其の百四十七:幾千万の宇宙
「するってーと…何だ。俺達が暮らす世ってなぁ、幾つもある訳か?」
「あぁ、そう言ったろ?ワタシ達が暮らしてた世は第三軸の世界なんだ」
大阪で他愛の無い仕事をして…初瀬さんとバッタリ再会して、彼女に連れられてやってきた摩訶不思議な空間。窓の外には、夜空しか見えない。そんな中で初瀬さんにされた話は、長年管理人を務めてきた俺ですら理解に苦しむ内容だった。
「いいか、もっかい行くぜ?まず大前提として…世は十ある。第一、第二が基本なんだ。ソイツ等は鏡の様に同じ世界でな、その世界は一から十まで虚空記録帖がガチガチに縛ってて自由意志が無い。そこから枝分かれした世界が第三以降の世界だ。ワタシ達は三…つまり、枝分かれした世界としては最古参だな」
初瀬さんは、改めてさっき説明してくれた内容を話し始める。
「その第三軸世界の対となるのが第四軸。そして、第五軸と六軸、七軸八軸…九軸十軸ってあるわけよ。ここまでは良いよな?」
「…あぁ」
「この、軸の世界に、それぞれ管理人が居た訳だ。その世界だけみとけってヤツ」
「おう。俺達の事だな」
「あぁ、だが…次第に人の数が増えて手が足りなくなって…」
「夢の中も見る様になったんだろ?」
「そうだ。夢中管理人が出来たのさ」
初瀬さんが話している内容は、虚空記録帖の裏側の話。俺は、初瀬さんの棲み処の、座り心地が良い椅子に座ったまま、動かすと思ってなかった頭を思いっきり回して話に食らいついていく。兎に角、理解出来れば良い…感情を入れるのはその後だ。
「で、この夢中管理人の管轄が、次から増えるんだ」
「ほぅ…?今でもてんやわんやしてるんだぜ」
「管理人から人員回してたからな。それをヤメにして…可能性世界で選ばれた死者に管理を任せるのさ」
「はぁ?」
話は段々と理解しがたい所へ向かっていった。夢中管理人の管轄が増やされ…必要な人員は可能性世界とやらの死者に任す…?どういうことだ?
「つまりはな、夢中に限らない…可能性の世界ってのを見る連中になるのさ」
「夢中だけじゃないのか。まってくれ、可能性世界の中に夢中があるって理解だよな?」
「そうだ。可能性世界はな、こうあるかもしれないという可能性がある以上存在し続ける世界の事だ。お前だってあるだろ?飯をどうすっか迷ったこと」
「まぁ…それも虚空記録帖で決められた動きだったんだがな」
「だが、お前が実際にそうするとも限らないだろう。違反するやもしれない」
「そうだな」
「そこに可能性の世界が生まれるのさ。簡単に言えばな」
「……へぇそうかいとは…言い難いぜ初瀬さん。それじゃ…可能性の世界ってナァ…」
「多いだろうな。数える単位が幾つあっても足りねぇだろうよ」
初瀬さんはそう言って笑い飛ばすと、すぐさま視線を鋭くさせる。俺はその視線に射抜かれて、ゴクリと生唾を飲み込むと、初瀬さんは声を潜めてこう言った。
「だからな、可能性世界の管理人に死者を使う訳さ。死人を蘇らせる事くらい、造作も無いんだ」
「不気味だな…」
「それに、ある程度は使い捨てで…大雑把で良いのよ。軸の世界に影響を及ぼさねばそれでいい。その程度の仕事をさせるには、死んだ人間で十分なのさ」
「そういうと、夢中管理人になった連中が哀れに思えて来るがな」
「じきに軸の方へ戻すさぁ。奴等に今の理屈を教え込んでも…可能性の世界なんて消えゆく世界をガチガチにする意味ねぇものな」
「はぁ…」
俺は、話が途切れた所で、自然と力が入っていた肩回りをグルグル回して解し…頭の中を整理させる。これまで思ったことすらなかった事象…理解は出来る。だが、感情の面ではまだまだ、それを受け入れたく無かった。どうも、自分が何者なのかが曖昧に思えてしまうのだ。自分は所詮…虚空記録帖が生み出したゴマの一粒でしかないのだろう。ならば…ならば、自分は一体何なんだ?という問に行きついて…そこからどうすることも出来なくなってしまうでは無いか。
「なんだかフワフワしてくる話だな」
「難しく考え過ぎなんだよ八丁堀ィ」
苦笑いを浮かべて肩を竦めて見せた俺に、初瀬さんが軽口を飛ばす。確かに、難しく考え過ぎなのだろう。そもそも…俺がちゃんと生きていたとて、もうとっくに死んでる頃。俺は俺として…何者でもなく死んでいったのだろう。いや、例え将軍様とて…死ねばただのモノなのだと言ってしまえばそれまでなのだ。だから…考えるだけ無駄だと分かってはいるのだが…それを拒絶したい自分がいる。
「兎に角…軸と可能性の関係は分かったさ。軸が大事で、可能性は所詮可能性なんだろ」
「そうだ。世界はそういう風に作られてる。でな?公彦、ワタシ達は…それを俯瞰するのが役目なんだ」
「さっきも言ってたな…二度目に聞いて、やっと分かったぜ。今の初瀬さんの浮つき具合ってヤツがよ」
「そうだろ。ワタシはもう、軸世界の管理人じゃねぇからな。どこの世界も覗けるし…介入できる。管理人の管理人ってとこか」
「そのうち、管理人の管理人の管理人が出来そうだな」
初瀬さんの軽口に合わせてそう返すと、彼女はフッと笑ってみせた。
「軸だけしか見ねぇ連中に知られたくねぇ事が一杯あるって事よ。虚空記録帖様はよ」
「じゃ、何か。その…管理人の管理人は全てを知ってるってか」
「そうなるな。ほぼすべてを知る権利がある。そして、それを己に押しとどめる責務も負う。そうしなければ、務まらない」
軽口から、真剣な雰囲気に変わるまでは一瞬。初瀬さんは、俺の目をジッと見据えてそう言い切ると、俺達の間を仕切っていた机に備わった引き出しを開き、中に入っていた虚空記録帖の様なものを取り出した。
「さて、公彦。あの夜と同じだ。拒否権は無いもんだと思ってくれ」
そういいながら、俺の方へ滑らせた。アカシックレコードとカタカナで書かれた青い洋書。元々持っていた緑色の美濃本である虚空記録帖とは、エライ違いだ。
「とりあえず持っておきな。まだ使いはしねぇがな。暫くお前はワタシの僕だぜ」
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