其の百三十七:偶然の故意
「なるほど。ならば…千代が意思を持って虚空記録に手を加えておると?」
「あぁ、その可能性も否定できないな。偶然にせよ何にせよ、弄れる立場だぜ」
「なら…お千代さんが消えちゃった時も…お千代さん、操作してたのかな」
「そう思っちまうのは自然だが、決めつけるとヤベェだろうなぁ…」
帝都から比良に戻り、夢中管理人の仕事に戻った弥七と別れ、今は夜。最近は毎日の様に入り浸っている飲み屋の一角で、俺達は初瀬さんの異常について意見を交わしていた。
「初瀬さんと関わった人間は、記録が書き換わってる。それは間違いないぜ」
「それに、関わった人間は暫くヤベェ目付きをしてたな」
「あぁ、記録違反は犯してねぇが…雰囲気が明らかに違うんだ」
「アノ間に何かがあれば…虚空記録帖は異常と見ないんじゃねぇかな」
「そういう予測も立てられそうだな。だが…何にせよ、手出し無用だ」
初瀬さんが平然と生活している事。誰かの夢の中という…曖昧な世界にも存在している事。それらを虚空記録帖は無視している事。今、俺達は異常を目の前にしながらも、何も手出しを出来ない状況に置かれている。俺達は一通りの情報共有と意見交換を済ませると、互いに顔を見合わせて何とも言えない表情を見せあっていた。
「忘れるが吉かな」
「わっちは守月様に付こうかの。藪をつついて蛇を出そうとしてる気分じゃ」
「でもなぁ…あの様が、こっからも長続きする訳がねぇと思っちまうんだが」
「鶴ちゃんの言い分も分かるなぁ。ボク、ちょっと半々かも」
俺が初瀬さんと遭遇してから、すでに半月近くが経過しようとしている。その間、何か虚空記録帖絡みの異常があったというわけでもない。いつも通りポツポツと違反者が出ては管理人が向こう側へ出向くだけだった。これまでも…そして、これからもこれが続くというのであれば、これ以上突くのは止めた方が良い…そんな気がするのだが、鶴松の言う通り、放っておけないという気持ちが無いわけでもない。
「鶴松、ちょっと確認しておきたいんだが」
俺は鶴松の目を見てそういうと、鶴松は少々キツイ目線を俺に向けた。
「放っておけねぇってのは、どっちの意味だ?虚空記録帖か、初瀬さんか…」
そう尋ねると…鶴松と、奴の隣に座っていた螢がハッとした顔を浮かべる。俺の横に居た栄さんは想像が出来ていたらしく、すまし顔のまま首をクイっと傾げて見せた。
「そうだな。どっちかを問われるなんざ思っちゃいなかったがァ…」
問いを飛ばされた鶴松が意味深に間を取ってニヤニヤし始めると、隣にいた螢がボソッと言った。
「あ、ボク鶴ちゃんと同意見ね」
無邪気な口調でボソッと呟かれた一言。鶴松は溜めを台無しにされて苦笑いを浮かべると、椅子に浅く座り直す。
「螢。これで俺が記録帖と答えたらどうするつもりだったんだよ…」
「答えないよ。鶴ちゃんだもの」
「まぁ、愚問であったな」
「あぁ、確かめるまでも無いが…ハッキリしとかねぇとな。要らぬ気遣いは不要かどうか…要らなかったみてぇだが」
そういうと、皆の目線が俺に向く。俺は若干の敵意すら感じる視線を浴びながらも表情を崩さず、懐から取り出した虚空記録帖を机に放り投げると、続きを求める視線を受けて口を開いた。
「こっから先は初瀬さんを取り戻したい連中の趣味だぜ。虚空記録帖が是って言ってんだ。邪魔すんなら抜け殻に成っちまうかもしれねぇ、それ以外にも、何かかしらで墓穴を掘ってしくじるかもしれねぇ。分かってるよな?」
その言葉の意味は、この場に居る三人には十分分かった事だろう。近頃の俺達は、虚空記録帖が危ないというのを言い訳にして、伝手を動員していた所がある。だが、こうも調べ回って虚空記録帖は何も変じゃないという証拠しか集まらなければ…初瀬さんが気になる以外、探り続ける等有り得ないことなのだ。
「恩があるからか…それとも永く居すぎたからか知らねぇが…皆、初瀬さんが戻ってくるとあらば、覚悟は出来てるよな?」
「おぅ…」「そうだね」「愚問じゃな」
「ならば…どうにかして虚空記録帖の理を弄る必要がある。その覚悟はあるよな?」
意思を確かめる様に俺が問うと、大人しかった栄さんが力強く頷いて机をドン!と叩いた。
「勿論!!元は向こう側が捻じ曲げた事。出来ぬ道理などないじゃろうて…の?」
「あぁ、出来ねぇ道理はねぇはずだ」
「ボク達は仕事をこなしてきたんだ。人間臭い記録帖とは仲良く出来るさ!」
決心を強めていく俺達。次第にその熱気が大きくなり、それを聞いていたであろう周囲の管理人…古顔の管理人達にもその熱意が伝わっていく。
「なら、あっし達、親衛隊の出番ですよね?姐さん!」
偶然近くにいた栄さんの親衛隊が活気づけば…
「俺達にも出来る事があったら手伝うぜ!気軽に言ってくんな!」
鶴松や螢と同じ過去を持つ者達が、そう言って騒めきたった。何処までも大義名分があった活動が、一気に趣味へと変っていく。
そうして、俺達が初瀬八千代の奪還に向けて動き始めた、まさに、その時。
全員の感覚が、虚空記録の違反を検知した。
「…随分とデカい気がするが」
心臓が跳ね上がりはしたものの、所詮はただの記録違反。そう思って、机の上に乗った俺の虚空記録帖に目を向ける俺達。そんな軽い気持ちで覗き込んだ虚空記録帖は、明らかな虚空記録違反を訴えて、真っ赤な文字が踊っていた。
「こんな時に仕事かよ。規模も何もかもが都合が良すぎるんじゃねぇかなぁ…?」
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