一丁上り。次だ」
公彦に奪ってきた酒を一本放り渡すと、ボクはそう言って裏口から外へ出ていく。公彦は酒の事は何も聞かず、黙って後をくっついてきた。
「わりに合わねぇ押し入り強盗ってね。たまにあるだろ?見られたから殺せってやつ」
「あぁ。これまでもこういう手を使った事があるのか?」
「何度かね。あ、もしかして手を煩わせちゃったかな?」
「何度かな。こういうカラクリだとは思わなかったぜ」
裏口から大通りに戻り、次の相手の元へ…ボクは公彦の反応を見て小さく笑うと、声を潜めてこういった。
「分からなくていい事もあるんだ。こんなの幾らでも転がってるものなんだから」




