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其の百四十八:夢遊病の極致

「さて、さっきから居るこの部屋なんだがな。見ての通り狭い部屋だ」


 半ば強制的に初瀬さんの僕という事にされてしまった俺。最早比良の国へ戻れるかを考える事すら無駄とも思えてきた今。初瀬さんは改めてといった感じで、部屋の中を見回した。


「これがな、今の全てだ」

「は?」


 あっけらかんと言われた言葉に、思わず素っ頓狂な声で返してしまう。どうやら、管理人の管理人は、極度の人手不足らしい。俺が唖然とした顔を初瀬さんに晒すと、初瀬さんはヘラヘラと笑いながら、俺の思惑とは全く逆の反応を見せた。


「真面目な奴だな。ワタシ達は仕事が無いのが仕事さ。さっき言った区分も、これから幾年かかけて作られていくらしいし、ワタシ達も、当分は自分の事に集中出来る。それにな公彦、聞いて驚け?第三軸の世でこういう立場なのは、ワタシ達だけなんだぜ。他所の列強とかいう国のスカした連中にすら居ねぇのよ?」

「じゃぁ…なんだ。管理人の管理人という立場は元より、棲み処もこれからってか」

「そういう事だ。今はこの部屋だけ…その昇降機から、好きな場所へ出られる。虚空記録帖が確保した場所にな」


 初瀬さんに言われて、改めて入って来た昇降機の方に目を向ける俺。扉の向こう側に見える物々しい機械は、どうやらこの世の代物ではないと見て良さそうだ。こちら側…部屋側から見たその機械…扉の横に、何か大振りなカラクリが備わっている様で、見る限り、そこで行きたい場所を指定するのだろう。


「俺は神も仏もなぁなぁで済ませるタチだが…あれだな、神になった気分だな」

「どうだかな。連中が言うソレとは程遠い化物の類だと、ワタシは思うがねぇ」

「まぁ、どうでもいい。で…あの扉から、比良には行けるのか?」

「あぁ、行ける。ソコはココみたいな所だからな。造作もない」

「じゃ、一旦比良に戻りたいんだが…そういえば、初瀬さん。ここで暮らしてるにしちゃ…生活してる感じがねぇよな」


 俺がそういうと、初瀬さんはハッとした顔を浮かべて…そして、ニヤリと笑みを浮かべた。どうやら、初瀬さんが寝泊りしているのは、ココでは無いらしい。


「言ったろ。好きな所に行けるって」

「そういう事か」

「じきに管理人共もそうなるだろうが…現実で過ごせる様になるんだぜ」

「ほぉ~…色々とあるだろうに、どういう風の吹き回しだ?」

「仕組みが整うってワケよ。虚空記録帖が出来て以来、抜け殻の数は、ワタシ達の国の全員より多いんだからよ」

「…それは、全ての世を合わせてか」

「そうだ。それだけいりゃ…管理人共の下っ端には十分って訳でな。ま、来いや」


 初瀬さんがそう言って席を立つ。俺もその後に続いて立ち上がると、初瀬さんについて行って、再び昇降部屋の方へと足を踏み入れた。


「三軸の東京…その場末に…っと」


 よくわからないが…機械に指示を出せるらしい。初瀬さんですら覚束ない手つきだから、俺が慣れるには百年かかりそうだ。


「動くぜ」


 カチカチと、機械に指示を出し終えた初瀬さんは俺にそう言った刹那。ガタガタと派手な音を立てて部屋全体が浮き上がる。あの部屋が下にあるというわけでは無いが…兎に角、そう感じるんだからそういうほか無いのだろう。今、部屋は上昇していて、俺は下から突き上げるような、嫌な浮遊感を感じていた。


「これからはどこにでも行けるが…そこで空気になるんだ」

「今も変わらねぇがな。仕事のたびに大移動にならねぇだけ良いが…危なくねぇか?」

「あぁ、あぶねえだろうな。今以上に抜け殻が量産されるだろうぜ」

「…どうしてこうなったんだ?」


 上昇中。降って湧いて出てきた疑問を初瀬さんに投げかける。虚空記録帖が管理体制を大きく変えた。それは理解できたが…何故、記録違反や記録改変を誘う様な…危うい状況へ変化させるのか、俺にはそれが理解できなかった。


「そうだな。その理由は…後で答えるとしよう。話すのは今じゃない」


 だが、初瀬さんの答えはそっ気のないもので…彼女は意味ありげに笑うのみ。俺は怪訝な顔を浮かべながらも、その理由があると言うだけで今はヨシとして、この違和感がある浮遊感に耐える事にした。


「そろそろだ」


 その浮遊感は長く続かず、スーッと揺れが収まっていくと、ガチャン!と何かが噛み合う様な音がして揺れが収まる。初瀬さんは、部屋の振動が完璧に収まった後で足を踏み出し、昇降機と化した部屋の扉に手をかけた。


「……ここは」


 入って来た時は、寂れた大阪の長屋だったのだが…俺は、部屋を出て、明らかに違う部屋の光景を見回してポツリと呟く。ここは上質な館の一室…備わった窓から外を眺めてみれば、帝都らしい喧騒がチラリと見えた。どうやら今は昼の様で…俺が初瀬さんと再会してから流れたであろう時間に差異を感じない。


「第三軸の東京さ。仕事で良く来るだろ?」

「あ、あぁ…良く知ってる帝都って訳か…」

「そうだ。安心しな、時の流れもお前の思ってる通りだ。浦島太郎になんかなりゃしねぇよ」


 そう言いながら、洋風な…贅沢な部屋に備わった椅子に腰かける初瀬さん。俺は、窓際の腰かけられそうな所に腰をヒョイと預けて外の様子をジッと見つめる。


「ここな、ワタシの部屋だ」

「帝都のド真ん中じゃねぇか。虚空記録帖の持ち物なのか?この館は」

「いいや、この階だけな。その辺はよしなにやってるのよ」


 俺の常識で言えば、有り得ない立地にある初瀬さんの根城。俺が唖然として部屋や外を見回していると、初瀬さんは机の引き出しからいつか見た拳銃を取り出して、適当な方へ構えて、お道化て見せた。


「公彦。ワタシ達は浮ついた存在。それってなぁ…必要悪なんだ。わかるか?いや…理解できるか?…公彦。それを思い知る為にゃ…少し時間が必要だろう。さっき、テメェは僕だと言ったな。そういうことさ。暫く、この部屋でワタシと過ごしてもらうぜ」


お読み頂きありがとうございます!

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