其の百四十九:新境地の喧騒
「住んでもらうぜっつっても…まぁ、先ず必要なのは説明だわな」
「あぁ、訳の分からねぇ代物に成っちまってんだものな」
東京の一角に居を構える…というか、住まわされる羽目になった俺。恐らく、俺はもう比良の国に用は無いのだろうが、残してきた連中へ諸々の説明をせねばなるまい。
「比良には相変わらず扉からの出入りか」
「そうだな。じきに直で行ける様になるだろうが」
初瀬さんの家…というよりも、虚空記録帖が確保している空間と言った方が良さそうな家を出て、東京の…変わり果てた江戸の街を歩いていく。比良の国へ繋がる扉の位置は、昔から変わらず…今の帝都と呼ばれるこの地には似合わない、ボロボロの小屋とも言えそうな建物の前で、俺達は立ち止まった。
「久々だな」「気軽に来れるなら、顔見せしてくれたって良かったろうに」
初瀬さんが扉に手をかけ扉を開き…二人そろって中に入る。一瞬の暗転…全ての感覚が一度断たれた後で、すぐに比良の国特有の喧騒が耳に入って来た。今入った扉から繋がる先は、初瀬さんが懇意にしていた中心街のど真ん中にある銭湯の目の前。人々の話す声や、抜け殻の行き交う足音…そして、銭湯の湯に混じった薬味のいい香りが鼻をくすぐっていく。
「ん…」「夜か…まぁ、そうだよな」
最後に戻ってきた感覚は、視界。空を見上げれば夜空が広がっていて、眼前の光景は、贅沢に使われた灯りの類のせいで煌びやか…俺達は比良の国に戻ってきた事を確認すると、とりあえず、目の前の銭湯に行こうかと目で語り合って、ソッチの方へと足を踏み出した。
「お、おいっ!!待ってくれ!!」
二、三歩歩いた所で、俺達を引き留める声がする。振り返ってみれば、もう一人の初瀬さんを連れて歩いていた栄さんが、俺と初瀬さんを見て目を大きく見開きながら駆け寄ってくるところだった。
「お、よぉ…栄じゃねぇか。久しぶりだな!」
初瀬さんの反応はいつも通り…対して、もう一人の初瀬さんは目を点にして何も言えないと言った状況。余りにもあっけらかんとした様子に、栄さんは怒っているのかどうなのか…何とも言えぬ、様々な感情を混ぜ込んだ様な顔を浮かべたまま俺達のもとまでやってくると、俺の方に目を向けて説明を求める。
「栄さん。色々と言いたい事はわかるんだがな…とりあえず、後にとっといちゃくれねぇか」
「その様子じゃ。守月様も分かり切っていないようじゃな…螢と鶴松もじきに来る。その時までじゃま。待てるのは」
「よーし、それでいい。なんなら呼ぶ手間が省けて万々歳よ。じゃぁ…とりあえず…」
栄さんと言葉を交わしながら、俺は銭湯の方へと目を向け…そして俺の方に居る初瀬さんの方にも目をやった。初瀬さんは、俺の視線を受けて、無言でコクリと頷いてみせるだけ。風呂に入る気だったらしい。
「栄さん。二人の面倒見。頼んだぜ。好きにしてくんな」
俺は初瀬さんの意図を理解すると、それを受けて栄さんに彼女を預ける事にする。それくらいしたって罪にはならないだろう。俺はそう言うだけ言うと、先に歩き出して銭湯の暖簾を潜り、一人男湯の方へと消えて行った。
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「で、八丁堀ィ。どっちがどっちよ?」
「帯刀してんのが新しい方で、得物持たずに酒を煽ってんのが知ってる方だ」
「へぇ…お千代さん、お酒飲まないんじゃなかったっけ?飲めるようになったの?」
「あぁ、ちょっとばかし向こうの暮しが長くなりゃ酒にも頼りたくなるさ」
「向こうの暮しと言われると冷や汗を感じるのぅ…」
「栄さん、俺も同感だが…俺達の初瀬さんによりゃ、じきに栄さん達もそうなるみたいだぜ」
「…栄さん達って言い方に何かを感じるね。もしかして、八丁堀もお千代さん側になるってかい」
「そうだなぁ、螢。いい線付いてるぜ。ま、話はその辺から始めなきゃなぁ…」
風呂から上がって、二階の食事処の、いつもの席に集まった俺達。いつもと違うのは、白髪赤眼の女が二人居るというだけ。初瀬さん曰く生きた世界が違うだけの同一人物とのことで、並んで見やれば正に双子…いや、双子よりも複製と言った方が良い位に同じで、全く同一の格好をした二人を見分けを付けるために、第四軸の方の、栄さんと行動を共にしている初瀬さんの方には帯刀してもらっていた。
「ずっと前。ワタシはな、虚空記録帖から解放されたのさ…」
酒は入れど、飲み会とはまた違う…少し異様な空気の中で始まった初瀬さんの話。内容は、俺の時と同じく、彼女が俺達の前から姿を消して経験してきたことや虚空記録帖の変化を全て、漏れなく伝えていく。
俺達の前から消えて、知らぬ間に色々な世界を漂流していたこと。その中で見た記録違反が無い世界の黒い顛末の話…記録違反がもたらす功績。そして、それらの出る杭を打つ俺達管理人の必要性。初瀬さんは、虚空記録帖の意思を代弁するかの如く、長々と話を続ける。
「…ってぇわけよ。でな?その、全ての世を見張る為の組織を作るにあたって、虚空記録帖はワタシを指名し、ワタシが公彦を小間使いに指名した。ワタシ達は今や現実に住んでいながらも現実に存在しない。そんな空気も同然の中で、虚空記録帖を手にして幾多の世界を見張る事になるんだ」
話もまとめに入りだしたころ。既に煙を噴いている鶴松に、興味ありげに話を聞いている螢。そして、目を点にしたまま話を理解しようとしている栄さんともう一人の初瀬さんという構図になっていた。そんな中で、俺はじっと何も言わずに、永遠の上司たる初瀬さんの話に耳を傾けている。
「勘違いしないで欲しいのは…気を病まねぇで欲しいのは、ワタシはお前達を選ばなかった訳じゃない。第三軸の管理人の中で、最古参なのはお前達だ。お前達が作って来た基準もあるし、お前達が虚空記録帖を矯正してきた功績もある。それを、いつまでも続けて欲しいんだ」
俺にもしてきた、虚空記録帖の大改革の話を一通り済ませた初瀬さんは、ようやく残された管理人の話に入った。虚空記録帖が改め…世界が複数ある事を明らかにし…【軸の世界】と【可能性の世界】という数多の世界がある中で、栄さんや鶴松、螢に課したい使命を告げていく。
「世界の大枠はワタシと公彦の管轄。可能性の中は夢中管理人に任せておけ。第三軸の世はお前達に託したいのさ。何も世界中ひっくるめて見る必要はネェんだからよ。これまで通り大日本帝国とかスカした名前になった母国を見守ってくれればいいんだ」
酒が入りながらも、まるで酔った素振りを見せない初瀬さん。その言葉に、皆は頷き…そして、どことなく昔に戻った様な空気になり、俺達は互いに顔を見合わせながら、来る未来に少しばかりの期待感を覚えていくのだった。
「いいか?ワタシ達は悪役だ。自由意志を持って世を動かそうとした英雄を殺す…大悪党だ。必要悪だ。それで上等じゃねぇか…?立派な役目じゃねぇか。皆、これからも宜しく頼むぜ」
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