其の百四十二:血肉の尋問
「随分と強がりなんだな。アンタ、普通じゃねぇぜ。その様でよ」
静寂が戻り、雷雨の音が大きく聞こえてくるようになった館。今、この館に生者はいない。居るのは、どいつもこいつもしこりを持った者ばかり。俺は、血肉と硝煙の匂いに顔を顰めながら、初瀬さんに煽る様な一言を浴びせると、初瀬さんの顔はニヤリと歪んだ。
「碌でもねぇ育ちなんだろうよ。ワタシの記憶の何処を探しても出てこねぇがな」
「そうかい。じゃ、もう一度確認させて貰うが…俺達の事も覚えちゃ居ねぇな?」
「あぁ、テメェ等の顔見たって、ワタシはピンとも来ねぇよ」
軽い確認をしつつ、鶴松と栄がやってくるのを待ち構える。館の中が静かになった…それだけで、連中への伝言には十分というものだ。
「お、やりやがったか!」「勝負は付いた様じゃのぅ」
鶴松と栄さんは、直ぐに正面玄関側の階段からこちらに上がってきて、廊下のど真ん中で初瀬さんを囲んでいる俺と螢の元へとやって来た。
「さて、これで久々に面子が揃った訳だがな…初瀬さんよ。幾つか質問に答えてもらうぜ」
「……」
鶴松と栄さんが来て、俺が初瀬さんにそう言い含めると、彼女はムッとした表情をしながら何も口を利かない。俺はそれを同意と捉えると、皆の顔を見回した後で、普段通りの口調で初瀬さんに質問を投げかけた。
「虚空記録帖ってなぁ、どういった代物か…知ってるな?」
「あぁ。この世の現在過去未来全てを記録してる気味の悪ィ本の事だろ」
「初瀬さん。アンタはその本の管理人だったんだ。それも覚えてねぇのか?」
「さっきも言ったろぅ?覚えちゃいねぇよ」
「そうかい」
幾分か、さっきの好戦的な様子から比べれば、落ち着いた様子で俺の質問に答える初瀬さん。そんな俺達の様子を見ていた栄さんが、そっと俺の前に手を出して何かを知らせてくると、スッと俺の隣にしゃがみ込んできた。
「わっちからも良いか」
「あぁ」
「すまぬの。…のぅ、千代。お主、虚空記録帖の事も知っておって…それがどういう代物かまで知っておる様じゃが…それは、何処で知ったんじゃ?」
栄さんの質問によって、初瀬さんの口が硬く閉じられる。目元をグルグル動かしている様子を見れば、必死に思い出そうとしてくれているのだろうか。初瀬さんは暫く目元を動かすと、それをピタッと止めて首を左右に振った。
「思い出せねぇや。常識みてぇなもんだったからな」
「じゃがのぅ、千代。此方側の連中は、存在を知らぬのが普通じゃぞ?」
「らしいな。話してもホラ吹き扱いされるところから始まるのよ。それで、二、三…予言してみて、当ててみて、ようやく信じて貰えるようになるんだぜ」
「そりゃあそうじゃろうて。千代、奴等が知ったその瞬間にな、わっち達によって殺される運命に定まるんじゃ。虚空記録帖は、此方の連中に知らぬ様に記され、管理されていく…それを知られたとなれば、最早そ奴は人ではないのだ」
諭すように言う栄さん。初瀬さんは、怪訝な顔をしながらも、俺達の都合を汲み取ってくれた様で、何処かやるせないような…気まずそうな顔色を浮かべる。
「じゃあ、ワタシは何なんだ?どうして此方側に居られるってんだ」
「それを知りたかったんじゃがの。千代、お主は元々管理人だった。それが急に蒸発し…気付けばこの様じゃ」
「そうかい」
何度も訴えかけてきた内容…初瀬さんは、ようやくそれに向き合ってくれた様だ。実力行使で認められねば話も聞かないというのはどうかと思うが…まぁ、この際何だっていい。現状を知れた俺は、話を進めるために口を挟む。
「ならよ、初瀬さん。アンタ、帝都がちょっと変になってるって言うのかな。有り得ない街並みをした帝都に行った事はあるか?」
「あ?夢ん中じゃそういうのはあるがよぉ、アレは嘘っぱちだろう?夢なんだぜ」
「あぁ、そうだろうな。初瀬さんの中じゃ、嘘っぱちなんだろうぜ…」
彼女の反応だけで、夢中管理人の苦労の原因が分かってしまった。俺達は再び顔を見合わせると、俺は初瀬さんに向けて手にした銃の銃口を向ける。
「初瀬さん。アンタ、死なねぇだろ」
「そうだが?それがどうかしたか?」
「いや、死に戻りして貰うのさ。色々ワケアリなのは分かるだろう?俺達の棲み処に来てもらうぜ…」
そう言って一発。乾いた銃声が館に響き…初瀬さんの眉間に風穴があく。その刹那。すぐさまその風穴は塞がり…噴き出た血肉や、流れ落ちていた血…汚れた着物が元に戻って、ピンピンしている初瀬さんが死から戻ってきた。
「っとぉ…アンタ、良いのかい?ワタシがまた暴れない保障は無いんだぜ」
「そんなことしねぇさ。アンタ、昔っから実力主義過ぎるんだ。アンタは一度俺達にしてやられた。アンタの出した条件で…だ。それを破っちまえば、アンタは何も言い訳しないのさ」
「気味のワリィ奴だこと」
「永い付き合いだったんだぜ。グダグダ言ってねぇで立ってくれ。話は面倒なんだから…どこで落とし前付ければいいのか分かったもんじゃねぇからな」
憎まれ口を叩きつつも、スッと立ち上がって、大人しく俺達の輪の中に入ってくる初瀬さん。さっきまでは悪態をつきまくっていた皆も、その様子を見て目を丸くしつつ…俺達は館を後にして雷雨の中に出て行く。
目的地は、俺達の棲み処である比良の国…そこで、迷惑を被ってる皆を集めて話し合いする場を設けて…初瀬さんが好き勝手出来ぬ様にする素地を作れれば御の字だろう。
「とりあえず…初瀬さん。アンタに枷をしたい所だな」
雷雨の中、近くの出入り口を目指して走る俺達。その最中、ボソッと初瀬さんに言葉を投げかけると、彼女は真っ赤な眼を暗闇の中で光らせながら、ニヤリと口元を歪ませるのだった。
「出来るもんなら、やってみな」
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