其の百四十四:不定の少女
「過去ねぇ…んな黄泉の国に過去があるってか」
俺の言葉にそう反応した初瀬さん。口調からは、まだまだ反抗的な面が見え隠れしていたが、自らが失った記憶には興味がある様で、彼女の真っ赤な双眼が俺の方を鋭く射抜いた。
「虚空記録帖とやらで、ワタシの過去は探れねぇのかい」
「あるにはあるが…それは、もっと前の話だぜ」
「あー、そうじゃない。ワタシが管理人だった証よ」
「それは無いな。俺達管理人は虚空記録帖に載らないんだ。だが…」
過去に興味を示した初瀬さん。生きていた頃の事は勿論だが、管理人になってからの動向も…彼女にとっては抜け落ちた記憶。気にならないはずが無い。俺は少し間を開けて栄さんの方に目を向けると、彼女はコクリと頷いて俺の後を繋いでくれた。
「千代の住んでた家は残しておる。置いてった物は全てそのままじゃ。埃だらけだがな」
栄さんがそういうと、初瀬さんは数度、無言で頷き…そして、間を置くように茶に手を伸ばす。彼女の中では、どうやら答えは出ている様だ。
「ま、してやられた身だ。暫く文句は言えねぇか」
暫し無言が続いて…ポツリと言った一言。それを聞いた俺達は、スーッと体中の力が抜けていく。初瀬さんが俺達を騒めかせる事は、向こう暫くは無いという事なのだから。俺は初瀬さんらしい答えを聞いて苦笑いを浮かべると、小さく手を上げて皆の注目を集めた。
「とりあえず一件落着だな。初瀬さんの症状も纏めてかねばならねぇが」
「記憶が戻るかってなぁ、俺は諦めてるぜ。こりゃ虚空記録の問題だろうからな」
「ボクも鶴ちゃんと同じ。とりあえず…ボク達、現実の管理人としては、何も無いだろうね。あとは夢中管理人達をどうするか…だけども…」
「そこはわっちの伝手で何かするさ。千代の付き人はわっちで良いんじゃろ?」
「それしかないだろうよ」
緊張感というか…様々な目線が向けられていた俺達の席。募っていた人々は話が纏まったと見るや否や、ゾロゾロと散っていき、暫く飯を食べ進めてみれば、普段通りの込み具合になってきた。
とりあえずの決着…初瀬さんがどうしてああなったのか、それは一切分からぬままだ。虚空記録帖が異常を発さないのも気がかりだが…触るなというものをほじくって悲惨な目に遭いにいくつもりはサラサラない。俺達は徐々にふざけた雑談を交わすようになっていき、そして、その日は何事もなく、それぞれの棲み処へ解散する運びとなった。
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そして次の日。休む気満点だった俺は、朝早くから叩き起こされる事になる。
「あー…刀ァ?」
「刀の事はアンタに聞けと言われてな」
何事かと身構えた俺を、誰か慰めて欲しいものだ。俺を叩き起こした主は初瀬さんで、聞けば得物を持ちたいというのだから。俺は色々と煮え切らない気持ちが残っていたものの、大人しく初瀬さんの買い物に付き合う事にし、汽車に乗って中心街に繰り出した。
「そういえば、夢中の問題はどうしたんだ?」
「あの女がも少し待てってよ。ワタシは大分有名人らしいな」
「あぁ、狂ってたものな。それが管理人の長みてぇな奴だってんだから」
「ワタシはそんなに年増か。この成りしておいて、んな年長の扱いされるとはなぁ…」
「おいおい思い知るだろうぜ。中身は変わった気がしねぇから、ま、すぐに此方側の空気に馴染むだろうさ」
雑談を交わしながら中心街を練り歩く俺達。道行く人々の中には、初瀬さんの姿を見て眼を剥く人間がいるわけだが…昨日の今日で、驚くなという方が無理だろう。俺は見知った顔…永いつきあいの顔に向けて色々とお伺いを立てながら道を歩き…
「この通りだ」
いつだったか、俺が成り立ての頃に連れられてきた、刀剣商が並ぶ通りへやってきた。
「欲しいのは銃じゃなく刀だぜ。ちゃんとあんのか?」
「あるさ。ちゃんと」
時代の流れか…あの時の様に、通りの店全てが刀を扱っているわけでは無く…得物全般を満遍なく取り揃えているといった店が増えてきた様子だったが…俺が初瀬さんに連れられてきた店は、まだそのまま残っていた。
「ここだ」
通りの中で一番狭い店。今となっては古臭さだけが残る店に入っていく俺達。中は相変わらず刀だらけで、初瀬さんはその様子を見て眼を丸くした。
「どうする?自分で見て決めるか?」
「なんだ。お勧めがあるってか」
入って早々確認を取ると、逆に初瀬さんに尋ねられる。俺はふふんと鼻を鳴らすと、あの時初瀬さんに薦めた身の丈に合った短い刀を取って渡した。
「これくらいの長さで良いだろうよ」
その言葉を受けながら、初瀬さんは受け取った刀を見るや否や、鞘から刀を出すことなく陳列棚へと戻してしまう。どうやらお求めのものは違うらしい。俺は彼女の仕草に懐かしさやら何やら…ムズ痒い物を感じながら苦笑いを浮かべて肩を竦めると、此方に目を向け、何か小言を言わんとしている初瀬さんの顔を見て両手を上げた。
「悪かったよ」
一言、そう言いながら…初瀬さんが使っていたものと同じくらいの長さの大太刀を取って彼女に渡す。初瀬さんが持つ…持ちたい刀と言えば、こういうのしか無いのだろう。
「なんだ。ちゃんと分かってるんじゃねぇのさ」
初瀬さんはそう言いながら、俺に渡された大太刀を鞘から出して刀身をジッと確認し始めた。
「ふーむ、しっくりこねぇが…こんな感じだな」
ひとしきり眺めた後で、刀を鞘に戻して棚に置く。
「あ…?」
俺は、そんな初瀬さんの何気ない所作を眺めていて、ふと、トンデモナイ事を思い出してしまった。
「どうした、急に」
素っ頓狂な声を上げた俺の方に顔を向ける初瀬さん。俺は、遠い過去の記憶を蘇らせてしまった様だ。何とも言えない気まずさを感じながら、俺は初瀬さんの眼をじっと見つめてボソッと呟くように白状する。
「アンタの刀、俺、持ってたわ…」
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